■外側:うどん屋から
店の中は、出汁のいい匂いが充満している。琥珀はそこまでうどんが好きなわけではないのだが、これ以上ないくらいに食欲をそそられる。でも、食べない方がいいと言われたので、食べるわけにいかない。
店内はよくある中華料理屋みたいに見えた。全体的に赤を基調とした色味。カウンター席の向こうに厨房があり、テーブル席がいくつか見える。
「さあさ、どうぞ座ってください」
店主がにこにこしながらやって来て、タケルに話しかけるが、タケルは座ろうとしない。
「何になさいますか。うどんの他にも、ガツンとスタミナがつく肉もありますよ」
店主の言う通り、厨房前にあるカウンターには美味そうな肉が積み上げられている。得体の知れない肉だが、ものすごく食欲をそそられる。琥珀は唾が口の中に溢れてくるのを感じた。
「悪いが食事をしに来たんじゃない。人を探しに来たんだよ。道を開けろ」
店主はぴくりと眉を上げた。
「食事を、しない? 店に入ったのに、食事をしない?」
にこやかに笑っていた店主はすぐさま鬼の形相に変わって行く。
「店に入ったら、食事をするのが筋ですぜ」
メリメリと、妙な音がする。見ると、店主の体が少しずつ膨れて大きくなっているのだ。目の前の光景が信じられず、琥珀は声を出すこともできない。この人、人間じゃないのか?
「だから、食わねえっていってんだろうが」
見るとタケルも怒りの形相で、司に変化した姿でありながら首筋に群青色の鱗が浮き出ている。
この二人は、一体なんの喧嘩をしているんだ? 大人なんだから、もう少し、冷静に話し合えないのか?
「琥珀、逃げよう」
ルカが琥珀の手を掴んで、にらみ合う二人の間をすり抜け店の奥へ走っていく。
「おい、待てガキ!」
追いかけようとする店主の肩をタケルが鷲掴みにする。
「待つのは、お前だああー!」
タケルは店主を思いっきりひっぱたき、そのまま店主は壁に激突し、壁がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえた。
店の奥には細い通路が続いている。トイレとか、事務所があるような細い通路をどんどん進むが、どこにも辿り着くことなくずっと道は続いている。後ろから、壁が壊れるような音が聞こえてくる。
「振り向かないで。走り続けるんだ」
ルカが言うので、琥珀もルカに着いて行く。ルカの後ろ姿をただ見ながら進んで行くと、その先から光が見えた。
「出口だ!」
あと少しだ、あと少し。そう思った瞬間、ルカの背中にぶつかった。
「いったたた……」
ルカはなぜ止まったのだろうと思って外を見ると、そこは断崖絶壁になっていた。その先には、見知った都会の風景は何もなく、広々とした緑の大地と細く流れる川、その対岸に生えている木々と、さらにその向こうにある林。空はどこまでも続いていて、沈みかける太陽のオレンジ色に全てが染められている。
「う、そだ……」
都会の路地裏を進んできたはずなのに、なぜこんな風景が出てくるのだろう。
隣のルカが、高く口笛を吹いた。その瞬間、ルカの後ろからタケルが飛び出して来て、断崖絶壁から飛び降りた! と思ったら、飛び降りながら体がみるみる龍に変わっていく。
「琥珀、飛び降りるぞ!」
ルカは琥珀の手を取り、せーの、と言った。どうやらこの断崖絶壁から飛び降りるつもりらしい。恐怖もここまで来ると吹っ切れてしまう。琥珀は目を瞑り、無我夢中でルカと一緒に飛び降りた。重力に引っ張られてどんどん落ちる。そう思ったが、思いのほかあまり落ちず、すぐに何かに着地した。やわらかいたてがみの感触。龍になったタケルが無事に受け止めてくれたらしい。ルカは握っていた琥珀の手を角に押し当て、
「しっかり掴まって!」
と叫び、それと同時にタケルは空高く舞い上がった。
「気を失ってるから、しばらく目覚めることはない」
タケルは少し得意そうに言って、ルカは
「それはよかった」
と返事をする。
気を失ったのは、さっきの店主のことだろう。琥珀は今一つ、今の状況についていけない。俺がおかしいのか? なんでこの二人はこんなに普通なんだろう。タケルはともかく、ルカまでも。ああ、玲音がいればなあ。ほんの少しそう思ったが、琥珀はかぶりを振った。歩夢を、早く見つけなければ。そのために、このよくわからない世界に来たのだから。琥珀は龍に変化したタケルの角にしがみついた。
少し進んで、タケルは広々とした場所に着地した。近くには川が流れているし、木にはよくわからない実がなっている。
「最初に言っとくが、この世界のものを口にするなよ。ここはもう、お前らの世界とは違うんだ」
タケルはまたもや司に変化している。
「もし食べたら、どうなるの?」
琥珀がおそるおそる聞いてみる。
「二度と、戻れなくなる」
タケルの言葉を聞いて、琥珀はぞわっと鳥肌がたつのを感じた。
「お腹がすく前にさっさと見つけて帰ろうよ」
ルカは持ってきた水筒の水を一口飲みながら、なんでもなさそうに言うのだった。




