転生したら勇者だった
「百瀬さん、石川さんにメール送った?」
上司からの問いかけに俺は送付済みだと回答する。
「ありがとう!
申し訳ないんだけど、別であと2件見てもらっていい?」
俺の職場である退職代行サービス「やめる君」はこの時期大忙しだ。
「了解です!」
俺はそう言いながら、別のお客さんへ送るメールの内容を確認する。
「退職願を以下のとおりお送りします。 お手数ですがご確認のほどよろしくお願いします。 このたび、一身上の都合により、令和7年7月をもって〜」
そこまで打ち込んだ時、僕の身体が一瞬宙に浮いた。
「何これ!?」
「何それ!?」
俺と上司の声が響くが、お構いなしに光がどんどん強くなる。
そして、俺の意識は光の中に包まれて消えた。
目を覚ました俺は見覚えのない場所に立っていた。
(ここは、どこだ?)
「おお!成功したぞ!」
「あれが勇者様か!」
「我らの救世主だ!」
動揺する俺を何やらローブを着た老人達が囲んで喜んでいる。
(えー、これさ、異世界から召喚されましたみたいなこと?)
知識としては知っているし、そういう創作物は好きだが、それが自分の身に起こったとなると話は別だ。
「あの、これって?」
恐る恐る口を開くと、一斉に視線を向ける老人達。
俺はそれに驚きながらも、老人達の答えを待つ。
「我らの勇者よ。
突然お呼び出しして申し訳ありません。
詳しい説明は我らが王よりさせていただきますので
我らについてきてください。」
(行きたくないけど、行く以外の選択肢がない)
俺は促されるまま、老人達へとついて行く。
しばらく歩くと、立派な扉を構える部屋が見えてきた。
その扉がゆっくりと開くと、奥には無駄に大きな椅子に王冠を被り、マントを着用している髭を生やした男性が座っていた。
(王様ってこんなに想像通りの格好してるんだ。)
誰もが思い描く王様と全く同じ姿に興奮を覚えつつ、
老人達と共に王の前で跪く。
「王よ。無事、召喚に成功しました。
この者がこの国を魔物の手から救う勇者です。」
そこまで言うと、俺に名乗るように促す老人。
(嘘だろ!?礼儀とか知らんけど、殺されないよな?)
勇者と呼ばれていることから、丁重に扱ってもらえるとは思うが、無礼を働くとどうなるか分からない。
とりあえず、名前だけ名乗ることにした。
「百瀬優樹と申します。」
跪いたまま、そう名乗る俺を見て満足そうに頷く王様。
とりあえず、大丈夫そうだ。
「勇者よ。我らの国は魔物どもの手によって窮地に陥っている。
貴殿の手で我らを救ってくれ。」
「分かりました。」
返事をしたはいいものの、何をさせられるのかまだ何も聞いていない。
(勇者ってことは何かと戦うんだろうな。
俺、喧嘩もしたことないんだけど。嫌だなー。)
抵抗しても無駄なことは分かっているため口には出さないが、無理やり戦わせるのは勘弁してほしい。
そんなことを考える俺を他所に、再び満足そうに頷いた王様が一人の男性を呼ぶ。
「このものはパワーハ・ラスメント将軍。我が国の軍を束ねている人物だ。
貴殿はこれからラスメント将軍と共に訓練を積み、この国に害をなす魔物どもを打ち滅ぼすのだ。」
「勇者殿。よろしく頼む。」
身長は約二メートル、重厚な鎧を見に纏うその姿。明らかに強者である。
「よろしくお願いいたします。」
こうして、僕の勇者生活が始まった。
「おい、遅いぞ百瀬。」
訓練初日。
俺はまだ建物内の道が覚えられず、訓練の場所に辿り着くまでに迷ってしまったため、訓練に遅れてしまった。
「すみません。」
謝罪する僕にため息を吐くラスメント将軍。
「今日は初日だから許してやろう。
しかし、次はないと思え。」
昨日までとは全く違う態度に戸惑っていると、将軍が言葉を続ける。
「いいか、貴様は俺の部下だ。
ここでは俺がルール。分かるな?」
その圧に黙って頷くことしかできない。
「よし。貴様はあそこの班に入れ。」
ここでは四人一組の班で訓練を行うらしい。
俺は将軍の指示に従い、他の三人に合流する。
「よろしくお願いします。」
俺が挨拶すると頭を下げてくる三人。
「では、訓練を始める。」
会話を交わさぬまま、訓練が開始された。
「遅い遅い!
