■内側:ドミニクの家
ルカが家と浜の間を二往復し終わったところで自分の家の前に着いたドミニクは、見知った顔を見つけた。
愛馬フェルナンに乗ったリズが到着したところだったのだ。
二人の子供が流れ着いた事を、もう嗅ぎつけたのだろうか。息子も息子なら、親も親やな。どんだけ嗅覚がいいねん、とドミニクじいさんは思ったが、もちろん口には出さない。
「おお、リズ。どないしたんや。朝から、珍しいな」
またしても意味なくしらばっくれてしまう。このような局面でしらばっくれるのは、外側の世界にいたときからの名残のようなもので、ドミニクの体に染みついているのだ。
「ごめんなさいね、仕事中に」
そう言いながら、ひらりとフェルナンから下りるリズの表情は、少し強張っているようにも見える。
「面白いものが流れ着いたって聞いて。気になって来てみたの。見せてもらえる?」
無論断ることなどできず、ドミニクはリズを家の中へ案内した。
ドミニクの家は決して広くはない。ごく小さなキッチンとリビング、小さなベッドがあるメインの部屋の隣に、物置となっている部屋があり、そこに大きめのソファベッドが置いてある。ルカはそこに二人を寝かせて、ベッド脇で二人を観察していた。
「ルカも来てたのね」
リズはそう言って、ルカの隣に腰を下ろし、二人の子どもを観察した。
ルカと同じくらいの背丈の、すらりとした聡明そうな男の子と、それより少し小さめの、優しそうな男の子。二人とも身なりは綺麗で、「不要」には見えない。かつて自分がいた外側の世界の空気を纏った二人の少年を見て、リズは郷愁のようなものを感じた。私が捨てて来た家族は、元気にしているのかしら。そんな想いが心をよぎったが、今はそれどころではない。
「起こした方がいいかな?」
ルカは二人と早く話したくて仕方がないようだ。リズは静かに首を振った。
「自然に目覚めるのを待ちましょう」
そう言いながら二人を観察していると、二人とも、手首に薄いオレンジ色のバンドをつけている事に気が付いた。
「これは、何かしら」
よく見ると、そのバンドには何かの模様と、名前が書いてあるようだ。字が薄くなっていてよく見えない。それにしても、手首のバンドに名前があるなんて、おかしな事だ。あと、この模様は何だろう。冠みたいなマークがついているが、何かのロゴだろうか。見たことがあるような気もするが、思い出せない。
「ルカ、司を……お父さんを呼んできてくれる?」
「ええ? 俺が?」
「すぐでしょう。行ってきなさい」
ルカは二人が目覚める瞬間に立ち会えない事が不服なのだ。
「そうだ。あなた今日、納屋の屋根を壊したでしょう? あれを直さないといけないわ。司を呼んで、屋根を直し終わったら戻ってきなさい」
納屋の屋根を壊したことは、すっかり忘れていた。でも壊したことは事実なので、ルカはおとなしく「はーい」と言って、部屋を出て行った。
リビングではダイニングチェアに腰かけたドミニクが、やりかけのジグソーパズルの製作に取り組んでいた。行ったこともないどこかの国の美しい風景が描かれたパズルである。
「もう行くんか」
ドミニクはジグソーパズルに目を落としたまま、ルカに話しかける。
「うん。父さんを呼んで来いって。あと、今朝壊した納屋の屋根を直さなきゃ」
ドミニクは「そうか」と呟き、相変わらずパズルを続けている。
「ねえドミニク、あの二人が目覚めたら、外側の世界の事、教えてくれるかな」
ドミニクはぴたりと止まって顔を上げた。
「何も覚えてへんやろ。境目を通って来たんやから」
ドミニクは、何を当たり前の事を聞くんだとでも言いたげだ。
「境目ね……」
ルカは呟き、少し何かを考えているようだったが、
「なんで門番は、記憶を取っちゃうんだろう」
と呟いた。ドミニクは何も答えない。ルカは小さなため息を一つついて、
「じゃあ、行ってくるね」
と言って、ドミニクの家を後にした。