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デウス・エクス・マキナが「もう目的と手段を履き違えているAI作家は見たくないの!」とおっしゃっている!

作者: 蔵樹りん

「ふっ……AIの力を借りて生み出した俺の作品群で、今からこの小説サイトの新着を埋め尽くしてやる。見てろよ作者ども。そして読者どもは喜ぶがいい。今日から新時代の始まりだ……」


「こらーっ!!」


 スパーン!


「うおっ!?」


 いきなりの大声と何かで叩かれた衝撃とに、俺はややみっともない声を上げてしまう。

 一体何事かと背後を振り返ると、そこには天井からワイヤーで吊り下げられた一人の少女がいた。手にはハリセンを持っている。


「あたしはデウス・エクス・マキナなの! お前みたいなやつのせいで困ったことが起こるの!」

「デウス・エクス・マキナ……AI、知ってるか?」


 俺は慌てず動ぜず、再びパソコンの方に向き直るとAIに質問した。未知のことはAIに聞く。これは今の時代に即した行動だ。


『はい、デウス・エクス・マキナとは演出技法のひとつです。古代ギリシアの演劇において、劇の内容が解決困難な局面に陥った時、絶対的な力を持つ存在が現れて物語を解決に導く手法のことを指します』

『もしくはその絶対的な力を持つ存在のことを、デウス・エクス・マキナと呼ぶ場合もあります。別の名前として、機械仕掛けの神と呼ばれることもありますね』

『それとこれは最近のことですが、自作品において打ち切りなどで超展開に走る作者を止めようとして、作者本人の元にデウス・エクス・マキナと名乗る少女が現れるケースが散見されます。物語が超展開になると解決のために自分が酷使されるので、それによる過労死を回避するための行動のようです』


「うわあ……どっぷりとAIに浸かってるの」


 呆れたような少女のつぶやきを意に介さず、俺はAIによる回答を吟味する。


「ふむ……それなら俺のところにやってくる必要はないように思えるが?」


 俺は少しの思案ののちに背後へと振り返りつつ、デウス・エクス・マキナと名乗った少女にそう告げた。


「……?」


 AIが最後に付け足して述べたことが、このガキが俺のところにやってきた理由なのだろうと当たりをつけたのだが、なぜかこいつは首を傾げて俺を見返すだけだった。

 ああもう、まったくどんくさいやつだ。機械仕掛けの神とかいう大層な二つ名があるくせに、うちのAI以下じゃないか。

 俺はわざわざ詳しい説明をしてやるため、しぶしぶ口を開く。


「俺がAIの力を借りて生み出した小説は一定のクオリティが保たれている。もちろんきちんと完結しているから、打ち切り作品のようにいきなりクライマックスにすっとんだりすることもない。そういった作品が増えたら、お前も超展開で酷使されずに済むんじゃないか?」

「……一理あるの」

「……あるのか」


 あっさりと懐柔かいじゅうできてしまって拍子抜けした俺のつぶやきに、デウス・エクス・マキナがはっとしたようだった。誘惑を払いのけるかのように首を左右に振り、俺を睨みつけてくる。


「くっ……いつの間にか篭絡ろうらくされそうになったの。やはりAI使いは手強いの。バトル漫画の中盤で主人公を苦戦させるコピー能力者くらいの強さはあるの」

「さっきのやりとりにAIは関係ないだろう」


 俺の指摘を完全に無視して、デウス・エクス・マキナはこちらにハリセンを突き付けてくる。


「そもそも今回は超展開について止めに来たわけじゃないの! お前が使っているAIの件で来たの!」

「……なんだ、そっちか」


 ――こいつも、俺が手にした力を取り上げようとしてやって来たというわけか。


 自分の気持ちがすっと冷えたことを感じるが、目の前のデウス・エクス・マキナはそんなこと気づいてもいないようだ。


「お前も最初からAIを使って小説を書いていたわけではないはずなの! 目を覚ますの!」

「目を覚ませ、と言われてもな。これは俺の意思でやっていることだぞ」


 AIに洗脳されているわけではない。むしろ俺がAIを使ってやっているのだ。


「AIは、俺たちが手に入れた新たな武器。天からの贈り物。すなわちギフト!」

「これを使って、作者どもを駆逐する! 特にいけ好かないランキング上位者どもをだ」

「これは、凡人による天才への反乱……いわば革命なのだ」


 デウス・エクス・マキナというたった一人の聴衆を前にして、俺はまるで演劇の主人公のように手振りもつけて演説した。


「というわけで、邪魔はしないでもらえるか? お前は特等席から物語の帰結を眺めているといい」

「そうはいかないの! AIを使って作品を量産する、そんなこと許すわけにはいかないの!」


 このクソガキはまだ食い下がって来る。やれやれ、しつこいやつだ。


「AIを使って生み出した作品に加筆して投稿するのが規約違反なら、さすがに俺もやらんさ。だが現在のところ、運営もそれが違反行為だというはっきりとした表明はしていない。ということは、AIの力を借りて作品を書いても問題ないということだ。もちろんそのことはあらすじに明記する」


 俺は伝家の宝刀を引き抜いて突き付けた。


「だというのに、お前はいったい何の権利があって俺を止めようというんだ?」


 目の前のガキは俺の言葉を認めるかのように目を伏せる。


「確かに規約違反ではないかもしれないの」


 ――そら見ろ。ならば何も問題ないだろう? そう。誰も俺を止めることはできないのだ。


 俺の心の声が聞こえているわけもないだろうが、デウス・エクス・マキナはさっき目を逸らしたのが嘘のように、強い意志のこもった瞳を俺に向けてくる。間違っているのはお前だ、とでも言いたげに。