そんな速度では魔物に殺されるぞ!」
朝からひたすら走り続ける俺達の足は限界を迎えていた。
(このままじゃ死ぬ!)
その間、一度も水分補給も無く、身体が水分不足を訴えているのが分かる。
班のメンバーが走り続ける中、俺は足を止めてその場に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
あまりにも追い込まれた身体は呼吸をすることすら苦しいと音をあげていた。
それでも酸素を回すべく、必死に呼吸しているとラスメント将軍が近付いてきた。
「おい、何故走っていない?」
そう問いかける将軍に俺は息を整えつつ回答する。
「もう限界で、水を貰えませんか?」
「ほう。水が欲しいと?」
片眉をあげ、そう聞く将軍。
「はい。お願いします。」
「全員集合!」
その言葉に走っていた兵士達が集まる。
「こいつは水が欲しいと言っているが、貴様らはどうだ?
水が欲しいか?」
「「「「いいえ!!」」」」
一斉にそう答える兵士達。
「こいつはもう限界だと言っているが、貴様らはどうだ?
もう限界か?」
「「「「いいえ!!」」」」
再び一斉にそう答える兵士達。
将軍はその様子を見て満足そうに頷いて、俺に視線を向けた。
「もう一度聞く。
貴様はまだ水が欲しいか?もう限界か?」
その質問と共に、兵士達も一斉に俺に視線を向ける。
「…いいえ」
「なら、続けろ。」
俺は身体をゆっくり起こし、再び皆と共に走る。
「よし、休憩だ。二時間後に訓練を再開する。
昼食を取るように。」
地獄のような時間がようやく終わり、俺はそのまま仰向けに倒れる。
そんな俺の様子を気にかけることなく、皆が昼食へと向かう。
俺もゆっくりと立ちあがろうとしていると、横から手が差し伸べられた。
「大丈夫?」
その手の主へと目を向けると、心配するような表情を浮かべる青年がいた。
「ありがとうございます。」
お礼を述べて手を取る俺を引き上げ、苦笑いを浮かべる青年。
「大変だったね。あの将軍、めちゃくちゃだから。
君は異世界から来た勇者なんだよね?」
ようやくこの世界に来てからまともな人間と会った気がする。
「はい、昨日突然この世界に連れてこられて、
勇者だと言われたんですけど、訳が分からなくて。」
「そうだったんだね。
僕はシャチーク・二・ナール。ナールって呼んでよ!
君と同じ班なんだ。よろしくね!」
(社畜になる!?
とんでもなく心配になる名前の青年だ。)
名前に驚きつつ、こちらもナールに名前を名乗る。
「百瀬優樹です。よろしくお願いします。」
「優樹、よろしくね。
多分、僕の方が年下だし、敬語じゃなくていいからね!」
笑顔でそう返し、俺の手を引くナール。
(めちゃくちゃ明るくていい子だ。)
そんなことを考えながらナールについて行くのだった。
「ここが僕達の食堂だよ!
メニューは毎日決まってるから、あそこで受け取れば大丈夫。」
案内されるがまま、ナールとともに食事を受け取った俺は空いている席を探す。
「優樹!こっち!」
ナールに呼ばれ、向かった先にはナール以外の班のメンバーが座っていた。
「紹介するね!
