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■内側:夕食を食べながら

 水を飲んだ後、またしばらくボールで遊んだり、山を下ったところにある納屋の馬を見せてもらったりするうちに、あっという間に時間が過ぎて、すっかり夕方になっていた。


 どことなくいい香りが漂ってきて、空腹を覚えたとき、ルカが


「ごはん食べに行こう」


 と言った。


「この辺は、集落なんだ。みんなそれぞれの家に住んでいて、食事はそれぞれの家で食べる事もあるけど、大体は食堂に集まって食べるんだ」


 ルカは説明をしながらずんずん進んで行く。

 つい先ほどまで夕日に包まれていたと思った街並みは急速に暗くなり、空の星が瞬きはじめる。ルカが先頭を歩く石畳の道の両脇にはいろんな形の家が並び、玄関灯が放つほのかな光がなければ一瞬で暗闇になってしまいそうだ。

 しばらく行くと、明るい光が漏れるこぢんまりとした建物が見えて来た。ルカはその建物の両開きの扉に手をかける。ギイイという軋む音を出しながら扉は開き、まずルカが入り、その後に琥珀、玲音と続いた。

 

 目の前に、オレンジ色の光が広がる。部屋自体はそこまで大きくない。横長の机と長椅子が、ぎゅうぎゅう詰めに並んでいて、奥の方にはキッチンが見える。何人かが既にテーブルについて、食事をしたり、酒を飲んだりしているようだ。人々は入り口の三人に一瞬目をやるが、また自分たちの話に戻っていく。

 

「ルカ、こっちや」 


 奥の方の机に座っているおじいさんが軽く手を上げ合図をする。


「あれが、ドミニク」


 ルカが小声で解説する。ドミニクと呼ばれるそのおじいさんは、近所にいるおじちゃんみたいな風貌だ。薄汚れた服を着て、頭頂部は禿げ上がり、サングラスをつけている。ドミニクという名前も少し変だ。どこからどう見ても日本人だし、話し方は関西訛りだ。