「でもAIによって作品が大量に生産されると新作がほとんど人目に触れることなく流れていくの! せっかく作者が命を削って生み出した力作が誰にも読んでもらえなくなるの! やがてその状況に耐えられなくなった作者がいなくなるの! すると読者もいなくなるの! 最後にはAI作家だけが残るの! 誰も読まないのにAIによって生み出された作品だけが大量に垂れ流されるの!」

「……一理ある」


 今度は俺がデウス・エクス・マキナの長広舌にうなずく番だった。

 他の作者がいなくなっても別に構わないが、俺の作品を読んでもらうための読者がいなくなるのはさすがに困る。読者にはずっといてもらって、俺の作品にブクマや評価ポイントをつけてもらわねばならない。もちろんレビューや感想もだ。

 そんな俺の反応に調子づいたのか、デウス・エクス・マキナは訴えかけるように声を張り上げた。


「そもそも書きたいことがないのに書く必要はないの! 今のお前はただ書くために書いてるだけなの! いや、AIに書かされてるだけなの!」

「書きたいことがない? いや、そんなはずは……」


 そこまで言いかけたところで、なぜか俺の口は動きを止めてしまった。


 最初は俺も自分の力で書いていた。面白い作品を生み出したいと思っていた。書きたいテーマがあった。

 でもいつまでたっても誰にも読んでもらえなくて。ポイントも増えなくて。


 ――もっと、もっと面白いものを書こう!


 そう苦心して出来上がったいくつもの作品も、やはり誰からも反応をもらえずに終わることばかり。


 ――俺の作品は絶対に面白いはずなのに! なぜ誰も分からないんだ!


 そんな気持ちを抱きながら創作活動を続けるも、なかなか光明が見いだせず。


 ――きっと人目につきさえすれば、もっと評価されるはずだ! ランキングにさえ入ることができたら……!


 やがて、苦労することなく大勢に読んでもらえているランキング上位者に対して、憎しみのようなものまで覚え始めた。


 そんなある日、ネットで話題になっていたAIを触ってみて、せっかくだし小説を書かせてみようという気持ちが湧いてきた。

 最初はただの興味本位だったんだ。

 でも、あっさりと俺の作品よりポイントが稼げそうな作品が大量に出来上がって。

 これなら、ランキング上位者に一泡吹かせられると思ったんだ。今まで俺の作品に見向きもしなかった読者連中を見返せると思ったんだ。

 そして、俺がAIを使って生み出した作品がランキングを独占したら、どれだけ痛快だろうかと!

 心の中に、そんな暗い喜びが湧いていた。


 ……なるほど、確かにいつの間にか目的がすり替わっている。最初はただ面白い作品を書きたかっただけなのに。


 俺は自分のパソコンに向き直った。モニターにはAIによって生み出され、俺がざっと加筆した作品がずらりと並んで映っている。

 サイトにまとめて投稿しようと考えていた、俺がこの手で完成させたはずの多数のAI作品が、ずいぶんといびつなものに見え始めた。

 もう一度、そこに並んでいる作品をひとつひとつじっくりと読み直してみる。


 なぜ、こんな漢字を使っているのだろう?

 なぜ、こんな表現をしているのだろう?

 なぜ、こんな結末になっているのだろう?


 分からない。俺には何も分からない。

 そして完成させた多くの作品の中に、俺が書きたかったテーマを取り扱ったものなどひとつもなかった。


 ――これでは、確かに俺の作品とは言えないな……ここにあるのは全て、AIの作品だ……


 俺がそう悟った時、ふいにあのやかましい声が聞こえなくなっていることに気づく。

 振り返ってみると、あのガキの姿はもうどこにも見えなくなっていた。


「ちっ……好き勝手に言うだけ言って、気が済んだら去っていくとは……」


 自然と毒づいたものの、意外と自分の心は穏やかだった。

 先ほどまで確かにこの場所にいたデウス・エクス・マキナとのやりとりを思い出す。AIが生み出した小説作品と違い、交わした言葉のひとつひとつを覚えている。そしてコロコロ変わった表情も。

 久しぶりにAI以外と会話したが、ずいぶんと楽しい時間だった。


 俺は自分の作者ページに移動し、そこに並ぶ過去作品を眺めてみた。

 やがて、連載中で放置していた一つの作品が目にとまる。

 それはまさに俺の原点ともいえる、書きたいテーマに沿って書いた俺自身の作品だった。

 クリックして一話から読み直す。

 あの頃は傑作だと信じていたものだが、今の俺には分かる。この作品が誰からも評価されなかった理由が。

 でも今なら、多少はマシなものが書けるかもしれない。


 俺はこれをベースに、新たな作品を書き始めた。当初のテーマはもちろん残し、他の部分に改良を施していく。

 そうしているうちに俺はある企みを思いつき、実行に移すことにした。まあ、これくらいの仕返しは許されるだろう。

 しばらくして、途中まで書きあがった作品を読んでみると、これが以前よりも格段に面白い。

 新キャラとして投入した、語尾に「の」をつけてしゃべるやかましい少女が、仲間たちを盛り立てる存在として物語の中でひときわ輝いている。

 そして、面白いということ以上に大事なことがある。

 これは100%俺自身の作品である、ということだ。

 AIで生み出した千の作品よりも、今目の前にあるたった一つの作品のほうが、遥かに尊いものに思える。たとえ技術がつたなくともだ。


「せっかくだし、このまま新連載として投稿してみるか」


 俺はたくさんあったAI作品を押しのけ、俺自身の新作を発表するために投稿ボタンを押した。





これにて完結です!

お読みいただき、ありがとうございました!

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