こっちがシンで、こっちがドーイ。
二人は幼馴染でとっても仲良しなんだよ!」
「よろしく。さっきは大変だったな。」
「よろしくー。」
俺が挨拶を返していると、ナールが暗い顔で謝ってきた。
「さっきは助けれなくてごめんね。」
さっきとは訓練中のことだろう。
「俺達も、何もできずにすまない。」
「ごめんねー。」
ナールと同様にシンとドーイも謝ってくる。
「いや、大丈夫だよ。
でも、毎日あんな訓練をしてるの?」
俺がそう聞くと三人は更に暗い顔になる。
「うん、そうなんだ。
去年からラスメントが将軍になったんだけど、訓練はその日の気分で決めるし、日によって言うことがコロコロ変わるし、凄く大変になっちゃって。
でも、逆らったらターゲットにされて毎日みんなの前で怒られるんだ。
だから、誰も逆らえなくて。」
どこかで聞いたことのあるような話だ。
そんな話をしていると、俺達に大柄の男が近付いてきた。
「おいおい!
お前ら、今将軍のこと話してたよな?」
その男は高圧的な態度でそう聞いてきた。
「いえ。話してないです。」
ナール達は目線を合わせようとせず、質問に淡々と返した。
「そうか?
俺には将軍のことを悪く言っているように聞こえたが!
まぁ、将軍の耳に入らないように気をつけるんだな!」
男は俺達の机を叩き、そのまま立ち去っていった。
「あの男は?」
俺が小声でそう聞くと、ナールが答えてくれる。
「あいつはゴー・マスリー。
将軍に凄く可愛がられてて、あいつだけ特別扱いされてるんだ。
その代わりに僕達が将軍の悪口言ってたりしたら、それを報告する役割を与えられてるらしくて。
最低なやつだよ。」
なるほど。
あいつも名前の通りのごますり野郎らしい。
「でも、僕達は将軍に逆らうことができないから、マスリーにも逆らえないんだ。」
どうやら、ここは働くには最悪の環境らしい。
パワハラ上司とその犬に見張られて、肉体的にも精神的にも追い込まれて、逆らう気力を失っている。
「とにかく、僕達は同じ班だから、一緒に頑張ろうね!」
何とか笑顔を作るナールは酷く痛々しく見えた。
そして、俺達は暗い面持ちのまま、午後の訓練へと向かうのだった。
訓練が開始されてからもう二ヶ月が経った。
俺はラスメントに睨まれており、毎日皆の前で怒鳴られ、貶められた。
それに伴い、班の評判も下がっていき、今では落ちこぼれの集まる班とのレッテルを貼られてしまっている。
「今日も怒られたね。」
訓練が終わり、食堂へと向かっているとナールが優しく声をかけてくれる。
「もはや慣れてきたな。」
正直、もうラスメントの暴言など何も気にならない。
初めは地獄のような訓練と慣れない環境も相まって、かなりのストレスを感じていたが、環境も訓練も二ヶ月経って慣れた。
その上、勇者であるからか、他の者よりも身体能力の向上率が遥かに良いらしく、現在の実力は軍でも上位に入っている。
俺には鍛えればラスメントの実力を超えられると確信していた。
そのため、何をされても、何を言われても
(いつかお前を殺す)
というメンタルで乗り切ることができている。
しかし、シンとドーイは違ったらしい。
「何が慣れただよ!
お前のせいで俺達もこんなことになってんだぞ!?
分かってるのか!」
「シン!落ち着いて!」
ナールがシンを落ち着かせようとするが、怒りは収まらない。
「みんな我慢してるんだよ!