「なんやルカ。早速友達になったんか」 


 ドミニクは隣に腰かけたルカに、楽しげに話しかける。


「うん。サッカーをやったんだ」


「ほぅ、そうか」


 ドミニクはサングラスの奥に見える目で興味深そうにルカを見つめ、煙草を取り出して火を付けた。


「珍しいね。今日は飲まないの?」


 ルカはドミニクと話しながら、琥珀と玲音に座って、と合図をして、琥珀はドミニクの向かいに、玲音はルカの向かいに腰かけた。


「後でゆっくり飲むねん。気にせんでええ」


ドミニクはいかにもめんどくさそうにルカの質問を受け流す。


「カレーは? 先に食べとく?」


「せやなあ。食べとこか」


「オッケー」


 ルカはキッチンの方を見て、


「アニカー! こっちこっち

 と大声で呼びかけた。

 程なくして、アニカがキッチンからやって来た。


「アニカ、カレー四つお願い」


「辛いの、大丈夫?」


 アニカは琥珀と玲音を見て聞いてくる。


「た……たぶん、大丈夫、です」


 美しいアニカに話しかけられて、琥珀はしどろもどろになってしまう。それを見て、玲音がくっくと笑った。


「琥珀はわかりやすいな、相変わらず」


「何がだよ?」


「態度に出過ぎだ。ばればれなんだよ」


「確かに、琥珀はわかりやすいな」


 二人のやり取りを見て、ルカも言った。


「え? ルカもそう思う?」


「うん。俺がサッカーできたのも、相手が琥珀だからだ。他の人だとこうはいかないんじゃないかな」


琥珀と玲音は一瞬顔を見合わせた。


「どういうこと?」


 ドミニクは、そのやり取りを聞いて、


「なんやルカ、二人に言うてへんのか」


と、やれやれというふうに呟いている。


「え? 何の話?」


 琥珀はドミニクに尋ねる。


「言うてもええよな?」


 ドミニクはルカに一応聞いてみた。まさか、隠しているわけではあるまい。


「いいよ、別に」


「こいつな、目ほとんど見えてへんねん」


「え……」


 琥珀も玲音も絶句した。目が見えてない? だって、あんなに自然にボールを蹴って遊んでいたし、歩く時も普通だったじゃないか。


「嘘。嘘だろ?」


「そう聞きたい気持ちはわかるけどな、ほんまなんや」


「じゃあ、どうやってボールを蹴ったのさ?」


「だから、琥珀のボールは分かりやすいんだ。蹴るときにボールに気持ちを乗せてるし、感情が他の人より外に漏れ出ているというか……とにかくわかりやすいんだ。表情が見えなくても、何を感じてるのかだいたいわかる」


「そんなこと……」


 あり得るのか? 目が見えないから、他の人より感覚が鋭いのはわかる。でも、そこまでわかるものなのだろうか?


「僕の事もわかる?」


 玲音が聞くと、ルカはうーんと首を捻った。


「わかるときもあるけど、琥珀ほどじゃない。とにかく琥珀が、すごくわかりやすいんだ」


 そう言われて、喜んでいいのかなんなのかよくわからないでいると、


「ほら、僕がいった通りだ。やっぱり琥珀はわかりやすい」


 と、玲音が耳元で呟いた。


「こいつ、変やから。普通とはちゃうねん。だから、気にせんとき。ルカは、こういう奴やねん」


ドミニクがそのようにまとめて、この話は終わった。


 食堂は終始がやがやして賑やかだった。たまに視線を感じるのは、琥珀と玲音が新参者だからなのだろうか。少々居心地の悪さを感じていると、小さな子供が二人、おずおずとテーブルに近付いて来た。


「ユイ。ソウタ。どした?」


 ルカが聞く。見えてないのになぜわかるのか疑問だったが、気にしないことにした。ルカは見えなくても、大体のことがわかるのだ。


「ごあいさつ」


 ユイと呼ばれる女の子がそう呟いて、


「こんばんは」


と言いながら、ぺこりと頭を下げた。小学校一年生か、それより小さいくらいの子だ。ソウタはさらに小さい。


「こんばんは。小さいのに偉いね。僕は玲音。こっちは琥珀」 


 玲音がにっこりして女の子の頭を撫でると、


「島のことで、わからない事があれば聞いてください」


 と、にっこり微笑んだ。しっかりした子である。


 この子は人見知りをしないのだろうか。初対面なのにものすごくしっかりしているな。琥珀はそう思って感心した。同じくらいの年の子供は、もっとおどおどしていて、いつも母親の後にくっついているというのに、ユイは自分より年下のソウタを従えて、立派なもんだ。そう思った自分に、琥珀は少し驚いた。


 誰と比べてるんだ? 


