■外側:球技大会
校長室に通されたのは初めてだ。少々殺風景な部屋の黒い革張りのソファを勧められ、そこに琥珀、隣にルカが座っている。
「石川琥珀くんの、いとこだったね?」
「ええ、はい」
昨日の夜、なんとか母親を説得して、一日だけルカを学校に連れて行けることになったのだ。理由は、球技大会に参加してほしかったから。
「明日くらい休めばいいのに。疲れてないの?」
母親はなかば呆れたようにそう言ったが、しばらく行方不明になっていた息子が帰って来たのだから、仕方がないと思ったのだろうか。気付けばいつの間にか、ルカは琥珀のいとこで近々転入を考えており、学校見学もかねて球技大会に参加したい、というストーリーが出来上がっており、校長にも話が通っていた。
「転入するかもしれないと、聞いているけど」
「ええ、まあ」
ルカは適当に相槌を打つ。
「あ、先生、あの」
ルカの目の事を言わなければ。そう思った時、ルカが琥珀の肩を叩いた。見ると、ルカは口に人差し指を当てている。沈黙のジェスチャーだ。
(言わない方がいいって事?)
ルカは微かに頷き、先生と話し始める。
「琥珀と同じ競技に参加したいんです」
「もちろんそれは構わない。石川くんは、サッカーだったね」
校長先生がそう言った時、ルカはふふっと笑った。
「サッカーって、ハンド禁止のやつですよね」
「ああ、サッカーはハンド禁止だ」
「キーパーはハンドオーケーですよね?」
「ああ、キーパーはハンドオーケーだ」
「じゃあ俺、キーパーやってもいいですか」
「キーパーを? 別に構わないと思うよ」
むしろ都合がいいとでも言いたげだ。積極的にキーパーをやりたがるクラスメイトはいない。
球技大会は学年ごとに時間を区切って行われる。一年生は三、四時間目だ。今は二時間目の終わりだから、そろそろ始まる。
琥珀はルカとサッカーした時のことを思い出した。ボールに触るのが初めてだと思えないほど上手かった。見えなくても関係ない。ルカにはボールの位置がわかるのだ。蹴る時にどうしても気持ちがこもるから、それで感じ取る事が出来るらしい。
と、言う事は、今日は少なくとも点を取られる事はない。これは、勝ち確定じゃないか?
校長室を出てルカと二人で歩いていると、前から懐かしいクラスメイトが現れた。琥珀はどきっとしてしまった。
彼は、山野井創という。同じサッカー部で同じクラスだ。サッカーがめちゃめちゃ上手くて肩幅も広く体も大きい。琥珀とは全く違うタイプの選手だ。
創は総じていいやつだ。ただ、ものすごく不愛想で、口数が少なくて、琥珀はどうも、創の事が苦手なのだ。今の今まで、創の存在を完全に忘れていたのだが。
「石川」
創がぼそりと呟いた。
「無事だったんだな」
「う……うん。なんとか」
創はそのままルカに視線を移した。
「誰?」
「琥珀のいとこ。ルカです。よろしく」
琥珀より先にルカが創に挨拶した。
「俺、キーパーやるから」
「そうか」
創は興味なさそうに頷いて、じゃあ、と言って通り過ぎて行った。
しばらくその場で固まっていると、ルカが琥珀に訊ねた。
「あいつの、何がそんなに恐いの?」
「え?」
「なんか、すごく恐がってない?」
「いや、そんなことは……」
「わかるよ、俺には」
そうだ。ルカには隠し事はできない。琥珀は正直に話すことにした。
「別に理由はないよ。なんか、恐いんだ。あまり話さないし、目つきも悪いし……サッカーする時も、俺なんてすぐ押し倒されちゃうから……恐いというか、苦手なんだよ」
「ふうん」
通り過ぎた時の創からは、わくわくしか感じなかった。あいつの表情は見えないけど、口数は確かに少ない。でも、あいつ、ものすごくわくわくしてる。試合が楽しみだからなのか、琥珀が戻って来たからなのかわからないが、わくわくが伝わって来た。
あいつ、意外とわかりやすいぞ。ルカはそう思った。