第63話 涙の別れ
斥候役の指名依頼は一時期より減少している。オレたちが活躍したことで斥候の地位が見直され、斥候をメンバーに加えるパーティが増えているからだ。
指名依頼は減少はしているものの、なくなったわけではない。カズヤさんのパーティで冠婚葬祭があり、後衛、中衛が2週間ほど不在のときに一緒にダンジョンに潜ったり、どこぞの貴族の女騎士が借金を返すためと言って一人でダンジョンに潜りに来た際、斥候役として指名依頼を受けたり、はたまたローナに来たときに因縁があったボンバーヘッドのメンバーからも指名依頼があったりと、まぁまぁ忙しい。
そして今日はローナのギルドマスターに呼ばれて執務室に来ている。
『こうして話すのは初めてだね。私はローナのギルドマスター、リーゼロッテだよ』
「私はノーチェのガレスです。ギルドマスター直々のお呼び出しとはどういう要件でしょうか?」
『ふむ、実はね…』
ギルマスの話ではランブラス街道に出没する盗賊の情報を集めて欲しいとのことだった。ここ最近出没するようになったらしいが、護衛に付いた冒険者は悉く全滅。直近ではBランク冒険者パーティが護衛している商会の馬車が襲われ全滅した。
Bランクが全滅する相手なのだから、Cランクのオレたちに依頼する案件ではないのでは?と思ったが、ギルマス曰く、戦うなとのこと。盗賊らしからぬ行動も目に付くし、情報収集に徹っし、生きて情報を持ち帰ることが依頼となる。斥候の腕を買われての指名依頼ということだ。レイラの気配察知があれば何とかなるだろうか…俊敏に自信があるオレとレイラなら仮に見つかっても逃げることはできるだろう。キャロルは申し訳ないが留守番だな。ギルマス直々の依頼だし、受けるとするか。
・・・・・・
レイラとヤエを連れてランブラス街道に来ている。街道の両脇に森が広がっているので行きは森の右側を探索しながら進み、帰りは逆側を探索しながら進む。道中はそんな感じだ。
途中、アジトになりそうな洞窟なんかも調べることになっている。
「レイラ、俺たちを監視するような怪しい動きをしている反応はあるか?」
『ないね、さすがに野生の動物の反応が多くて全部はチェックしきれないけど、怪しい動きをしてる反応はない…かな』
そうだよな、いくらレイラの気配察知がLv10とはいえ、ここは広大な森の中。盗賊の反応を見つけ、見分けるなんて至難の技だ…盗賊がアジトに出来そうな場所を見て回ることが依頼だが、いつ襲ってくるか分からないとなると結構ストレスがかかるな。
・・・・・・
小一時間歩いただろうか、今のところレイラの気配察知に怪しい反応はない…なに!!
ドンッ!!
『うっ!』
オレはレイラを突き飛ばし、その場に伏せた。不意打ち耐性に反応があったのだ!
すると俺の頭上ギリギリを矢が勢いよく通り過ぎ、後の木に突き刺さった…?いや、突き抜けた!?なんてデタラメな威力だよっ!
「レイラ!攻撃だ、気を付けろ。今の矢の威力、当たったら終わりだぞ!」
『くっ、了解だ、マスター!矢が飛んできた方向を探ってみる』
矢はこっちの方角から飛んできた。だが森の中でこちらに気付かれないほどの距離から矢を射るなんてあり得るのか?
『マスター!見て、あそこの高台…距離にして約400m!あれはもしかして…』
400mだと?オレの使ってる剛弓で山なりに放てばそれくらいの遠的はできるかも知れんが、今の矢の威力は尋常ではなかった。軌道も山なりではなく水平に近かった。確実にオレより良い弓を使ってるし、腕も良い…!!