 今、確かにユイを誰かと比べた。でも、一体誰と比べたというのだろう。


「明日、教会で学校があるので、よかったら来てください」


 ユイは続けてはきはきと話す。


「学校?」


 玲音が聞き返すと、ドミニクがすかさず答える。


「週に何回か、教会で学校をやってんのや。字を教えたり、音楽を聴いたり。教師は持ち回りで、明日は確か……」


「明日は、リズとアニカ」


 ユイが答えて、玲音を見上げた。


「面白そうだね。じゃあ、行ってみようかな」


 玲音がにっこり笑って答える。ユイは琥珀を見たが、琥珀は正直荷揚げの方に興味があった。


「あ……えと、俺は、荷揚げの方に行きたいな」


「じゃあ、琥珀は俺と一緒に荷揚げに行こう。明日はドミニクが二日酔いだろうしね」


 ルカがいたずらっぽく笑ってみせると、ドミニクが反論する。


「ルカ、お前俺の代わりに浜に出たことなんてないやろが、この気まぐれ坊主が。友達の前でかっこつけとるんやな」


「その気まぐれで、明日は働いてやるっていってんだ」 


「おぉ、そうか。それは心強いもんやの」


 ドミニクはゲラゲラ笑い、ルカは口の端を持ち上げて少々居心地が悪そうだ。


「ねえ、ドミニクさんの仕事ってなんなの?」


 琥珀が思わず聞くと、


「それ、俺も気になってた」


 玲音も同調する。


「この島に流れ着くものを管理する、拾得物管理人や」


「流れ着くって、ゴミ拾いみたいなかんじ?」


「ゴミじゃないよ。いちおう、島の食糧だ」


「島の、食料?」


  島の人の食料じゃなくて? 島の食料って、どういうことだろう。


「この島には、世界中のあらゆるものが流れ着くんや。その大半は、俺らにとっていらんもん。不要なもんや。でも中には必要なものもある。食材とか、日用品も流れて来るからな」


「そのいらないものを、島が食べるの?」


「そうや」


ドミニクは深く頷いた。


「この島は、何でもよう食べよる。いらんもんはもちろん、骨董品も食べるからな。ほとんどが骨董品かもしれん。そして、食べたあとは成長する。この島は、少しずつ大きなっとんねん」


「骨董品って、アンティークショップにあるようなものだよね? それが、どうして不要なの?」


「本来の姿は骨董品ではないからや。骨董品の形をしているだけで、元々は違うもんや。なんやと思う?」


 突然のクイズに、琥珀と玲音は顔を見合わせてしまう。


「ヒントちょうだい」


 玲音が言う。


「ヒント? そうやなぁ……」


 ドミニクはもったいぶってタバコの煙を大袈裟にふぅーと吐いた。琥珀は内心、早く答えを教えてくれよ、と思った。


「誰もが心に持ってるもんや」


「心に持ってるもの? 気持ち? 感情とか?」


玲音の答えにドミニクは満足そうに頷いた。


「そう。感情や」


 ドミニクはタバコの灰を落とすのも忘れ、話し続ける。


「人はいろんなものを捨てる。物だけじゃない。気持ちも捨てる。恨み、悲しみ、妬み、嫉妬。そんな感情が具現化して、骨董品として流れ着く。もちろん、幸せな記憶とか、いいものもたまには来るが、大体が辛い思い出とかやなあ」


「具現化? 気持ちが?」


 ドミニクの話は、わかるようでわからない。気持ちが具現化するなんて、聞いたことがない。


「聞いた話によると、境目……ああ、この島の外側にある海域やけどな、そこがフィルターになっとんねん。捨てた気持ちで溢れると、海が汚染されてよろしくないんや。それで境目を通るときに具現化して、内側、つまりこの島に流れ着き、島が食べる。ここに来る者が記憶ないんもその関係やと思うわ。そうやって、世界が回ってるんや」


 ドミニクがそこまで話したところで、アニカがカレーを持って来た。


 アニカは両手で器用に皿を四つ持ち、順番にみんなの前に並べて行く。大皿の上に小皿が一つ。小皿の中にはカレーが入っていて、空いたスペースにチキンと米と野菜。そして、大きなナン。

 これ、確かカレーにつけて食べるんだったよな。ナンを見て、琥珀は思った。


「ありがと」 


 ルカがアニカに言うと、アニカはほんの少しだけ微笑んだ。


「アニカのカレーは美味しいよ」


 ルカはちぎったナンをカレーにつけて口の中に放り込み、「うん、美味しい」と、嬉しそうに言いながら食べている。それを見て、琥珀も玲音もナンをカレーにつけて食べ始めた。確かに、とても美味しい。カレーは辛すぎず甘すぎずちょうどいいし、ナンはもちもちしている。


 食べながら、琥珀はドミニクの話を考えていた。人が捨てた感情が具現化されて流れ着き、それを島が食べて成長する。人が捨てる感情って、なんなんだろう。どういう時に、人は感情を捨てるんだろう。何も覚えていない琥珀にはそれを想像するのが難しかった。



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