■内側:行き止まりの島
ここは、行き止まりの島と言われている。
海に囲まれ、豊かな自然があるこの島はとても小さく、馬を走らせたら一周するのに一時間もかからない。ここに住む住人は、みんな家族のように暮らしている。
島の北側にある砂浜には毎日様々なもの、島民が「不要」と呼ぶものが流れ着く。つまり、誰かが捨てたものだったり、誰からも必要とされないものだ。島民は「不要」をどうにかこうにか必要に変えて、それを使って生活する。食べ物や日用品はもちろん、人や生き物も例外ではない。アニカも生後間もない頃に流されて来た。この島にいる人達は、だいたいみんなそうなのだ。外側の世界から必要とされない人たち。もしくは、外側の世界を捨てて自らここに来た人たち。「不要」と認定されてここに流れ着いたわけだから、もちろんこの島から出て外の世界へ行こうと思う者など一人もいない。聞くところによると、この島の外側には「境目」と呼ばれる海域があり、そこを通らなければ外の世界へ行くことは出来ないし、来ることもできない。そして、「境目」には恐ろしい門番がいて、通るときに記憶を取られてしまうとか。実際、ここに来る人達は外側の事を全く覚えていない状態でやってくる。時間が経って思い出す人はいるにはいるが、どの程度思い出せるかどうかは個人差があるようだ。
アニカはこの島に来てから十六才の今まで、島民みんなに育てられた。暖かい家と食事があり、読み書きも教えてもらって、それなりに愛されて育って来たと思う。でも、ふとした瞬間に、この島の人たち以外に私を必要とする人なんていないのだ、という思いがふつふつと湧き上がる。今みたいに、自由奔放なルカの奇行を目の当たりにした時は、特に。
(ルカは、私とは違う。いや、この島の誰とも違う。あの子は捨てられてない。この島に来たリズと司の子供で、ちゃんと愛されているんだもの)
ルカが壊した納屋の屋根の破片を拾い上げながら、アニカはどうしようもなく悲しい気持ちになった。
(元気いっぱいのあの子を見てこんな卑屈な気持ちになるなんて、私はきっと捻じ曲がっているんだわ)
そんな事を思いながら立ちすくんでいると、
「今の音は? またルカが何か壊したの?」
落ち着いた声が聞こえて来て、振り返るとそこにはルカの母親、リズが立っていた。青く澄んだ瞳にルカと同じ赤い髪。壊れた納屋の屋根を眩しそうに見上げながら、肩をすくめている。
「まったく、何回やるのかしら。早く直してもらわないと。ルカはどこへ行ったの?」
呆れた様子で話しているが、そこまで慌てた様子もない。むしろ楽しんでいるようだ。こういう所は親子だなと思う。どんな悲惨な状況でも、この人たちにとっては取るに足らない、むしろおかしい事なのだ。
「面白いものが流れて来たからって、浜に行ってしまったわ」
アニカの説明を聞いて、リズは少し表情をこわばらせた。
「面白いもの、ですって?」
リズはいつになく深刻そうな顔をした。
面白いもの、だなんて、大袈裟な。変なもの、面白いもの、それは毎日ここに流れ着くのだから、珍しい事でもなんでもない。アニカはそう思っていたけれど、リズの様子は少し違った。何が起きても、それがいいことでもよくないことでも、楽しい事に変換してしまうようなリズが、動揺しているような気がして、アニカは少し不思議に思った。