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■内側:司

 愛馬ダンテスを厩舎の外に出し、散歩でもするかと思っていると、隣にある使っていない納屋の屋根にぽっかり穴が開いていることに気が付いた。またか、と思い、司はため息をついた。山の斜面を駆け下りたルカが着地の時に遠くまで飛び過ぎて、そのまま屋根に激突した、というところか。

 この納屋は、ルカが定期的に破壊してしまうため動物を置いておくことができない。あいつは力の加減を学ばないといけないな。そんな事を考えながら、ふと今朝のリズの事を思い出した。


——変な夢を見たの


 妻はいつになく思い詰めた表情をして、司に話しかけて来た。


——へえ、どんな夢?


——細かいところは覚えてないんだけど、ルカが、遠くへ行ってしまう夢だったわ


 似たような夢は、司も何度か見た事がある。最初に見たのはいつだったか、正確には覚えていない。ルカの成長に伴って、あるひとつの考えがずっと胸の奥にある。


 ルカには、この島は小さすぎる。


 でも、だからといって、どうすることもできない。例えば、ルカ自身がこの島を出たいと望むのであれば、話は違ってくるのだが。


——遠くって?


司は気にも留めないふうを装いながら、返事をする。


——俺たちが生まれた国? それとも全然別の場所?


——それも、よくわからないの


 リズは、いつになく不安そうな表情だ。


——もしルカがこの島を出たいと言ったら、私は反対しないつもりよ。でも、ルカはここから出た事もないし、あの視力では、外の世界で苦労する事が目に見えているから、それが心配なの


——そうだな


 そんなやり取りがつい今朝方あったものだから、司もいつになく考え込んでしまい、そんな司をダンテスは心配そうに見つめている。


 漆黒の毛並みを持つこの馬は、この島に来たばかりの頃、気性が荒くて扱いが大変だった。それでも、時間をかけて調教し、信頼関係を築いて、今は司の事を最もよくわかってくれる一番の友達だ。


 行き止まりの島。


「不要」しか流れて来ない島。


 そんなもの、ばかばかしい。何が不要だ。ダンテスはもはや不要ではないし、他の誰もが、この島では必要な存在だ。でも、誰にも必要とされず、捨てられた事は事実であり、そんな想いがこの島に住む人たちの心に根強くあって、どこか卑屈になっている。もちろん外へ行こうとする者など一人もいない。

 

 ルカは、そんな中で真っ直ぐに育った。視力のハンデをものともせず、動物と心を通わせ、感覚を研ぎ澄ませて、誰よりも強靭な体で島中を走り回る。

 

 司もリズと同じ考えだ。ルカがこの島を出たいと望むなら、反対はしないだろう。でもそのためには、いくつか解決しなければいけない問題がある。


 そんな事を考えていると、風の流れが一瞬変わるのを感じた。この感じは、いつものあれだ。ルカがやって来る時の音だ。


「納屋を壊したのは何度目だ?」


 風を僅かにそよがせて司の後ろにやって来たルカに、司は振り向き様に聞いた。


「それは、えっと……ごめんなさい。ノースと競争してて」


 ルカが精一杯の言い訳を始める。


「競争には勝てたんだろうな?」


「それを確かめる前に大ニュースがあったから、正直勝ったかどうかわからないけど、勝ったと言えなくもないと思うよ」


 ルカはしどろもどろ答える。納屋を壊した回数は数え切れないから、気まずいのだろう。


「大ニュース?」


 司は眉を少し上げて聞き返した。


「俺と同じくらいの年の男の子が流されて来たんだよ。それも二人だ。前代未聞の大ニュースだろう?」


「たしかに、大ニュースだ」


 リズの夢の話を思い出しドキッとしたが、動揺を声に出さないように注意しながら司は話を続けた。


「それで、その二人は今どこにいる?」


「ドミニクのところ。しばらく待ってみたけど目を覚まさないから、出て来ちゃった。その……納屋を直さなきゃいけないから」


「そうか」


 そう言いながら、司はダンテスにひょいと飛び乗った。


「会いに行くの?」


「太陽が高く昇ったら、普通は起きるだろうからな」


 そう言って、司はダンテスを走らせた。ルカはそれについて行こうとしたが、


「お前は、納屋を直してから来いよ」


 と司がぴしゃりというので、その場に止まった。ルカは残念そうに、司の後ろ姿を見送った。




 ダンテスに乗って砂浜を走りながら、司は流されてきた二人の事を考えた。


 ルカと同じくらいの年の子どもが流されてくるのは初めてだ。流されてくるのは大体、産まれたばかりの赤ん坊か、ごく小さな子供。もしくはドミニクくらいの年の大人がほとんどだ。十三くらいの子どもが流されて来るなんて、未だかつてあっただろうか。いや、司がここに来てからは一度もない。何かの手違いで流されてきてしまったのだろうか。司は境目の事を思い出した。


 この島に流れ着く者はすべて、記憶がない。それは、島の外側にある境目という海域のせいだ。十五年前、司とリズがここへ来るときも境目を通り、そこにいる門番に記憶を取られた。といっても、実際には取られるというより、今まで積み上げて来たブロックを倒されるようなもので、大事なものは拾い集めてまた積み上げる事ができる。すなわち、記憶は取り戻せるということだ。

 実際、十五年前に境目を通った時の事を、司は鮮明に覚えている。魚なのか人間なのかわからない、門番の不気味な容姿。群青色の鱗に覆われた首筋。気味の悪い話し方。手足と首に付けられた太い錠。


 流れ着いた二人はおそらく、門番に記憶を取られて何も覚えてないはずだ。記憶を取り戻すのにどれだけ時間がかかるかわからないが、ある程度思い出したらすぐにでも向こう側の世界へ戻してやらねばならない。


 出来るのか? そんな事が。

 境目を通って外側の世界へ行った者など、この島にはいないというのに。


 二人が「不要」でないのなら、きっとこの島は大きく変わる。

 そう思いながら、司は馬を走らせた。


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