頼むからもう大人しくしてくれ!」
「僕ももうこんな扱い受けるのは嫌だ。」
怒りを吐き出すシンにドーイも同調する。
二人は仲裁するナールを振り解き、席を離れていった。
「ごめんね。二人とも本気でそう思ってる訳じゃないよ。」
俺に声をかけて二人を追うナール。
一人残された俺は先程の二人の発言について考える。
(俺がみんなに迷惑をかけたんだ。)
毎日怒鳴られても、嫌がらせをされても自分は大丈夫だと何一つ改善してこなかった。
むしろ、ラスメントを殺すためにと訓練に精を出していたぐらいだ。
しかし、あの二人からすれば、俺は上司に逆らい、足を引っ張る邪魔者だったのだろう。
(もう迷惑をかけないようにしないと。)
俺はみんなとは違う。
突然異世界に呼ばれて、何の信念も無いまま、ここで訓練を受けているだけの人間だ。
でも、みんなは違う。
家族のため、国のため、はたまた自分のため。
きっと何かしらの信念を持ってここで訓練を受けている。
俺はそれを踏み躙ってしまっていたんだ。
(謝らないと。)
もう既に見えなくなってしまっている三人の姿を探すため、俺は食堂をあとにした。
訓練開始から一年。
勇者である俺は、ラスメント将軍の命令で国内でも屈指の難易度を誇るダンジョンへと来ていた。
「いいか、百瀬。
我々はお前に無償で衣食住全てを与えてきた。
それも全て王の計らいだ。
それに感謝しなければならない。
分かるな?」
「はい!」
「よし。では、このダンジョンを攻略し、我々に恩を返すんだ。失敗は許されんぞ。」
俺は将軍の言葉に大きく頷く。
それに続いて、ナール、シン、ドーイも大きく頷いていた。
あれから、俺は心を入れ替えた。
皆の迷惑にならないよう、将軍に従順に、どんな訓練にも音を上げずに取り組んだ。
そのおかげか、班としても評価が上がっていき、軍内でもトップの評価を受けるまでに至ったのだ。
振り返ってみると、初めからラスメント将軍に従うべきだった。
無駄に反抗していた自分が恥ずかしい。
「では、行くぞ!」
「「「「はいっ!!」」」」
俺は将軍に、この国に恩を返すため、ダンジョン攻略に挑むのだ。
「優樹!」
「任せろ!ハァァー!!」
渾身の力を込めて振り下ろした剣はあっさりと魔物を切り裂いた。
「流石だね!
あと少しで未踏破エリアだよ!」
俺は息を整えながら、ナールの言葉に頷く。
「これできっとラスメント将軍も褒めてくれるよ!」
そう言うナールの目は輝いていた。
「そうだな。頼むぞ、優樹。」
「頑張ろー。」
ナールに合わせ、シンとドーイも俺に声をかけてくる。
「あぁ、みんなで頑張ろう。
俺達を鍛えてくれたラスメント将軍に恩を返すんだ。」
俺も言葉と共に手に持つ剣を握り直す。
「そろそろ行くぞ!」
「「「「はいっ!」」」」
将軍の言葉に俺達は返事を返し、ダンジョンの奥へと進む。
「暗いな。」
「そうですね。シン、頼める?」
俺の言葉にシンが頷き、手に持つ杖に魔力を込めると、周囲が明るく照らされた。
「気をつけろ。
ここからは何が出てきてもおかしくないぞ。」
これまで幾人もの猛者達が挑み、辿り着くことのできなかった場所。
俺達はそんな場所に足を踏み入れたのだ。
「でも、魔物の気配がしませんね。」
これまではダンジョンのどこにいても魔物達が襲いかかってきた。
しかし、ここではその気配が一切ない。
「ダンジョンの主が近くにいるのかもしれんな。」
ダンジョンの主。
それはダンジョン内で最も強大な魔物だ。
その力は凄まじく、小さなダンジョンでもダンジョンの主を倒すには兵士が十人以上必要だ。
「心配するな。
俺が鍛えた貴様達の実力は本物だ。
怯えずに俺のために戦え。」
俺達の不安を見抜いたのか、そう言葉を掛けてくれるラスメント将軍。
こんな俺達にこんなにも優しく、期待してくれる将軍を裏切るわけにはいかない。
俺達は目を合わせて頷くと、気合いを入れ直した。
そこからしばらく歩くと、巨大な扉が現れた。
「あそこにダンジョンの主が…」
そう呟くナールに俺は答える。
「大丈夫。将軍の言う通り、俺達の力を信じよう。
俺達ならやれる!」
その言葉と共に、俺は巨大な扉に手をかけた。
扉を開けると、部屋の中央に机と椅子が置かれていた。
その椅子に座るのは自身とさほど変わらないサイズの人型の石像。漆黒の衣装を身に纏い、机に両肘を置いている。
「まさか、あの魔物は!」
その姿に慌てた様子を見せるラスメント将軍。
俺達は何故将軍が慌てるのかが分からずに疑問符を浮かべていた。
ダンジョンの主というのだから、巨大で強大な魔物が出るのかと思えば、サイズは自身と同じ程度で、プレッシャーも全く感じない。
正直、あの程度ならあっさりと倒せる。
「将軍。あの魔物を知ってるのですか?」
「あぁ。何があっても奴には手を出すなよ。
俺の合図で扉から外に出るんだ。」
額に汗を浮かべながらそう言う将軍。
その様子に俺達は戸惑いながらも頷いた。
「よし、行けっ!」
将軍の言葉と共に出口へと一斉に走り出す。
そして、俺の手が扉にかかった瞬間
「ガチャン!!」
という大きな音と共に扉の鍵が閉められた。
「くそっ!」
俺は必死に扉を開けようとするが、勇者である自身の力を持ってしても、開けることができない。
「将軍、どうやら閉じ込められたようです。」
俺は息をつき、将軍へとそう報告する。
「将軍、あの魔物をご存知なんですか?」
しばらくの沈黙ののち、将軍が口を開いた。
「あれはロウキ。我がラスメント家で決して手を出してはいけないと語り継がれてきた魔物だ。」
いつもと違い、怯えた様子を見せる将軍。
そして、俺達に指示を飛ばしてきた。
「いいか。貴様らは俺のことを守るんだ!
