閑話 クリスティーナ学校へ行く
約1ヶ月ぶりに学校に来た。校門前で侯爵家の馬車を降りると周りがざわつく。
それはそうよね。なにせ大精霊の加護を授かったのだから。校舎に向けて歩いていると話かけられた。
『久しぶりクリス』
「久しぶりノルン」
彼女はノルン・クルス。クルス子爵家の長女で、私の数少ない心を許せる学友だ。私はナターシャと付き合うようになって選民意識が抜けてから貴族の令嬢と一緒に過ごすことが少なくなった。だけどノルンとはよく一緒にいた。彼女は光魔法の使い手で小さい頃から癒やし手として教会で活躍していた。彼女は平民でも分け隔てなく癒すのだ。そんな彼女を疎ましく思う人もいたが、私とは気が合った。
ちなみに、我が国では光魔法の使い手は全員聖女候補なので彼女もその候補の一人。しかし平民もちゃんと癒しているためか平民から慕われているものの、その分貴族からは快く思われていない。光魔法を扱う力は他の候補より頭一つ抜き出ているが、聖女は貴族が決めるので聖女の選定からは事実上外れている。当の本人は気にしていないが。
『水の精霊の加護を授かるために学校を休んだと思ったら、水の大精霊アクア様の加護を授かって帰ってくるなんて一体何があったのかしら、詳しく聞きたいわ』
「色々と口止めされていて詳しく話せないのだけど…ある程度なら話せるかな」
『口止めって…誰に?』
「陛下」
『えーと、陛下と直接会話されたの?』
「うん、年寄りの相手をしてくれとか、茶に付き合えとか言われているわよ」
『いやいやいや、近所のお爺ちゃんじゃないんだから、もうちょっとこう威厳みたいなものはないわけ?』
ここのところ、陛下と非公式の場で会うことが多かったから、尊敬とか敬愛とか抜け落ちていたわ。そんな不敬なことを考えていると、不意に声をかけられた。
『クリスティーナさん、ノルンさん、ごきげんよう』
『「ごきげんよう、フローラさん」』
『クリスティーナさん、水の大精霊アクア様の加護を授かったそうね。おめでとうございます。アクア様は偉大な存在ですわ。その力の使いどころはちゃんと見極めになられてね。間違ってもノルンさんの様に下賤な輩のために力をお使いになることがないように』
「…心にとどめておきます」
フローラ・マリアーノ。マリアーノ侯爵家次女で彼女も光魔法の使い手。次期聖女の最有力候補だ。見てのとおり選民意識が強く、ザ・貴族といった感じの令嬢。それでも彼女はマシな方だ。平民を下賤な輩とか呼んでいるものの貶めたり、無下に扱うことはしない。それに彼女は自身を高貴な存在と信じ、常に自らを律し努力し名実ともに貴族であらんとしている。着飾ることしか能のないそこらの令嬢に比べたら、その姿勢には好感が持てる。
それから教室に行っても、昼に食堂に行っても、どこに行っても、あらゆる人から祝福の言葉をいただいた。ぶっちゃけ超疲れたわ。授業中の方が気楽に思えるほどに。そして放課後、理事長に呼ばれた。最後の最後で面倒くさいなーもう。
・・・・・・
「留学?」
理事長室に着くと、理事長先生から留学しろと告げられた。
『ええ、ニーズヘッグ王国の精霊魔法大学へ3か月間の短期留学をしてもらいます』
ニーズヘッグ王国には2つの大きな魔法大学がある。1つは王立魔法大学。こちらは王都にあり、通う生徒は貴族が中心だ。そしてもう一つが精霊魔法大学。我がリンドブルム王国とニーズヘッグ王国の国境近くにある広大な森に建てられた大学だ。
その成り立ちは数百年前に水の大精霊アクア様の加護を授かった魔法使いが、加護を授かった泉を管理するために住み始めたのが学校の始まりだと聞いている。その魔法使いの弟子が一緒に住み始め、次第にその規模が大きくなり大学設立に至ったとか。この大学がある森にはアクア様が顕現した泉だけでなく、他にもいくつか精霊の加護を授かった実績のある場所が点在している。そのため精霊の加護を欲する者たちからの人気は高い。
かく言うフェアリーテール侯爵家も何人かはこの大学に留学させてもらいお世話になっている。今回の留学はその恩を返せと言うわけではないが、アクア様の所縁の大学にアクア様の加護を授かった私が留学することで箔をつけるような意図があるのだろう。フェアリーテール家としては問題ないけど、陛下と宰相のお話ではファフニール帝国が戦争を仕掛けるならニーズヘッグ王国からだろうと仰られていた。ニーズヘッグ王国の要請に応じるということは、友誼を結ぶ意図があるということ。陛下は戦争になった場合ニーズヘッグ王国と手を結ぼうとしていると考えていいのかしら。
「理事長先生、この留学については陛下もご存じなのですよね?」
『ええ、存じております』
「そうですか…それなら私としては問題ありません」
こうして私は精霊魔法大学に短期留学することになった。




