■内側:出逢い
外へ出た瞬間、生暖かい風が頬を撫でた。どことなく海の塩気をはらんだその風を吸い込み、ああ、これは夢ではなさそうだと琥珀は思った。家の外の階段を下りるとすぐ砂浜で、打ち寄せる波のはるか向こうには水平線が見えている。
「きれいだな」
玲音が呟き、琥珀は頷いた。琥珀は手に持ったサッカーボールを持ち、いろんな持ち方を試したり、上に放り投げたりしてみた。ボールはしっくりと手に馴染み、懐かしい感じがする。
「琥珀は、いつもサッカーやってたよな」
玲音が呟いたので、
「え? そうだった?」
と琥珀が言う。自分では思い出せないのに、玲音は覚えているのだろうか。
「琥珀といえば、サッカーだったような気がするよ」
玲音は横目で琥珀を見ながら、砂浜をざくざくと歩いた。
「玲音は? サッカーしてなかったの?」
「どうだったかな……」
玲音は首を傾げた。
「やってみようよ」
そういって、琥珀はボールを高く蹴り上げた。
落ちてくるボールを足でキャッチしてはまた蹴り上げて、次は玲音がキャッチする。すかさず蹴って、また琥珀が蹴ってを繰り返す。
しばらくの間、そうして遊んでいるうちに余裕が出て来て、周りの景色を観察すると、手前に見えるうっそうとした木の茂みが気になり始めた。改めて見ると、緑の多い、美しい島である。琥珀が木の茂みをちらちら見ながらボールを蹴っている事に、玲音はすぐに気付いた。
(琥珀は相変わらず、わかりやすいな)
玲音は先ほどまでいた家をちらと見て、間違えたふりをして大袈裟に茂みの方へボールを蹴って見せた。琥珀がボールを追いかけるので、玲音も後に続く。
森に入るのは一瞬だった。開けた砂浜から、木の茂みの向こうに行くと一瞬で暗く陽の光が届かない空間になる。琥珀は息を潜めながら進んでいき、木の根っこに挟まったボールを取り上げた。
木は高く、空は遠い。道というものはなく、ただ木の群生が広がっている。ここへ足を踏み入れた事を後悔しながらも琥珀は足を動かした。世の中の十二歳の少年と同じように、琥珀も好奇心が強いのだ。ただ、人一倍怖がりでもある。風が木の葉を揺らすちょっとした音や、遥か上空から聞こえる鳥の声にいちいち驚き声をあげる。その度に玲音が苦笑いをしながら、「鳥だよ」とか「風の音だ」とか言ってくれる。
「琥珀は怖がりだったな、そういえば」
玲音はクスクス笑いながら琥珀の後を付いてくる。琥珀は少し恥ずかしく思いながら、それでも玲音が笑っているのを見るのがひどく久しぶりな気がして、一緒に笑いながら歩を進める。
道は次第に上り坂になり、木の根をよけながら十五分ほど登って行ったその時だった。目の前に、何かの獣が現れて、唸り声をあげている。一瞬呼吸が止まり、玲音と顔を見合わせた瞬間、ゴゴゴゴ……という地鳴りがしたかと思ったら、足元の地面が動き始めた。
「地震?」
玲音はその場を飛びのいて、近くにあった大木にしがみついた。琥珀は目の前の獣に気を取られ初動が遅れ、地面の割れ目に足を取られてしまった。地面は相変わらず動きはじめ、割れ目はどんどん大きくなる。バランスを崩して倒れそうになったその時、誰かが琥珀の体を抱きとめた。
「大丈夫?」
見上げると、そこにいたのは、吸い込まれるような漆黒の瞳を持った、赤い髪の少年だった。