ここまで育てた恩を返せ!」
いつもであれば、即答したであろうその言葉。
しかし、将軍の怯える姿を見た俺の頭には疑問が浮かぶ。
(何故、将軍を守る必要がある?
今こそ、国のためにロウキに立ち向かうべきではないのか?)
そんな俺を他所に、三人は指示に従い将軍の周囲を固めた。
「優樹!何してるの!?君も将軍を守るんだ!」
ナールが俺に向かってそう叫んでいるが、それを無視して俺はロウキに視線を向ける。
すると、ロウキがゆっくりと立ち上がった。
「何故だ!?
こちらから手を出さなければ動かないはずだ!」
パニックに陥る将軍。
その姿は酷く情けないものだ。
立ち上がったロウキは腰に刺す刀を抜き、そのままこちらへと近づいて来る。
いつもなら、こちらも武器を構えているところだが、
何故かそうする気にならない。
(何だ?何で敵意を感じない?)
これまでの魔物は問答無用で殺しにかかってきた。
向けられるのは殺意のみ。
しかし、ロウキは違う。
どこか俺を憐れむような、そして何かに対しての怒りのようなものを感じた。
「優樹!逃げて!」
ナールの叫びで現実に戻された俺の目の前には、まさに刀を振り下ろさんとするロウキがいた。
(しまった!)
そう思ったが、既に時遅し。
そのまま俺の身体をロウキの刀が通り過ぎた。
「バキッ!!」
俺の中で何かが破壊された音が鳴り響く。
(何だっ!?)
想定していた痛みや衝撃は一切なかった。
何が起きたか分からず混乱している俺をロウキはじっと見つめている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「異世界から召喚された勇者よ。私は貴殿を待っていた。」
話すことができるとは予想だにしておらず、俺はその場で固まってしまう。
そんな俺を他所に、ロウキは話を続ける。
「さぁ、この私を打ち倒し、貴殿がこの世界を救うのだ。」
そう言って、武器を構えるロウキ。
その身体から、尋常ではないプレッシャーが放たれる。
「ぐっ!!」
俺はその圧に押されつつも、戦うために武器を構えた。
「行くぞっ!!」
ガキンッ!!
咄嗟に構えた剣で右側から迫り来るロウキの刀を受け止める。
俺はその衝撃に何とか耐え、そのまま剣を振り下ろすが、剣はロウキを捉えることなく、地面へと激突した。
その隙を見逃すことなく、俺の横腹に強烈な蹴りが入れられる。
「ガハッっ!」
強制的に空気を抜かれると同時に鋭い痛みが走る。
それを何とか堪えつつ、追撃に備えるべく体勢を整えた。
「私はここから出ることができない。
だから、貴殿にこの世界を変えてほしいのだ。」
しかし、ロウキは追撃することなく、俺に世界を救うように懇願する。
俺はそれを無視して、ロウキへと攻撃を仕掛けた。
地面を全力で蹴り、ロウキの背後へと回って片手で剣を振り下ろす。
振り下ろした剣が刀によって弾かれる勢いを利用し、隠し持っていた短剣を空いた手で投げつける。
ロウキは迫る短剣を避けるために身を捻るが、それを足蹴りで妨害する。
(当たる!)