鷹の目で高台の方を見る。すると敵の姿を視界に捕らえる事が出来た。
「あれは…ケンタウロスか!!」
しかし何だあのケンタウロスは?いや、こっちに来てケンタウロスを見たのは初めてだが、あんなにデカイ種族なのか?人間の上半身と馬の下半身をくっつけただけだと思ってたが、オレたちを攻撃してるケンタウロスは一回りデカくて筋肉隆々だ。
『マスター、かなり遠いけど、鷹の目がない私が見ても明らかに普通のケンタウロスじゃないよ』
「ケンタウロスって上位種がいるのか?」
『聞いたことがないわ。でもこのまま黙って殺られるわけにはいかない』
レイラが宵闇の衣に魔力を通し姿を消す。隠密で近付く気か。ならオレは魔弓で援護を…なに!?鷹の目でケンタウロスの動きを見ると矢を放つ瞬間だった。それにも関わらず、オレを狙っていない!
「レイラ!よけろ!!看破されてるぞ!」
咄嗟にレイラが横に飛ぶ。
『ぐっぅ!』
矢はレイラの肩を掠めた。危ない。一瞬でも遅かったら殺られていた。
「ヤエ、射程上昇の魔法陣だ!」
射程上昇の魔法陣✕6が描かれる。
「届け!ウィンドアロー!!」
放った矢はケンタウロスの矢に負けない勢いだったが、400m先の的に当てるのは至難の技だし的も動く。オレの矢はあっさり躱された。
弓の名手相手に魔法陣の補助なしのガチンコの弓勝負かよ。勝てる未来が見えんぞ。
冷静になれ。依頼内容は情報収集だ。敵は盗賊かと思っていたが、盗賊だとすると不審な点がいくつかあった。だが相手が魔物なら納得がいく。あのケンタウロスが襲撃の犯人だ。既に依頼は達成できたと判断していい。ここは退くべきだ。
「レイラ、退くぞ。全速力で逃げる」
『了解、いい判断だと思うよマスター』
レイラと2人、全速力で逃げる。するとレイラが叫ぶ。
『マスター!ダメだ追いかけて来る。下半身が馬だけに走る速さは向こうの方が上だ!』
ちっ!不意打ち耐性に反応!オレは咄嗟に横に飛び、ギリギリで矢を躱す。
くそっ、完全にオレたちの位置を捉えているな。
…狙われるのがオレなら不意打ち耐性が反応してギリギリではあるが対応できている。しかし次にレイラが狙われたらマズい。さっきは奴が高台にいて鷹の目で姿が見えていたが、今は追ってきていて森のせいで姿が見えていない。レイラが狙われたらヤバイな…仕方ない。
「レイラ、ここは俺が食い止める。お前はローナに戻りギルドマスターへ報告しろ」
『な、なに言ってるんだい!マスターを見捨てることなんて出来るわけないじゃないか!!』
「レイラ、冷静になれ。不意打ち耐性を持っているオレなら奴の矢をギリギリ躱せる。だが、お前が狙われたらどうにもならん」
『それは、わかる、わかるけど、頭では理解できるけど、そんなことできない!』
「仕方ないな…レイラ、命令だ!ローナに一人で戻り、ギルドマスターに状況を報告しろ」
『!!!…ひどいじゃないか、こんな命令、愛しい人を見捨てる命令なんて…』
「レイラ、オレは死ぬつもりはないよ。だから可能な限り早くローナに戻って救援を呼んできてくれ」
涙を流しながら命令に従う。
『絶対に、絶対に死なないでおくれよ』
レイラがローナに向けて走り出す。オレは逆に奴との距離を詰める。
今はレイラがいなくなったから奴の位置は分からない。見える位置まで近付くか、不意打ち耐性の有効範囲に捉えるかしなといけない。
!!くっ、不意打ち耐性が反応した。これのおかげで何とか助かっているが、こんなことなら不意打ち耐性のスキルレベルをもっと上げておくべきだった。
・・・・・・
ハァハァ、結局さっきの場所まで戻ってきた。向こうは高台に登って有利な状況だ。だか、こっちにとっても好都合だ。姿が見えないことには狙いもつけられないからな。
鷹の目で見るとケンタウロスは笑っていた…
「そうかよ、わざわざこの場所に戻ってきたのは、弓と弓の勝負に決着をつけるためか。魔物のくせに人間くさいやつだ。上等だ、その勝負乗ってやるよ!!」




