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夜闇

作者: くるっぴ
掲載日:2026/02/08


夜闇の青黒い色が視界に染み込んでいた。


火にかけられ沸騰したやかんも白い息を吐いていた夜、僕は何をするわけでもなくただベランダのフェンスに寄りかかって夜空を眺めていた。そう、本当に何をするわけでもなく、まあコーヒーは口にしているけれど。冬のこの時期には冷たい風が身体の周りを飛び回り僕の奥まで入り込んでくる。

それは現実的にも精神的にも、冷たい氷柱が心臓に刺さってしまっているようにぐさっと。けれどもそんなどうでもいいことを気にする僕ではなかった。今は身体中を駆け巡るこの悪寒は気にも留めずに、ただ青と黒の絵の具で景色を塗りつぶしたこの憂鬱な夜を心の奥底から感じたかっただけなのだ。僕の心の中に埋まっている優しさとか温かさとかがこの夜に溶け出してしまう前に、早く暖炉の前とかに行って身体を温めないとなあとは思うけれど、でもそれは結局自己満足で、コーヒーをちびちび唇を尖らせて飲んでいるこの時間にも、残酷にも人生の終焉を告げる時計は進んでいて、この世界を動かす歯車は一定の速度で働いているのに、今の自分は何をしているのかと後悔してしまう夜もある。それでも僕はそのことを後悔することは許されず、過去を顧みることにも意味もなく、そして無価値で。なんて思った所で、今の時間が価値のあるものになるわけじゃないのにね。なんか変な気持ちだ、今日。


冬の寒さは僕の身体の芯まで冷やしていた。


コーヒーで温めた僕の身体は、自分の周囲を弾けるように飛び回る冬風によってかき消され、そして二度と温もりを取り戻すことはなかった。手先が寒くなったところで、何もしていない僕は作業が中断されることもなく、何も行動する気のない僕は脚が冷たくて動かなくなってしまったところで別に今の状況を維持するための支障にはならなくて。でも冷たいよりは温かい方が幸せだろうなって思ったり。そんな冬の寒さで凍結してしまった僕の心は、いつになったら世界に溶け出していくのだろうか。春になればきっと温かくなるだろうけど、僕はそんな春が嫌いになりそうだった。冬の夜の景色は白と黒のコントラストがこれがまた良い味を出していて、ずっと見ていられるような、もうそれが怠惰によるものになってしまったことを少し哀しみながら眺め続けているようなそんな感じ。僕を春嫌いにしてしまった冬を恨みつつも、そんな恨みを生んでしまった春もまた僕は恨んでいた。でも春が来ないことを望むのならば、今降っているこの雪はいつになれば落ちることをやめるのだろうか、僕には全然分からない。春の訪れよりも軽くて、秋の終わりよりは少し重い。そんな雪は水に落ちるとふっといなくなる。まるで夜空と同じ色なのではないかと思うくらいの暗い海に落ちた雪はその瞬間に姿を消してしまう。僕からしたら降っている雪は心地良さそうに踊っていたのに、水という液体にその気持ちは溶かされてしまって、でもそれはよく考えるといつからその雪は空を舞っていたのかと考える。きっとそれは途方もない時間をこの寒い冬の夜空で過ごしていて。きっと途方もない距離を落ちてきたのだろう。僕には思いも付かない距離を思いのよらない時間を過ごすことで今僕の前に姿を現して、そしてふっと水に溶けて消えていく。もしかしたらそれは雪の結晶たちが望んでいたことなのかもしれなくて、でも消えてしまったら何も残らないのも知っていてそれでも儚い命のように海に溶けだしていく。青黒い空気中に染みこんでいく。そして僕はそんな雪たちを決して忘れることはないだろう。


僕の心が凍結してしまう前に、瞳の先に現れて。


ぼーっと夜空を見上げていると、ふと何とも言えない気持ちがふつふつと沸騰して泡が次々割れていくように、浮かんでは消え思い出してはすぐにいなくなるそんな記憶ばっか頭の中を駆け巡る。嫌な記憶だけじゃなかったはずなのにな、僕の人生は。でもそんなことは考えるまでもなく、人間というのは幸せな記憶よりも自分が不幸だった時の記憶の方が鮮明に脳裏に焼き付いているらしくて、普段のさりげない微かな幸せは私たちはいつも見逃してしまっていて、その幸せに感謝することも叶わなくて、その存在すらも私たちは認知できていないのかもしれない。でも僕はこうしてコーヒーをすすりながら夜空を眺めるなんてノスタルジーチックな行動ができるのは、どう考えても今が幸せだという状態だからであり、そしてそのことを僕は認知できていないということも気づいてしまって。今からでも遅くないのかなあなんて思ったり、急がなくても幸せは逃げていかないよとか言っている人がいるけれど、僕は絶対にそうは思わなくて、それならばなぜ幸せではない人が生まれてしまうのかぜひ疑問を提唱したい。だってその人は逃げるはずのない幸せに逃げられてしまって現在不幸中なんだから。それとも最初から逃げる幸せすらなかった可哀想な人か。まあどちらにしても不幸せが自分から逃げていかないってのは正しいんだと思う。

自分の不幸は結局自分でどうにかするしかないのだから。心は冷めていても、まだ僕の頭の中は温かいままで。それは思考を繰り返し脳が沸騰してしまうまで続くのだろう。冷めるのを待つにしても待つ時間が長すぎて僕の頭の中がずっとぽかぽかだ。きっと寝る時間くらいしか冷たい時間はないだろうな。実際に確かめてみたことなんてないけれど。でももし今君と同じ思考を続けているのなら、ぜひお会いしてみたいものだね。だってきっと僕たちお似合いだよ。春に逃げられてしまった冬のように、僕の心は冷えたままで、凍結したままもう解けることは許されなくて。だからふらっと一瞬だけでもいいから僕の目の前に姿を現してくれさえすれば、僕はとても温かい気持ちになって、きっと心が冷たいまま凍結していたことなんてすっかり忘れて、また君を楽しいお話ができるんだろうな。そんな微かな願いも叶うかどうかは分からないけれど。


星々の光は梅雨の水滴の残滓のように視界を覆っているのに。

君の姿だけが僕の双眸には映ってくれないよ。

いつも見ていた君の姿が今日は疎らに霞んで見えないんだ。

夜空に輝く太陽のように偶然でも奇跡でもよいから。

僕の目の前にふっと現れてくれたらなあ。

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