そう確信したのも束の間、俺が蹴り上げる勢いを利用して、短剣の軌跡上から離脱した。
(嘘だろ。そんなのありか!?)
驚きつつも、体勢を崩しているロウキに追撃をかけるべく、手に持つ剣を手放して、腰に刺していた双剣を構える。
(もっと速く動かないと負ける。)
俺は息を整えて、再び全力で地面を蹴った。
「っ!?」
先程より速度を上げ、ひたすら攻撃を繰り出すと、ロウキから息が漏れ出した。
右からの袈裟斬りが弾かれれば、左から追撃し、
決して攻撃が途切れぬように、身体を動かし続ける。
時折、全力の力を込めた一撃を両手で繰り出し、体勢を崩させて、ロウキの反撃を阻んだ。
(いける!)
バキッ!!
俺の双剣が遂にロウキの身体を捉える。
「グァッ!!」
俺は止まることなく、息が続く限り追撃を仕掛る。
バキッ!ガキッ!
攻撃が当たる度、ロウキの身体は削られていく。
「ハァァ!!」
そして、動きの鈍ったロウキに全力を込めて双剣を叩きつけた。
勢いよく吹き飛ぶロウキ。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
もう体力の限界だ。
これで倒れてくれなければ、俺に勝ち目はない。
(頼む。もう終わってくれ。)
俺はそう願いながら、ロウキの様子を伺う。
「流石だな。勇者百瀬。これなら私の願いが叶えられる。」
土煙の中から聞こえるロウキの声。
(嘘だろ…)
土煙が晴れた先には、ほぼ無傷のロウキが立っていた。
俺が与えた傷は既に治っており、出会った当初のままの姿を取り戻していた。
俺は武器を構えるが、勝ち目がないことは明らかだ。
「安心しろ。貴殿の力は知ることができた。
それほどの力を持っていれば、この世界を救えるはずだ。」
そう言うロウキからは先程までの強烈なプレッシャーを感じなかった。
俺は構えていた武器を下ろし、真っ直ぐロウキに向き合う。
「百瀬!何をしている!早くそいつを殺せ!!」
後ろから飛んでくる将軍の声。
先程まではロウキのプレッシャーに震えていたようだが、解放されて元気を取り戻したらしい。
その様子を見たロウキが口を開く。
「この世界は真に力ある者達が力無き者達に支配されている。
貴殿も心当たりがあるだろう?」
そう言われ、俺は叫ぶラスメントに視線を送る。
「貴殿にはそれを変えてほしいのだ。この刀にはその力がある。」
自身が持つ刀を俺に渡すロウキ。
「先程、貴殿を切ったのに傷がなかったであろう?
あれは貴殿の心に繋がれた鎖を断ち切ったのだ。
その証拠に、貴殿の心にあった奴への忠誠心は消えているはずだ。」
ロウキの言うとおり、この部屋に入る際まで俺の中にあったラスメントへの忠誠心は消えていた。
「貴殿と同じように囚われた者達を解放し、この世界がより良いものとなるよう、力を貸してもらえないだろうか?」
頭を下げるロウキ。
明らかに格下である俺の力を認めて、力を貸してほしいと頼むその姿は、まさに理想の上司だった。
「分かりました。俺があなたの代わりに、
この世界を正します。」
ロウキを真っ直ぐ見つめ、俺は力強く答えた。
ロウキはそれを見て満足そうに頷くと、俺の胸に手を当てた。
「これは私からのお礼だ。受け取ってくれ。」
その言葉と共に胸が熱を帯びていく。
「これは?」
「貴殿の力をより引き出すため、そのきっかけを与えた。貴殿なら、きっとこの力も使いこなせるはずだ。」
そう言って手を離すロウキから感じる力が明らかに小さくなっていた。
そして、徐々に指先から崩れていく。
「貴殿に任せてしまってすまない。
しかし、貴殿なら必ずやってくれると信じている。
どうか、この未熟な世界を導いてくれ。」
ロウキはその言葉を俺に伝え、そのまま消えていった。
俺は自身の胸に手を当て、ロウキから受け取った力を噛み締める。
「百瀬!よくやったぞ!」
そんな俺に後ろから声をかけてくるラスメント。
「貴様ならやれると思っていた!
