■内側:拾得物管理人
朝起きてコーヒーを飲み、愛用しているサングラスを手に浜へ出ると、そこには大量の「不要」が流れ着いている。この中から「必要」に変換できそうな「不要」を取り出し、どうにもならない「不要」は「大口」に運ぶべく分類し記録する。それがドミニクの仕事だ。
拾得物管理人という自分の仕事を、ドミニクはそこそこ気に入っている。サングラスをかけ、タバコを咥えて浜へ出ると、遥か遠くの水面まで荷がびっしりだ。
「いっちょ今日もやりますか」
ビーチサンダルをパタパタいわせ、浜へ降りていくと、若い男が駆け寄って来る。
「じいさん、妙なものが流れてきたみたいだぜ」
「妙なもの?」
ドミニクは眉を寄せた。妙なものが流れて来るなんて日常茶飯事だと言うのに、何を言っているのかと思ったのだ。
「どうせ大したもんやないやろ」
「いや、大したもんだ」
「何がどう大したもんなんや」
「子供だ。子供が流れて来た」
「それの何が、大したもんなんや」
ドミニクはこの無意味なやり取りにため息をついた。子供が流れ着くのは珍しいことではないからだ。
「子供と言っても、大きい。ルカくらいの子供だ。それも、二人いる」
それを聞いたドミニクは驚きのあまり、まだ火も付けていないタバコを落としそうになった。
「ルカと同じて、十三くらいの子供ってことか? しかも二人?」
「そうだ。身なりもいい。まるで……」
男はその先を続けなかった。言いたい事は分かるから、ドミニクも先を聞かない。
「それは、大したもんやな」
ドミニクは浜に向かって歩きながら、
「どえらい大したもんや」
と呟いた。
浜に出来た人だかりの先に、流れ着いたボートがあり、そこには子供が二人、すやすやと眠っている。ただ眠っているのか気を失っているのかわからない。とにかく眠っているのだ。ドミニクが浜に着くと、荷揚げの男たちが道を開けてくれる。
ドミニクは二人の子供の顔をまじまじと見つめた。なるほど二人とも小綺麗な格好をしており、どう見ても「不要」ではない。この二人をどうしたもんかと考えていると、遥か遠くから、
「ドミニクー!」
と声が聞こえたので後ろを振り返ると、その瞬間、ルカがものすごいスピードで走って来るのが見えた。
(こいつ、音速で走っとんか?)
そう思った瞬間、ルカはドミニクのすぐ近くに到着していた。
「何が流れ着いたって?」
息を切らすこともなく期待のこもった目でドミニクを見つめるルカは、この上なく楽しそうだ。この小さな島で起こることは、この少年に隠す事など出来ない。ルカは視力の代わりに感覚の全てを使って多くの情報を得ているのだから。
「さあ、俺もよう知らん」
ドミニクはしらばっくれた。これから起こるであろういろんな事が急に面倒くさくなったのだ。ルカはドミニクの気持ちなどお構いなしに、すやすや眠る子供たちを興味深そうに眺めている。といってもルカには二人の姿形は見えない。でも、確かに感じる。ふたつの、生きた生命体を。
「まあ、ここにはなんでも流れて来るからな」
取り止めもない事を言ってみるが、ルカは聞いちゃいない。
「ね、この子達、どうするの?」
「どうする、とは?」
ドミニクはなおもしらばっくれる。
「このままボートに寝かせておくわけにはいかないでしょ? どこかに運ばないと」
「どこに運ぶんや」
「ドミニクの家は? ダメ?」
「いや、ダメやないけどやな……」
ある程度予想はしていた。ドミニクの家は、浜から一番近い。浜の端にある階段を十二段登ったら、もうそこはドミニクの家なのだ。拾得物管理人の宿命なのかもしれないが、こういう不思議な流れもの、「必要」か「不要」か即座に判断できないようなものを、仮置き場としてドミニクの家に置いておく、というのはよくある事だ。未だかつて人間を仮置きした事はないのだが。
「大きなソファベッドがあったよね。あそこに連れて行ってもいい?」
「まあ、構わんけどやな……」
構わん、までいったところでルカは満面の笑みを浮かべ、
「そうこなくっちゃ」
といい、二人のうちの一人を持ち上げて、あっという間にドミニクの家に向かって走り出した。相変わらずの怪力である。それを二回繰り返して、数分後には、流れ着いた二人の少年はドミニクの家の大きなソファベッドに横たわっていたのだった。