■外側:山下りレース②
《地上は蟻地獄があるから、高いところに道をつくってほしい》
ルカが木に話しかけると、ほどなくして木の枝がガサガサと動き出し、あっという間に地上十メートルくらいの場所に枝の道が出来上がった。
しばらくそうして、枝の上を走り続けた。このまま下っていけば問題ない。
そう思っていた矢先、力ない鳥の鳴き声が聞こえた。
今度はなんだ?
鳴き声の主を探すために立ち止まり、辺りを見渡す。見ると、少し上の方にある枝の上に、見たこともない鳥が止まっているのが見えた。黒っぽくて、大きくも小さくもない鳥だ。
知らない鳥だ。
ルカは鳥に話しかけた。
「どうしたの?」
鳥は自分に話しかけられたと知って、少しびっくりしたようだったが、すぐ普通に話し始めた。
《ケガをしちまったんだよう。おいら、もう飛べないよう》
「だったら俺の方へおいで。肩の上に乗ると言い」
鳥は少し考えていたようだが、羽をばさりとやって、ルカの肩の上に飛び乗った。羽の動かし方がぎこちないところをみると、本当にケガをしているらしい。
鳥が肩に止まると、ルカはまた走り出した。
「君はなんていう鳥なの?」
《俺は、カラスだ。お前、カラスを知らないのか?》
それで、ルカはピンときた。ここに来る前、リズが教えてくれた鳥だ。
——この島にはいないけど、あなたが今から行く場所にはたくさんいると思うわ。黒くて大きくて、頭がいいの。もしかしたら助けてくれるかもしれないわよ
でもこの鳥は、あまり大きくないな。子供だろうか。
「カラス、聞いたことあるよ。会ったのは初めてだ。俺はルカ。君は?」
《俺は、カラスだ》
「名前、ないの?」
《気高いカラスだ》
「気高いカラスって、呼べばいい?」
カラスは満足そうに頷いた。
「そのケガ、どうしたの?」
《枝に羽をひっかけちまったのさ》
「おっちょこちょいなんだね」
《完璧なカラスなんておもしろくないからな。俺様は、気高い、でも少しおっちょこちょいなカラスなのだ》
カラスは得意そうに話している。
「君は、まだ小さいんだね」
《スリムだといってくれ。こう見えて大人だ。妻も子供もいるんだぞ》
「あ、そうなんだ」
ルカは話しながら、このカラスの事を好きだと思った。ちょっと変わったやつだけど、おもしろい。
《こう見えて、飛ぶのは得意なんだ。こんな狭い場所ではできないが、滑空が得意なんだぜ》
「へえ。すごいね。このまま道案内してくれる? 俺、目が見えないからさ」
《お前、目が見えないのか?》
「うん。ほとんど見えない」
《道案内って、どこへ行こうとしてるんだ?》
「ふもとにある、ヤマボウシのところまで」
《それなら、もうすぐだが……》
カラスは少し考えているようだった。
《もう少し下ると、急に道が無くなる場所がある》
「道がなくなる?」
《実際は道はあるけどな。急な坂道になってるから、道がなくなったように見えるのさ。俺様はそこから滑空して、そのままふもとのヤマボウシの辺りまでひとっ飛びだけどな》
そこを飛び越えれば、一気にゴールできるだろう。
ルカは心臓が高鳴るのを感じた。
「カラス、道がなくなる場所を、教えてくれ」
《構わんが、お前はどうするんだ?》
「俺も滑空する」
《はあ?》
「跳ぶタイミングを、合図して教えてくれ」
《跳んだ後、どうするんだ? 着地は? 相当な距離だぞ》
「それは、跳んでから考える」
《おまえ、バカか?》
そうだ、バカかもしれない。でも、俺は、どうしても、勝ちたいんだ。
《トンダライイ。テツダウカラ》
《テツダウ、テツダウ》
《モウスグ、アイツガヤッテクルカラ》
《カツタメニヒツヨウナラ、テツダウ、テツダウ》
木々が、ルカをはやしたてる。
「みんな、ありがとう」
カラスは絶句してしまった。この赤い髪の少年は、なんなんだ? 木々が全面的にこいつをサポートするのは、どういうわけだろう。
その時、後方からものすごいスピードで走ってくるものがある。
《なんだあれは。韋駄天か?》
《キタ、キタ》
《イソイデ、イソイデ》
木々がざわざわと話し始める。
足元の木の枝の道は、少しずつ坂道を作り上へ上へと続いて行く。
高いところから跳んだ方が、飛距離が伸びるからだろう、とカラスは思った。いや、待て。着地は? お前ら、そのあたり考えてないだろう。木は、カラスほど賢くないからな。
「もうすぐ?」
ルカに聞かれ、カラスは前方に目を凝らす。こうなっては仕方ない。本人がやる気なのだから、それをサポートするのみだ。
《もう少しだ。いくぞ。三、二、一……》
枝の道を踏みしめて、ルカが先端まで進んで行く
《ここだ!》
カラスの合図でルカは大きくジャンプした。それと同時に、木の枝がルカの背中を押す。ルカは視界の先に、ぼんやりと光るヤマボウシの花を見つけた。あそこに着いたら、俺の勝ちだ。韋駄天はすぐ近くまで来ている。ほんの後ろだ。
着地? そんなものはどうでもいい。なんとでもなる。
進めば、道は自然に出来るものだ。
「ルカ、こっちだ!」
琥珀の声だ。
「受け止めるから、大丈夫だ!」
ほら、道ができただろ?
そのままルカはヤマボウシの木を飛び越え、勢いよく着地しようとしたが、その前に柔らかいものがふわりと目の前に現れ、ルカをしっかり受け止めた。白い毛並み。オオカミの背に乗るような感触だ。
「おまえ、無茶しすぎだろう」
タケルの呆れたような声が聞こえ、そのオオカミがタケルの変化した姿だということがわかった。オオカミはそのまま着地し、振り向いたらそこは、ヤマボウシの木から少し先に進んだ場所だった。
ありがとう、と言おうとしたが、息があがり、呼吸は荒く、心臓がばくばくいってすぐに話すことができない。
なんとか呼吸を整えてルカが立ち上がると、ヤマボウシの一歩前に韋駄天が立っている。肩を大きく揺らし、おそらく汗だくになっているであろう韋駄天に、ルカは話しかけた。
「あれ、もしかして、俺の勝ち?」
その時の韋駄天の悔しそうな顔を、そこにいる全員が見ていた。




