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■内側:船上

 豪華客船というと、金持ちの富裕層が乗るイメージがあるが、その船は、一般市民でも乗船可能な庶民的な船だと思う。

 僕と琥珀は家が隣同士で、親も仲が良い、幼馴染というやつだ。

 琥珀とは小さい頃から一緒にサッカーをしたり、遊びに行ったり仲良くしていたけれど、僕はピアノの練習もあったし、指を怪我してはいけないから、だんだん一緒に遊ばなくなっていた。僕の父親は普通のサラリーマンだけど、母親はピアノの教師をしていて、それもあってか小さい頃からずっとピアノばかりの毎日だった。自分自身もピアノにのめり込んでいたのだと思う。学校に行く時間も惜しくなるほどで、コンクールの前なんかは学校に行かない日もあった。クラスからも浮いていたし、だんだん学校に行くのが面倒になっていた頃、引っ越しの話が持ち上がった。優秀なピアノの先生がいるところへ通い始めて、そこがとてもよかったので、教室の近くに住もうというわけだ。その頃、学校でもいろいろあって疲れていたからちょうどよかったんだと思う。

 で、どちらが言い出したのか知らないが、親同士で、最後にみんなで旅行に行こうという話になったんだ。


 ほんの数日の間、船上で過ごす旅。

 ホテルの有名シェフ監修の豪華な食事、日毎に変わるショーやゲーム。何日かにいっぺん観光地へ寄港して買い物や食事を楽しむ。船は大きなマンションが丸ごとひとつ入ってるのかと思うくらい巨大で、中にはエレベーターもついている。大人たちはこういう非日常の空間が好きなんだろう。広すぎて、船の上でも出来ないことはほとんどない。もちろんサッカーは出来ないし、僕はピアノを弾けないからつまらないと思っていたけど、子供用のスペースは充実したから、それなりに楽しく過ごしていた。乗船する時にもらった薄いオレンジ色のバンドには船のシンボルである王冠マークと名前が書かれていて、これがあれば、すべての部屋に出入りする事ができて、ゲームもやり放題。映画も数百種類の中から選んでいくらでも観ることができる。

 琥珀の年の離れた弟の歩夢は今年小学校一年生になったばかりで、一緒に遊ぶには年が離れすぎている。琥珀以上に怖がりで、まだ母親離れしていないところもあるけれど、とても愛らしくて僕たち三人は一緒に映画を観たり、ゲームをしたりして過ごした。確か、恐竜の映画を観ていたのだと思う。みんな恐竜が好きだったし、そこそこ最新のものだった。半分見終わったところで、船がどこかの港に寄港した。そこで昼食を取る予定だったけど、あまりにも映画に熱中していたから、僕たちは下船しなかった。映画を観終わったら合流する、と親に事情を話して、そのまま船に留まった。

 それが、ダメだったのかもしれない。

 全て見終わって、興奮冷めやらぬまま下船しようと思ったら、船内にはほとんど誰もいない事に気がついた。ほとんど全員が下船していて、いつになくしんとした船内を歩いていると、いつもは行かないような場所に行ってみたくなって来る。


「大人が行くような場所、みてみようよ」


 誰かがそう提案して、みんなわくわくして船の探検を始めたんだ。上の階から順番に、いろんなところを覗いて歩いた。一通り見終わってから、僕はずっと気になっていた場所があることを思い出した。


「最後にもう一箇所、見てみたい場所があるんだけど、行ってみない?」


「どこ? どこが見たいの?」


 琥珀がわくわくして聞き返す。


「上流階級が行くような場所。サロンみたいなところだよ」


「サロン? あ、お酒を飲むところ?」


「うん。お酒っていっても普通のお酒じゃない。とびきり上等のやつだ」


「へえ」


「パパはいつもビールばかり飲んでるよ」


歩夢がいう。


「ビールじゃなくて、もっと上等なお酒だよ。あと、葉巻、てのもあるみたいだよ」


「葉巻? タバコのこと?」


「タバコよりも、ずっとずっと高級だ。ね、ちょっと覗いてみようよ。今はきっと、誰もいない」


 琥珀も歩夢も初めての場所に行くことにわくわくしていたし、サロンを少し覗くだけだから問題ないに決まっている、と思っていた。


 何階か忘れたが、ゆったりしたカフェのさらに奥まった場所に、重厚感のある扉があった。サロンの扉をそっと開ける。そこにはふかふかの絨毯が敷き詰められて、落ち着いたデザインの、高級そうな椅子とテーブルが置いてあり、独特な匂いがした。これが、葉巻の匂いだろうか。

 もちろん誰もいない。


「結構広いな」


 僕はどんどん奥へ進んで行った。


 奥の方にはバーカウンターがあって、高そうな銘柄の酒のボトルが棚にびっしりと並んでいる。そこで、何か変な感じがした。人の気配、というのだろうか。息遣い? なんと表現したらいいのかわからないが、そこには何人か、いたのだと思う。

 鈍い音がして、振り向くと一番後ろを歩いていた歩夢が倒れている。血も、少し出ていたのかもしれない。その音の原因は多分、誰かが何かを殴る音。つまり、誰かに歩夢が殴られた音だ。それを理解するのに数秒かかったと思う。相手の顔は良く見えなかった。黒い服を着て、顔も良く見えなかったけど、大人の男が歩夢に危害を加えたということはわかった。


「歩夢?」


 僕がそう言ってしまったから、そこにいた全員に気付かれてしまった。あっという間に僕と琥珀は何人かの大人に囲まれた。


「おい、歩夢!」


 琥珀が歩夢にかけよると、その瞬間、何が起きたのかよくわからなかったが、歩夢が何かに喰われた。


 多分、床から現れた、大きな怪物、みたいなものに。


 歩夢が、丸のみされてしまった。


 呆気にとられたのは僕たちだけじゃなくて、周りの大人たちもだ。琥珀も僕も呆然としていたが、とにかく逃げるよりほかにない。逃げなければ。そう思っても、今しがた目の前で起こったことが衝撃的すぎて、体が少しも動かない。

 すると、歩夢を丸呑みしたものがまた大きな口を開き、次は僕と琥珀も丸呑みされた。それからはよく覚えていない。本当に、何が起きたかわからないんだ。真っ暗で、なんていうか完全に違う世界に行ったように思った瞬間、急に明るくなって、吐き出された。その時に、声が聞こえた。


《必要なら、探しにおいで》


 それから先のことは、覚えていない。


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