表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/47

■外側:美麗のはなし

 小牧美麗は、学校から歩いて十分くらいの場所にある一軒家に住んでいる。

 その辺りには家が多く、そこから通学する生徒は多い。ここには美麗が小学校に上がるタイミングで引っ越して来た。縁もゆかりもない土地だが、治安や学校の学力レベルなんかを両親が調べて考えた末にこの家を選んだ。だから、住み始めて十年も経っていない。

 天井の高いこの家が、美麗は好きだ。新しい家特有のつるつるしたフローリングも、綺麗なお風呂も気に入っている。


 新しい家の居心地が良くて、美麗はいつも真っ直ぐ家に帰った。父親はいつも夜遅くまで仕事をしているが、母親は美麗が帰る時間はいつもいる。美麗には妹が二人いるから、家に帰れば父親以外はみんな揃って騒がしく、うるさいけれど、美麗はそんな家が大好きなのだ。

 母親は忙しいながらも週に一度は手作りのおやつを出してくれて、宿題も見てくれる。美麗は一番年上だから母親からも頼りにされていて、愛犬のメルを散歩へ連れて行ったり、ちょっとしたおつかいに行ったりして、忙しく、でも楽しい毎日を過ごしていた。

 仲の良いクラスの友達はみんな親の文句を言うけれど、美麗は自分の親に不満を感じた事はない。きっと、うちは仲の良い家族なのだろう。きっと、今も。

 

 いろんな事が変わったのは、中学生になった春頃からだろうか。

 母親が体調を崩し始めた。

 いつも美麗が帰ったら家にいて、笑いかけてくれた母親は、いつも床に伏せるようになってしまった。ごはんも満足につくらず、家の中も散らかったまま。美麗は相変わらず真っ直ぐ家に帰ったけれど、今まで宿題をしたり本を読んでいた時間は、掃除や料理の時間に変わってしまった。妹たちの宿題を見て、おやつを用意し、夜は九時までに寝かしつけた。ほんの少し掃除をしなければフローリングの床にはすぐ埃が積もるし、料理は難しくて全然上手く出来ない。危ないから火を使うなと父親にきつく言われてしまったのでレンジで作れるごはんばかり食べるようになった。

 きっと、お母さんの体調が良くなったら全てが元通りになる。

 そう思っていたけれど、実際そうはならなかった。次第に母親は、寝るだけではなく、頻繁に嘔吐するようになった。病院でもらった薬が合わないのだと、父親が説明してくれた。

 どうしたら、もとのお母さんにもどってくれるのだろう。私が、病気を治せたらいいのに。

 でも、そんな事は出来なくて、とうとう母親は入院してしまった。闘病生活で、頬の肉がごっそり落ちてしまった母親は、入院する時に、「美麗ちゃん。ごめんね」と言った。「みんなのこと、頼むわね」とも。


 その病院は総合病院でとても大きく、家から遠く離れているので毎日会いに行く事は出来ない。片道一時間くらいだから、学校から帰って何もせずに会いに行けば、もしかしたら毎日行けるのかもしれないけれど、そんな事は出来るはずもない。妹たちの面倒を見なければいけないし、メルの散歩にも行かなきゃならない。美麗は母親の代わりを務めようと必死だった。


 ある日の夕方、メルの散歩をしている時の事。

 オレンジ色に染まる街並みと、近所の焼肉屋さんから流れて来る肉の匂い、花屋さんの前を通った時にほのかに香る季節の花の香り、昼と夜の間の時間。

 この道は、何度も通った。母親が元気だった頃のことだ。デジャヴのように昔の事を思い出して、今自分は世界でひとりぼっちだと思った。

 一人のはずはないというのに。

 お父さんも、妹たちも、私と同じように、お母さんの病気のことを真剣に考えているし、心を痛めている。だから、一人のはずはないのに。

 じゃあ、この孤独はいったい何。

 いろんな事を背負ってしまって、下ろすことができない。それを、孤独と呼ぶのは間違っている?

 その気持ちは《孤独》という名前を得て、ずっしりと重い錨になって、美麗の心にどすんと落ちた。

 そして美麗は、そこから一歩も動けなくなってしまった。

 ああ、ダメだ。私は今、確かに傷ついている。

 でもどうしようもなくて、助けを求めることすら出来ない。たとえ涙を流しても、どんなに辛くても、動くことが出来ないし、誰も私を見つけない。

 ここは、行き止まりだ。

 ここからどこにも、行く事が出来ない。温かい涙が頬を伝った。声も出さず、泣きながら歩いて、何人かの人とすれ違ったけど、誰も美麗が泣いていることに気づかない。メルだけが心配そうにクゥンと鳴いて、美麗の事を見上げている。

 そんな事があって、美麗はこれ以上悲しくならないように、心の扉を閉めていた。分厚い扉で、何があっても開く事はないはずだったのに。


 なぜこの子は、燃えるような赤い髪のこの子は、私に気付いてくれたのだろう。


 美麗は自分の腕を掴む赤髪の男の子の手を両手で包み込み、強く握りしめた。その後、自分が何を言ったのか、よく覚えていない。男の子は一瞬驚いたような顔をして、「わかった」と言った。その後は、なぜか隣のクラスの村松くんがやってきて、男の子と少し話して、二人で教室に戻ったのだと思う。その後、一年生の球技大会が終わって、気が付いたら男の子はいなくなっていた。


 あの時、何を話したんだっけ。

 

 記憶が、感情の波にもまれて上手く思い出す事ができない。

 でも、美麗は心が少し軽くなったように感じた。

 それはきっと、見つけてくれた人がいたからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