閑話 クリスティーナ策を練る
私は援軍としてペドロ師団長と一緒にニーズヘッグ王国王都に向け出発した。
「ペドロ師団長、お久しぶりてす」
『ああ、久しぶりだな。今回はよろしく頼むぞ』
何と言うか、いつになく機嫌が良いなぁ。
「戦争をしに行くというのに楽しそうですね」
『ふ、ふふふ、私の研究成果がようやく実戦で試せるのだ、これ以上の楽しみがあるものが!!はっ、いかん、本音がダダ漏れだった。悲惨な戦場に行くのだ、せめて見た目だけでも悲壮感があるように見せねば人格を疑われるな。いかんいかん…ふふ、ふふふ』
「最低クソ野郎ですね。ペドロ師団長の人格やら評判はどうでもいいので、今回、援軍をどの様に動かすつもりか聞かせてもらえませんか」
『君の口の悪さも相変わらずだな。まぁいい。まず、戦略魔法陣構築時間の大幅な短縮に成功した。そして、威力の大幅な上昇にも成功した。ここまではいいか?』
「へぇ、威力上昇にも成功したんですね」
『私にかかれば造作もないことだ…と言いたいところだが、思った以上に蜘蛛が優秀だった。こちらのアイデアをいとも簡単に実現してしまうのでな。トライアンドエラーを繰り返す日々があれほど楽しく感じだことは今までなかったぞ』
話が面倒な方向に行きそうだなーと、冷ややかな目線を送る。
『わかったわかった、話を進めるからその目線はよせ。
今回の我が魔法師団の軍事行動は単純明快だ。戦場で戦略魔法陣を構築して戦略魔法を放つ。ただそれだけだ。
だか、問題はいくつかある。
1つ目、ニーズヘッグ王国への説明だ。戦略魔法の撃ち合いなんて無駄というのが昨今の風潮だからな。戦略魔法で敵を倒すと伝えたら反論されることは目に見えている。
かといって事細かに説明して、その情報が漏れでもしたら目も当てられん。
陛下がクリスを援軍に参加させたのは、そういったニーズヘッグ王国の反発を抑える意図があるのだろうが、正直抑えきれるか疑問だな』
「そうですね、私もどう説明すべきか全く答えが見えてきません」
『2つ目、この戦略魔法陣構築時間短縮の研究は、戦略魔法の撃ち合いで優位に立つことを想定したものだ。相手が撃ち合いに付き合ってくれればいいが、魔法陣構築中に散開され逃げられたら、想定した戦果は得られないだろう。魔導ゴーレムを有するファフニール帝国軍は戦略魔法の撃ち合いに無理に付き合う必要はない、散開して的を絞らせない対処をするかも知れん』
「戦略魔法を一発撃って終わる単純な作戦かと思ってましたが、結構な難題があるんですね…あ、そうだ、肝心なことを聞き忘れてました。今までの攻撃戦略魔法陣構築って7〜8分かかってましたよね。どのくらいに短縮できたんですか?」
『1分を少し超えるくらいだ』
「本当に大幅な短縮ですね。その時間なら散開されても、相手が軍隊であれば逃げ切れませんよ。4〜5発戦略魔法を撃てば壊滅的な被害を与える事ができるのでは?」
『残念ながらそれは出来ん。今までの研究で分かったことがある。魔法陣を構築し、維持するのに微量ながら魔力を消費するる。戦略魔法陣ともなれば描き、維持する魔法陣は膨大になる。蜘蛛は15体いるが、それでも1発撃つのが限界だ。それ以上は蜘蛛の魔力が持たん』
「ダメですかぁ」
『ニーズヘッグ王国王都まで数日かかる。到着までに有効な作戦を考えよう』
・・・・・・
ー 数日後 ー
『明日には王都に着くな。その前に作戦の最終確認だ』
移動の最中、私とペドロ師団長は問題の解決策を考え、議論し、結論を出すに至った。
まず、敵に情報を漏らさない様にするのは困難と考え、ニセの情報を流すことにした。
ニーズヘッグ王国国王陛下と、信頼できるジオ殿下には真実をお伝えしておく。その上でニセの戦略魔法の内容をニーズヘッグ王国のお歴々の前で披露する。披露する内容はこうだ。
