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■外側:スカウト

 なんとか階段の場所までたどり着き、一階まで下りたところで、後ろから声をかけられた。


「石川ルカ」


 この声は、あいつだ。山野井創。とても分かりやすいプレーをする男。


 ルカが振り向くと、創はどうやら廊下の真ん中に仁王立ちで立っている。


「おう」


 ルカは一歩、創の方へ近寄った。サッカーで楽しませてくれたから、礼でも言おうかと思ったが、それより先に創が口を開いた。


「お前、サッカー部入れよ」


「え?」


「俺のシュートを全て止めたのは、お前が初めてだ」


「はあ……」


 ここに来てから、褒められる事が多い。美麗にもすごいねと言われたな。でも、ボールを止める事が出来たからって、サッカーが出来るわけではない。


「放課後、一緒に来いよ。クラブがある」


「今日は無理だ」


「なんでだ」


「やる事があるんだよ」


「じゃあ、明日は来れるか」


「もう、帰るからさ」


「じゃあ、次はいつ来るんだ」


 なんでこいつ、こんなにしつこいんだ? ルカは取り繕うのが面倒になってきて、いっそのこと、この分かりやすい男にすべて話してやろうかと思った。

 

「俺は、無理だよ。サッカーは」


 ただの言葉なのに、発するのがとても辛い。心がヒリヒリするのが自分でわかる。


「なんでだ」


「俺、目がほとんど見えないんだ。だからサッカーはできない」


 創は一瞬止まり、ほんの少しの間考えていたようだった。


「じゃあなんで、俺のボールを止める事が出来たんだ」


「君のボールはわかりやすいからだ。蹴る時に狙う場所がわかるんだよ。感情が漏れ出てるからね」


 予想外の言葉が返って来たからか、創は一瞬たじろいだように見えたが、また続けた。


「目は、その、だいぶ悪いのか」


「ほとんど見えてないよ。明るいとか暗いは分かるけど」


「じゃあ、なおさらやれよ。目が見えないのにサッカー出来るやつなんて、他にいない」


「出来るっていえないよ。キーパーしかやってないのに」


「キーパー出来たら、他のポジションもできるだろう」


 堂々巡りだ。


 どうやらこの男は、分かりやすい上に人の話を聞かないらしい。ボールが見えないって言ってんだろ。それなのに、なんで俺なんか誘うんだ? ルカは少しいらいらした。


「なんで、そうなるんだよ。ボールがどこにあるかわからないんだぞ。それって、サッカーやる上では致命的だろ」


 話しながら、ルカは今日のサッカーの試合を思い出した。

 ボールを止めた瞬間の爽快感。ものすごく気持ちよかったこと。あの試合、一点も入れなかったが一点も取られることはなかった。つまり、自分がいたから勝てたのではなかったか。


 なんだ、これ。口では出来ないといいながら、心がやりたいと思ってる。


 島で琥珀に出逢って、サッカーを知った。ヘディングとかリフティングとか、いろんな技を教えてもらった。速く走るのとも、重いものを持ち上げるのとも違う、新しい楽しさを知ることができた。


「見えなくても、お前なら出来るんじゃないか?」


 創は諦めない。諦める、という事を知らないのかもしれない。


 ルカは、自分がわからなくなってきた。心の中がいろんな感情でごちゃごちゃになる。

 やりたいのか、やりたくないのか。出来ないのか、やらないのか。ああ、もう、面倒くさいな。ルカは髪をくしゃくしゃっとして、仕方なさそうに答えた。


「キーパーなら、またやってもいいけど」


「それでもいい。とにかく来い」


 創はほっとしたような、嬉しそうな顔をしたのだと思う。やっぱりこいつはわかりやすい。こいつのボールは全て止める事ができるだろう。


「考えとく」


 ルカはいたずらそうに笑ってみせて、踵を返した。


 目の前に創がいなくなったら、途端に現実に引き戻される。

 今、たしかに一瞬、またサッカーをやりたいと思ったのに。ほんの数秒前に自分が感じた事がよくわからない。

 そもそも、またここに来ることがあるのだろうか。来ない可能性の方が高いだろう。そもそもなんで俺はここに来たんだったか。

 琥珀と玲音を家に帰して、歩夢を助けるためだろう。心の中の自分が当たり前のように答えるが、いや、違う、と思った。

 道を作ってくる。

 涙を流すアニカにそう言ったのは、自分ではなかったか。

 俺が、来たかったから来たんだ。

 海の向こうの外側の世界。行ったことのない未知の世界。両親が生まれ育った世界。 

 興味があった。知りたかった。それだけだ。琥珀や玲音はきっかけに過ぎない。いずれ、俺はここに来ていたに違いない。そして、帰って、また来るんだ。何で来るかっていったら、未練があるからだ。悔しいからだ。またここに、来ることが出来るからだ。一回ここに来て、道が出来たからだ。ルカは振り返った。創はまだ、廊下の真ん中に立ってるように見えた。


「いつか、また来るよ。その時に、サッカーやろう」


 ぼんやりして何も見えなかったが、きっと創は笑っている。そう思った。



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