第69話 クリスからの指名依頼
「お久しぶりです、クリス様」
『久しぶりね、ガレス』
「今日は指名依頼ってことで呼ばれたが、何をすればいいんだ?…というか、何があった?この前の戦争はリンドブルム王国の大勝利と聞いたが、誰か知り合いでも亡くなったのか?」
『いいえ、我が軍には1人の犠牲者も出なかったわ』
「それは凄いな。
じゃぁ、噂の王子様との仲が上手くいってないとか?」
『いいえ、すこぶる順調よ。このままいけば、いずれ婚約、結婚となるでしょうね』
「へぇ、それはめでたいな。おめでとうって、じゃぁ何でそんな辛気臭いんだよ」
『そうね、ごめんなさい。依頼内容を伝えるわ…私の親友ノルン・クルス子爵令嬢をアナタのパーティメンバーに加えて欲しいの』
「親友をねぇ、どういうことか説明してくるんだろ?」
『ええ、実はー』
クリス様の話では、リンドブルム王国では今年の年末で今代聖女が引退するらしい。
それに伴い、次期聖女の座をめぐる争いが激化している。クリスの親友であるノルン子爵令嬢は聖女候補の中で実力は抜きん出ていた。ただ貴族の受けは悪いので聖女の選定からは事実上外れている。クリス様もノルン様本人もそう思い込んでいた。
しかし、別の聖女候補からしたらノルン様の存在は脅威でしかない。貴族の後ろ盾があれば一気に次期聖女最有力候補になり得るからだ。そこへ先の戦争で、ノルン様の親友であるクリス様が大活躍したという報が届いた。隣国の王子との交際も相まってフェアリーテール侯爵家は公爵家に格上げされてもおかしくないと噂がたつほどだ。
次期聖女候補の親は気が気ではない。その中でも次期聖女最有力とされていたフローラ・マリアーノを娘にもつ、マリアーノ侯爵の行動は迅速かつ悪辣だった。
マリアーノ侯爵の寄子の男爵家に何人か素行の悪い連中がいたらしく、そいつらが先の戦争でファフニール帝国に情報流した疑いがかけられた。マリアーノ侯爵は自らの恥をさらし悪事を正すという形をとって、男爵家を断罪したのだが、その際、ノルン・クルス子爵令嬢を巻き込んだのだ。ノルン様は癒し手として平民だろうが分け隔てなく癒す。マリアーノ侯爵曰く、それは諜報員としての裏の顔を隠すためであり、ノルン様自身の評判を上げると共に、怪我人を装った連絡員と自然にコンタクトするためにやっていたことであると主張したらしい。そしてその証拠が男爵を断罪した際に見つかった。
恐らくではあるが、男爵たちにノルン様の悪事の証拠を捏造すれば命は助けてやるとでも言って唆したのだろう。だが、実際は逆だ。異常なまでの迅速さで男爵たちは断罪された。残ったのはノルン様が男爵と共に悪事に加担したという証拠だけだった。
それを聞いたクリス様は何とかノルン様を助けようと動こうとしたが、戦争で国外にいる状況ではどうにもできず、ニーズヘッグ王国と調整して、何とかクリスだけ先に帰国できたものの、既にノルン様の処分は『国外追放』と決定していたのだった。
それを聞いていたキャロルが質問する
『国外追放ということは命だけは助かったってこと?』
するとレイラが否定する
『逆だよキャロル。国外追放なんて体のいい処刑と一緒だよ。いや、ある意味処刑より残酷さ。
国外追放となった以上、リンドブルム王国はノルン様を罪人と断じたことになる。つまりリンドブルム王国の貴族は彼女を助けることができない。もし助ければ国の決定に反することになる。だからクリス様はノルン様を助けることはできない。
他国にしたって同じさ。ウチの国が罪人と断じたのに助けたとあったら、その国との軋轢を産む。何らかの理由で仕方なく罪を犯し国外追放とした者を他国にお世話してもらうことはあるけど、そんなことは稀さ。
自国も他国も助けることが出来ない元貴族令嬢。そんな令嬢が国外追放と公表されて放り出されたらどうなると思う?令嬢の体を狙って盗賊どもが群がるか、その令嬢に恨みがある者が刺客を差し向けるかのどちらかさ。私も盗賊時代、何度かその光景を拝んでるけどねぇ、悲惨の一言に尽きるよ。あれは』
『そういうこと…でもおかしくない?ノルン様をパーティメンバに加えて欲しいということは、ノルン様を助けに行くんだよね。今、レイラは助けられないって言ったでしょ?』
キャロルの疑問にレイラが答える。
『そう、助けることは出来ない。でもマスターだけは違う。これからマスターはノルン様をかっさらって奴隷に堕としに行くんだよ。つまり表面上はノルン様に恨みがあるから奴隷に堕とすという体で動くことが出来るのさ。もっとも、マスターのことだからパーティメンバに加えたら本当にノルン様を犯すだろうけど』
「クリス様、レイラの言った通りノルン様をパーティメンバに加えたらオレは遠慮なく奴隷として扱う。それでいいのか?」
『…いいわ。それが最善の手ですもの。貴方の甘さはよく分かってるからね』
「…分かった。では早速動かせてもらう」
・・・・・・
一ヶ月後、王都郊外の森
国外追放を言い渡された令嬢を乗せた馬車が森を駆けていた。しばらくすると馬車の進行方向に人影が現れる、盗賊だ。予定調和ということだろうか、御者は馬車を置いて逃げる。基本的に国外追放の咎人を送る御者を盗賊は襲わない。
『へへへ、お頭、予定通りでさぁ。元貴族令嬢を乗せた馬車です』
『よし、馬車ごといただいてアジトで楽しむぞ!』
下衆な笑みを浮かべた30人ほどの盗賊が馬車に近づこうとしたその時、どこからともなく矢が飛んできて盗賊の一人を貫いた。次の瞬間、矢を中心に風魔法が発動し盗賊を10名ほど細切れにする。
『て、敵襲だ!しかも魔弓ですぜ!お頭、ヤバイ相手だ逃げま、ぐふぁ!』
棟梁に撤退を進言しようとした盗賊は誰もいないはずなのに喉笛を掻き切られた。同じように次々と盗賊が死んでいく。そして矢の方も容赦なく降り注ぐ。最初のように風魔法の発動はないものの正確に急所を撃ち抜かれ盗賊はどんどん絶命していく。
『何だこれは!何が起こっていやがる!!』
『運がなかったわね』
後ろから声したと思った瞬間、こめかみに矢が突き刺さり絶命した。
・・・・・・
馬車から様子を伺っていた令嬢は恐る恐る馬車のドアを開け外の惨状を確認する。
異様な光景…そこには30人にもおよぶ盗賊の死体の中にただ一人、奴隷の首輪をした女性が立っていた。令嬢は状況を確認するためその女性に声をかけた。
『あ、貴女は何者なの?』
すると女性は答えた。
『私の名はレイラ。貴女を迎えにきたわ。フローラ・マリアーノ元侯爵令嬢』




