■外側:外側へ
夕日が今まさに沈もうとしている。いい感じだ。昼と夜の間の時間。一日のうちで一番、あちら側に、行きやすい時間だ。
タケルは大きく息を吸い込んで、夕日色の長い尾を持つ生き物に変化した。半透明のそれは、光の加減で見えたり見えなかったりするが、紛れもなく龍のような形をしている。
荷物をまとめて甲板に出て来た琥珀と玲音は、目の前のなんともいえず美しく光る龍に魅入られて、言葉が出てこない。
「なかなかいいじゃない。あなたにしては、美しいわ」
玲音の横に立つオルロワの言葉に、タケルは少しむっとしたような表情をしたが、何もいわず首を甲板の上に下ろし、
「さあ、乗れよ」
とルカに言った。
ルカは頷いて、ひょいと龍の頭部へ飛び乗った。
「琥珀、こっちにおいで」
ルカに呼ばれるがまま、琥珀は龍の頭によじ登り、安定の悪い固い鱗に覆われた頭部を歩き、ルカと一緒に右側の角に掴まった。玲音とオルロワもその後に続き、二人は左側の角に掴まった。その龍は全てが透明なのに、光が反射してキラキラ光り、なんともいえず美しい。
「なるべく姿勢を低くして、たてがみに隠れていろ。吹き飛ばされないようにな」
タケルに言われた通り、四人とも姿勢を出来るだけ低くして、たてがみの間に体をうずめた。
「行くぞ」
タケルの声が耳に届くと同時にぶわっと風が起こり、一瞬にしてタケルは空へ舞い上がった。ぐんぐん進む龍の周りでは勢いよく風が吹いていて、ほんの少しでも顔を上げるとたちまち飛ばされてしまいそうだ。
遥か後ろの方で、バラバラと音がする。オルロワ号が海の中へ沈んで行く音だ。ついさっきまでいた場所が崩れ落ちるのは、とても不思議な感じだった。船を放棄する話は、琥珀も玲音も聞いていた。でも、オルロワに残された時間が限られていることまでは話していない。それは、オルロワが望んだことだった。
「大丈夫?」
玲音がオルロワに聞くと、
「平気よ」
と、オルロワは何でもなさそうに答えた。
夕日が完全に沈む前に、あちら側の世界の入り口に着いていたい。そう思いながら、タケルはほんの少しスピードを上げた。船なら数時間かかるであろうその距離を、タケルは数十秒で飛んで行き、あっという間に目的地周辺に到着した。眼下には、東京の街並みが広がる。
「ほう。五百年の間に、随分様変わりしたもんだ」
ある程度予想はしていたものの、車や電車など、得体の知れない乗り物が高い建物の間を縫って走り回る光景は、中々新鮮なものだった。
この中から、向こう側へ続く道を探さねばならない。タケルは目を凝らして東京上空を飛び回る。
(いくつかあるな)
どんな場所にも必ず裏側は存在するもので、その入り口はというと、人が多い場所に巧妙に隠されている。どの入り口を選んでも、結局辿り着く場所は同じだが、比較的行きやすい場所がいい。
さて、どこがいいか。
選ぶにも、五百年ぶりであるため判断基準もよくわからず、とにかく一番降りやすいところへ着地した。
ずっと目を閉じていた琥珀は、風の音が止んだので、ゆっくりと目を開けた。そこは、どこかのビルの屋上のようだった。
「着いたぞ」
タケルがいうので、みんな順番に降りていく。最後にオルロワが降り立つと、タケルはまた司の姿に変化した。
「ここが、入り口?」
ルカが聞くと、タケルは首を捻った。
「この辺のはずなんだが」
入り口といわれても、そこは五階建てくらいのビルの屋上で、何も見えない。
「ねえ、あそこじゃない?」
ビルの端で、オルロワは下の方を指さしている。そこは、隣のビルとの間にある、細い路地だった。