■外側:試合のあと
チャイムが鳴ってもタケルは一向に戻ってこない。散歩へ行けと言ったのはルカ自身だが、まだ帰ってこないのだろうか。琥珀は次の試合に向けての話し合いか何かで忙しそうだ。
「ごめん、先に教室に戻ってて」
と言われてしまった。
ルカがタケルを追い払ったことを、琥珀は知らないのだ。
仕方なく一人で教室へ向かって歩き始めると、校舎に入る段差に大袈裟に躓いてしまった。
「いって」
顔面に激痛が走り、生ぬるいものがどろりと肌を伝う。思い切り顔面を打ちつけて、鼻血が出ているのだろう。
「大丈夫?」
聞いたことのある声がして、見上げると先ほどの女子が何かを差し出してくれている。ボールを拾ってくれた子だ。手を差し出すと、手のひらの上に柔らかいハンカチを乗せてくれた。
「ありがとう」
ルカはハンカチで鼻を抑えた。その間、女子は不思議そうな目でルカを見ている。
「なに?」
そんなに血が出ているだろうかと思いながら聞くと、
「もしかして、目が見えないの?」
と聞かれたので、思わず咳き込んでしまった。
なぜ分かったんだろう。全てのボールを止めたのに。今大袈裟にこけたからか? それとも、ハンカチの受け取りがぎこちなかったのだろうか。
「あの、違ってたらごめんなさい」
「いや、合ってるよ。全然見えないわけじゃないけど」
「見えないのに、どうやってボールを止めてたの?」
「ないしょ」
思いっきりこけたところを見られたからか、なんとなく、本当のことを話す気にはなれなかった。
「あの、私に何か、出来ることある?」
ルカはびっくりして、目の前の女子をまじまじと見てしまった。さっきは、点を入れなきゃ勝てないとかいってたくせに、なんだ、普通にいい子じゃないか、と思ったのだ。初対面だというのに、ルカのために、何かをしようと懸命に考えてくれている。
「君、名前は?」
「え?」
予想外の答えが返って来たからか、少し戸惑っている。
「小牧……美麗」
コマキは苗字だよな。じゃあ、ミレイか。ルカはそう理解した。
「じゃあ、美麗。教室まで一緒にいってくれる?」
美麗はにっこり笑って、
「いいよ。でもその前に、保健室に行かないと」
と答えた。
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保健室まではすぐだった。
初めて保健室という場所へ行ったが、とてもわかりやすい場所だ。治療用のアルコールの匂いがするし、多分奥の方にベッドもある。治療したり休むための場所なのだとすぐにわかった。保健室の先生に血を拭いてもらい、ぶつけた鼻のあたりが少し腫れているので保冷剤をもらい、少し休む事にした。
「石川くんは、どこから来たの? 石川琥珀くんのいとこなんだよね?」
鼻を冷やす間、美麗はルカに話しかける。
「遠く。海の向こう」
「外国?」
「ううん、違う」
「外国じゃないけど、海の向こうの遠い場所? 沖縄とか?」
ルカはうーんと考える素振りをした。生まれ育った島の事を話すのは、少し面倒だ。特に美麗のような、何も知らない子に話すのは。
「美麗は? どこに住んでるの?」
話題を変えようと思って、逆に美麗に質問した。
「私? 私は、この辺。学校からすぐのところに住んでるよ。大きな時計台があるあたり」
美麗はにっこり笑っている、のだと思う。
なんか、変な感じだ。美麗は琥珀みたいに、わかりやすいタイプではないと思う。それなのに、押し寄せるような感情の波を感じる。心の中にある何か。油断すると溢れてしまうような何かを頑張って押し留めているような、そんな気がしてならない。でも、だからどうだというのだろう。聞いたところで、話してくれるわけではないだろう。でも、ものすごく気になるな。
この子は何でもなさそうに喋っているけれど、心が見つけてくれといっている。
「ふうん、そっか」
住んでる場所の話が終わり、それから話すこともないのでしばらく黙っていた。
「もうすぐ休み時間終わるけど、教室に戻る? 保冷剤は貸してあげるわよ」
保健の先生が言うので、ルカと美麗は教室に戻る事にした。
「手、繋がなくて平気?」
保健室を出ると、美麗はルカの方を振り向いた。その時、ルカは思わず美麗の手を掴んだ。
美麗が硬直する。感情の波が止まる。
「何が、そんなに悲しいの?」
「え……」
「ほら、今にも泣き出しそうだ」
美麗はぴくりとも動かず、ルカを見たままじっとしている。動揺してるのがわかる。それでもルカは美麗の手を離さない。
気がつくと、美麗は静かに涙を流していた。




