■外側:路地裏ラビリンス
夕日がもうすぐ沈もうとしている。
ビル脇の非常階段を見つけて、なんとかそこから下に降りた。降り立った路地裏は細く、どこまでも続いていきそうな気配すらある。
見上げた先に見える空は狭く、遥か遠くにある。道の両サイドには店の裏口であろうドアや看板があるものの、人気を全く感じない。あの島で、森の中に入った時と同じように、外の世界とは全く違う異空間に迷い込んでしまったかのようだ。
「この先だ。この道を、真っ直ぐ進めばいい」
司に変化したタケルが道の先を見ながら言った。
「うん。行こうよ」
ルカが言うと、タケルは頭をぽりぽりかいて、人数が、とぼそっと呟いた。
「人数が、なに?」
「多すぎるだろ。ここから道はどんどん狭くなる。五人で行くのはちょっとな」
「言われてみれば」
ルカも言った。
「オルロワと、ピアノのガキはここで待て」
「え? でも」
タケルの言葉に、玲音はびっくりした。琥珀と一緒に歩夢を助けに行くつもりだったからだ。
「だから、ここで待っとけ。二人で適当にデートして待ってろ」
タケルが不器用ながらも精一杯オルロワを気遣ったのであろう事が、ルカはわかった。
「確かに人数が多いから、ここからは三人で行くよ。二人は待ってて」
「待ってろっていっても……」
歩夢を助けに行くという目的が急になくなり、何をしていいものがわからない。
玲音は琥珀をちらと見た。琥珀は、大丈夫、といって頷いた。
「そうだ、これ」
琥珀はルカの持つカバンのポケットに入っていた一万円紙幣を取り出して玲音に渡した。今朝出発する時に、ドミニクからもらったものだ。
受け取りながら、自分だけ何もせず申し訳ない気持ちになった。
「大丈夫。絶対に歩夢を連れて帰るから。オルロワと待ってて」
ルカが言うので、玲音はやっと「わかったよ」と返事をした。
「じゃ、行ってくるね」
琥珀と玲音、あと司に変化したタケルは路地裏の奥へ奥へと進んで行った。
次第に三人の姿は見えなくなった。
「玲音?」
いつまでも三人の後ろ姿を見送る玲音にオルロワは声をかけた。
「ごめん。これから、どうしようか」
「とりあえず、ここから出よう」
オルロワはそう言って、玲音のシャツの裾を軽く引っ張った。
「そうだね。そうしよう」
二人は路地裏から人通りの多い通りへ出て行った。
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道はどこまでも続き、右に曲がり左に曲がり、しばらく真っ直ぐ進んだかと思うと左へ曲がり、右へ曲がる。道の幅はどんどん狭くなっていき、今や人ひとりがやっと通れるくらいだ。気付けば扉も看板もなくなって、ただの薄暗い、細い道でしかない。東京の都会の路地裏がこんなに入り組んでいるなど、誰が思うだろう。
一体どこまで続くのかと先頭を歩くタケルに聞いてみようと思った矢先、懐かしい匂いが鼻をかすめた。出汁のような、食欲をそそる匂いだ。その匂いを嗅いで、琥珀は急に空腹を感じた。
道の先に、ほんのりと明るい光が見えている。あそこは、食べ物屋さんなのだろうか。近付いて行くと、店主らしき中年の男が暖簾から顔を出した。でっぷりとしていて、背の低い男である。男は「どうぞ」と言って三人を中へ促す。
店に入っていいものかわからず琥珀が逡巡しているのも気に留めず、タケルはさっと暖簾をくぐった。
「これ、うどんの匂いだな。美味そうだ」
「ルカ、うどん知ってるんだね」
あの島の食事は、どちらかというと洋食寄りだと思ったからだ。
「うん。たまに、ドミニクが作ってくれた」
ルカはそう言って暖簾をくぐろうとしたが、一瞬止まって琥珀に囁いた。
「ここのうどんは食べない方がよさそうだ」
「え? どうして?」
「ここはもう、別の世界だ。食べたらきっと、大変なことになる」
そう言って、ルカも暖簾をくぐって入って行った。
食べないなら、どうしてみんな入るんだよ、と思いながら、最後に琥珀も暖簾をくぐった。




