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■内側:目覚めた二人

 深い眠りから覚めた時、自分がどこにいるかわからない事がたまにある。そんな時、大体は時間が経てばそれまでの事を思い出すことができるものだが、その日、琥珀はいくら時間が経っても何も思い出すことができず、ああ、これが話に聞くキオクソーシツというやつか、と思った。


 まったく見覚えのない部屋。見たこともない天井。


 起き上がって少し歩いてみても、全く何も思い出せない。部屋にはソファベッド以外なにもない。いや、よくわからないガラクタは大量にある。床の上に乱雑に積み上げられた本や地球儀、何かの置物。歩くスペースもないくらいだ。


「なんだ? ここは」


 呟きながら部屋を見渡すと、ソファベッドの上にもう一人、眠っているのを見つけた。その顔に、見覚えがあった。


(ああ、こいつのこと知ってるぞ。なんていったかな、えっと……)


 色素の薄いサラサラした茶色の髪、整った顔立ちと細い指。よく見ると、手首に付けてるバンドに何か書いてある。


(これ、名前か?)


 そこには消えかけの字で「村松玲音(むらまつれいん)」と書いてあった。


(ああ、そうだ。玲音だ。思い出した)


 琥珀は目の前の玲音の名前を思い出せた事を嬉しく思った。しかし、その後いくら思い出そうとしても、玲音の名前以外を思い出す事ができない。どんな性格で、何で知り合ったのかなどの記憶は、今まであった場所から失くなってしまったかのようだ。


(一体、どうしたんだろう)


 髪をかき上げた時、自分の手首にも玲音と同じバンドがついている事に気が付いた。それには、「石川琥珀(いしかわこはく)」と書いてある。


(ああ、そうか。俺は、琥珀だ。みんなから、琥珀って呼ばれてた)


 でも、それ以上の事、つまり、どんな家庭で育ったかとか、親兄弟の名前とか、友達の顔とかいうものを、何一つ思い出すことができない。


(ああ、やっぱりキオクソーシツだ)


 何も思い出せないことに焦り始めた時、玲音が寝がえりをうち、うっすら目を開けた。


「あ」


 琥珀は玲音を見て、何ていおうかと思った。おはよう? 玲音だよね? 何て声を掛けたらいいのだろう。迷っているうちに、玲音の方が


「琥珀?」


 と言ってくれた。玲音はどうやら琥珀の事を覚えていたらしい。


「玲音? 俺のこと、わかるの?」


 玲音はむっくりと起き上がえり、目を擦って周りを見渡した。琥珀がやったように部屋や天井、目の前の琥珀を交互に見つめ、しばらくの沈黙の後、


「ここ、どこ?」


 と呟いた。


「俺も、今目が覚めたばかりで、ここがどこだかわからないんだけど」


 琥珀の話を聞いてか聞かずか、玲音は続けた。


「君は、琥珀だよね。合ってるかな」


「うん。合ってるよ」


「えっと、僕たちは、何? 友達?」


「よくわからない……」


 どうやら玲音も何も覚えていないらしい。なぜか琥珀の名前だけは憶えていたが、それ以上の事は忘れている。じゃあ、これからどうすればいいのか。

 その時、扉がカチャリと開く音がした。


 入って来たのは赤い髪と青い目をした、美しい女の人だった。


「目が覚めたのね」


 女の人はにっこり笑って琥珀と玲音を交互に見た。


「私は、リズ。あなた達は、この島に流されてきたの。きっと、何も覚えてないと思うけど、徐々にいろんな事を思い出すと思うから、ゆっくりして行ってね。しばらく、ここにいて構わないから」


 リズの言葉が聞こえても、理解が追い付かなかった。わからない事が多すぎて、何から聞けばいいかわからない。


「あの、ここは、どこなんですか?」


 玲音が訊ねた。


「ここは、ほんの小さな島なのよ。あなた達が住んでいたところからは、少し離れているけれど」


「日本、ですか?」


 そう聞いたのは、おそらくリズが青い目をしていて、いかにも日本人には見えなかったからだと思う。

 リズは一瞬止まって、またゆっくり口を開いた。


「ここは、どこの国にも属さないの。国の概念から外れた場所、とでもいうのかしら。強いて言えば、ここは内側の世界。あなた達がいたのは外側の世界。外から内へ、何かの手違いで流されてきてしまったと思うのよ」


 琥珀と玲音は絶句してしまう。この人は、リズは一体何を言っているのだろう。どこの国にも属さないってどういうことだ? 内側と外側? 琥珀と玲音は顔を見合わせた。


「あの、俺たち、何も、覚えてなくて」


 琥珀が助けを求めるように発した言葉を聞いて、リズは悲しそうな顔をした。


「そうよね。ここに来る人は、みんなそう。でも大丈夫。時間が経てば少しずつ思い出すわ」


「僕たちみたいな人が、他にもいるんですか?」


 玲音が聞くと、リズは頷いた。


「ここには毎日、いろんなものが流れ着くの。人間が流れ着くこともある。ここに着いたばかりの頃は、みんな何も覚えていないの」


「そんな……」


 なんで、そんな事になるんだろう。わからない事だらけで、どうすればいいかわからない。


「とにかく、今日はゆっくり休んだらいいわ」


 リズはにっこり微笑んだ。


「外に行ってもいいですか?」


 玲音が聞くと、リズは頷いた。


「もちろん。あまり遠くへ行かないで。砂浜を散歩してきたらいいわ。森の中には入らないでね」


 玲音はベッドから下りて立ち上がった。琥珀も行こうと思い、立ち上がった時、あるひとつのガラクタが目に入った。琥珀はそれから目が離せなくなった。リズはすぐに気が付いて、


「それに興味があるの?」


 と聞きながら、そのガラクタを手に取り、琥珀に差し出した。


「持って行っていいわよ」


 琥珀はそれを受け取った。それは、真っ白くて弾力があり、ところどころに黄色と青のラインが引かれた丸い球体。


「みんなサッカー好きだものね」


 リズは笑って扉を開けてくれた。


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