我がリンドブルム王国は新たな戦略魔法の開発に成功した。それはアクア様の加護の力を利用するもので水泡で敵を包み拘束する戦略魔法である。形を持たぬ水による拘束なので物理的な対応では抜け出せず、高出力の魔力の放出で周りの水を吹き飛ばすしか抜け出す方法がない優秀な拘束魔法である。ゴーレムでも拘束可能で拘束さえすれば移動もままならなくなるので捕らえた後は壊すなり何なり出来るだろう…と。
そしてそれっぽい弱点も用意する。水での拘束をするため戦略魔法の発動と同時に水が生み出されるが、あまりにも敵が密集した状態だと、拘束対象が多く、拘束する為の水が不足し、簡単に抜け出せる状態になってしまう。ニーズヘッグ王国軍には敵が密集しすぎないような対処をお願いする…というようなことを言っておく。
この情報がファフニール帝国軍に漏れれば、密集陣形で突撃してくるだろう。そこを本当の戦略魔法で一網打尽にする
これがペドロ師団長と共に考えた作戦だ。
「上手くいきますかね」
『上手くいくさ。威力を上げた分、攻撃範囲も広がっているしな。余程分散しない限り大きな戦果を上げる事が出来るだろう』
自信満々ね頼もしい限りだわ。
「それにしても、ついに蜘蛛の存在が他国にもバレてしまいますね。さすがに進化条件は分からないでじょうから、しばらくウチが独占状態だとは思いますが」
『いや、バレないぞ』
ペドロ師団長がそう言うと、ペドロの背中にスーッと蜘蛛が現れる。
「えっ!いつから蜘蛛がいたんですか?」
『最初から居たぞ。以前蜘蛛の進化用の魔武具を作成したのだが、認識阻害と立体映像の付与に成功してな、普通の人間では見えなくなっているのだよ』
「サラッと言ってますけど、相当凄いことですよ。とても戦略魔法陣の研究の片手間に付与したとは思えません」
『ああ、片手間ではないぞ、戦略魔法陣の研究を中断し、全ての研究員が全精力を注いだ結果だ。自分たちの研究施設を守るためにはどうしても必要だったのだ』
「戦略魔法陣の研究を中断してまで?研究施設が何か被害を受けたのですか??姿を消すことが対策???わけがわかりませんが…」
『では想像してみるといい。研究室に15体の蜘蛛がひしめき合ってる状況を』
「…グロいですね」
『それは蜘蛛が襲ってこないと分かっている人間の感想だ』
「確かに」
『研究施設には関係者以外立ち入らないように注意はしていたものの完全には防げなくてな、偶然入ってきた男は発狂して逃げて行った。嘔吐しながらな』
「無理もありませんね」
『嘔吐物を片付けたのは研究員だった』
『それだけで済めば良かったが、しばらくして侍女が迷い込んで入ってきた。失神&失禁のダブルパンチだった』
「それはまたヒドイ…」
『おしっこを片付けたのは研究員だった』
『それだけで済めば良かったが、しばらくしてアポ無しで研究員の家族が訪ねてきてな…』
「…どうなりました?」
『恐怖のあまり脱糞した。
ウンコを片付けたのは研究員だった。その時我々は誓ったのだ。全精力を注ぎ蜘蛛を隠す手段を実現しようとな』
「なるほど、動機はともかく研究成果は素晴らしく有用ですね」
『認識阻害は付与される機能としてはメジャーだが、立体映像はほぼオリジナルだ。研究員に転生者がいてなアイデアを出してくれた。今は姿を周りに溶け込ますために使っているが、本来はそこにいないものを映像として立体的に浮かび上がらせる事ができる。中々面白い機能だ』
「へぇ~、じゃぁアクア様の姿を立体的に映し出せば、今回のニセの方の戦略魔法の信憑性が増しますかね?」
『ほぉ、それは思い付かなかった…ありだな。検討してみよう』
勝利のため色々と策を練る二人であった。




