■外側:サッカーをすることは
「へえ、これがゴールネットか」
ルカはネットを触ってみたり、ジャンプして高さを確かめたりしていた。
(サッカーは知らねえよ。大丈夫か)
「琥珀の話だと、キーパーはとにかくボールを止めたらいいんだよ。簡単だろ?」
ルカはさりげなく手を顔の近くに持って行って小声で話した。タケルはミサンガに化身している。アニカから貰った本物のミサンガの上にもうひとつついてるような格好だ。
「ボールを止めるだけ? 何が面白いんだ?」
「琥珀とやった時は、面白かったよ。ものすごく」
「へえ」
タケルは興味なさそうに呟いた。
「散歩でもしておいで。サッカーは得意だから、お前がいなくても大丈夫だ」
「でも、どこからボールが来るか、わからないだろ」
「いや、わかるよ。蹴る時にどこを狙うのかがわかるから、止めるのは簡単だ」
「そうかい。じゃあ、お言葉に甘えて」
タケルはそう言うと、ミサンガから小さな虫に化身して、空に舞い上がって行った。
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ホイッスルが鳴って、ボールが動き始めた。最初はあまりこっちに来ない。もしかしてずっと来ないパターンもあるのだろうか。そうなると暇だなあ、なんて思っていると、大きく弧を描いたボールがこちらに飛んでくる。ルカが取るには少し遠い。あのボールは、誰が取るんだ? そう思っていると、ちょうど真下でキャッチしたのが、山野井創だ。
(おお、いいとこいるじゃん)
創はボールを取るやいなや、ゴールに向かって爆走してくる。ディフェンスがいないので、ルカが止めるしかない。
ルカはわくわくした。
ボールってすごいな。ただの球体なのに、無限の楽しさがあるじゃないか。創はどんどん迫って来て、今まさにシュートを打とうとしている。
(わかりやす)
創は琥珀に劣らぬくらい、感情が漏れ出るタイプだ。どこへ打とうとしてるのか、一目でわかる。
(右上角だ)
創の足がボールに触れた瞬間、ルカはその後の軌跡を読み取って左手で受け止めた。予想通りの場所にボールが来て、見事に止める事が出来たのだ。
創は呆気に取られたような表情をしている。
「どんどんおいで。俺が全部止めるから」
ルカは創に言い放った。
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その後も、創がシュートするシーンは何度もあったが、その全てをことごとくルカが止めた。ボールを止めるのはとても簡単で、止めたときの爽快感は中々のものだった。創もだんだん躍起になっているのがわかる。
「じゃあ、これはどうだ?」
そういってカーブボールを蹴ってくるが、ルカにとっては関係ない。あっさり弾いて、ボールはコートの外へ転がって行った。
ボールを追いかけていくと、見学してる女子がボールを拾い上げたところだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
「すごいね、全部止めてる」
唐突に褒められた事がこそばゆく、嬉しかったが少し謙遜することにした。
「別に、大した事じゃない」
「でも、点が入ってないから、このままじゃ勝てないね」
「え?」
「このままお互い0点なら、負ける事はないけど、勝ちもしない」
「そう……だね」
そう言われてみればそうだ。彼女の言う通り、このまま0点のままでは勝つ事が出来ない。
「向こうのキーパーもちゃんと止めてるみたいだし……このままだと引分けになっちゃう」
確かにそうなるような気がした。でも、誰かがゴールを決めてくれるのではないだろうかという、漠然とした期待がある。
「そんなの、わかんないよ」
ルカは踵を返して、コートに戻った。遥か遠くに見える琥珀にボールを蹴る。
ボールを蹴った後は、全てがぼんやりしてよくわからない。ボールは遥か彼方に行ってしまったし、琥珀も他のメンバーも離れている。琥珀と二人でボール遊びをするのは楽しかったが、みんなでやるのはほんの少し退屈だ。自分にほとんどボールが回ってこないし、大して見えもしないのにボールに突っ込むわけにもいかない。ボールが来なければ、出来る事がない。
———楽しい事ばかりじゃないのよ。辛い事や、不便な事があるんだから
リズの言葉を思い出しながら、母親はもしかして、こういう事を言っていたのだろうかと思った。
サッカーは、十一人でやるスポーツだ。相手がボールを蹴る時に込めた感情を呼んで、どこにボールが来るのかはわかっても、すべてのプレイヤーの気持ちを読むなんて事は出来ない。そもそも、ただボールをパスするだけではそこまで思いを読み取れない。シュートを打つ時でないと、わからない。琥珀や創はわかりやすいタイプだが、感情を秘めるタイプのプレイヤーだと何もわからなくなってしまう。
見えない人間が出来るスポーツじゃない。
琥珀とボールを蹴って遊ぶのとはわけが違う。その事実を初めて現実のものと実感し、ぼんやりしているうちに、いつの間にか試合は終わった。結局、あの後は一度もゴール側にボールが来る事はなかった。試合自体は誰かが一点ゴールを決めて勝つ事が出来たらしいが、勝っても負けても、正直どちらでもいいと思った。
つまり、結局、俺はサッカーは出来ないということだ。
そう結論付けた瞬間に、一気に視界から色が消えたような気がした。