やはり、俺の目に狂いはなかったな!」
随分と上機嫌なラスメントに苛立ちを覚える。
「早く王の元へ帰り、報告するぞ!
貴様の手に入れた刀も王に献上せねばな!」
そう言うラスメントに向けて、俺は頭を下げた。
「いいえ、お断りします。」
場の空気が凍りつき、時間が止まる。
「優樹!何を言ってるの!?」
俺は固まるラスメントを他所に、三人の元へと向かう。
「何をっ…」
そのまま、混乱するナールに向けて手に持つ刀を振り下ろした。
パキッ!!
ロウキの言うとおり、刀は肉体を傷つけることはない。
斬られたナールは自身の胸に手を当てた。
俺は続けて、シンとドーイも斬りつける。
ナールと同様に大きな音を立て、何かが壊れる。
そして俺は、ラスメントに視線を向けた。
「貴様ら、そいつを捕まえろ!!
俺に逆らうと言うなら、殺してもかまわん!!」
俺の視線に怯えながら、俺の後ろにいる三人に向けてそう命令するラスメント。
その言葉に、ナールがゆっくりと歩いて俺に向かってくる。
「そうだ!やってしまえ!!」
そう言うラスメントを見つめながら、ナールはそのまま、俺の横に並んだ。
そんなナールにシンとドーイも続く。
「ごめん、優樹。君があいつから解放してくれたんだね。ありがとう。」
(良かった。解放できたんだ。)
ナールの言葉に安心する。
「おい!貴様ら!一体何をやっているんだ!?」
俺達の様子に更に憤りを見せるラスメント。
「もうお前の言うことに従う人間はいない。」
「なっ!?どう言うことだ!!
貴様ら、俺への恩を忘れたとでも言うのか!!」
俺は少しずつ、ラスメントへと近づいていく。
「お前にされたことは絶対に忘れない。
だから、お前の言うとおり、恩を返させてもらおう。」
俺は右の拳を固く握る。
「おい、待て!やめろ!!」
ラスメントは逃げようとするが、俺から放たれるプレッシャーで腰が立たなくなっていた。
「散々俺達を虐めてくれたよな。」
「分かった!俺が悪かった!」
そんな言葉で止まれるほど俺の恨みは軽くない。
「この、パワハラ上司がっ!!」
俺は渾身の力でラスメントの右頬を殴りつけた。
「ブハッ!?」
空気を漏らしながら飛んでいくラスメント。
そのまま壁に激突し、倒れ込んだ。
こうして、俺達のダンジョン攻略は終わった。
「優樹はさ、これからどうするの?」
ダンジョンから帰還する道中、そんなことを聞いてくるナール。
「みんなはどうするんだ?」
俺の質問にナールが答える。
「僕達はこのまま軍に残るよ。」
意外な言葉に驚く。
「もしまたラスメントみたいな奴が来たら、次は僕達がみんなを助けたいから。」
そう言って笑顔を見せるナール。
それはこれまででは決して見ることのできなかった、心の底から見せた表情だった。
「そっか。頑張れよ。」
「うん、ありがとう!で、優樹は?」
「俺は、俺達みたいに理不尽な目に遭っている人達を助けたいと思う。」
ロウキとの約束を果たすため、俺はそうすると決めた。
「そっか。じゃあ、ここてお別れだね。」
「あぁ、そうだな。」
「優樹、僕達を助けてくれて、ラスメントから解放してくれてありがとう。」
そう言って、俺に頭を下げるナール達。
「こちらこそ、三人がいたから訓練を乗り越えることができた。ありがとう。」
俺もそうお礼を返して、三人と固く握手を交わした。
「じゃあ、またね!」
「あぁ、またな!」
俺は離れていく三人の背中を見えなくなるまで見送った。