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■内側:リズの心配

 今日流れ着いた二人の少年が外へ出て行くのを見送ってから、リズは深いため息をつき、ドミニクの家の小さなリビングにある、二人くらいしか座れないであろう小さなソファに腰をおろした。


「あの子達がルカに会うのも、時間の問題ね」


 ドミニクはダイニングテーブルでジグソーパズルに取り組んでいる真っ最中だったが、気落ちしているこの女性にお茶でも出さねばと思い、席を立った。小さなキッチンについている小さなコンロに小さな薬缶をかけ、沸騰するのを待つ。無性にタバコを吸いたくなったが、リズが嫌がりそうなのでやめておいた。一体全体どうして、自分の家でタバコの一本も吸えないのだろう。


「ねえ、あなたはどう思う?」


「何がや?」


 ドミニクはしらばっくれて答えた。リズに話しかけられるであろう事は予想していたが、ついに来たか、と思った。


「しらばっくれないでよ。あの二人のこと」


 リズはソファから立ち上がり、コンロの前に立つドミニクの横に立ち、


「《不要》だと思う? あの子たちが」


 と囁いた。


「まだ何も喋っとらんし、わからんわ」


 実際そうだった。リズは彼らと話したが、ドミニクは一言も話していない。


「リズはどう思ったんや。話したんやろ? あの子らと」


「とても、《不要》には見えなかったし、外側を捨てて来たとも思えなかった」


 リズはどことなく残念そうに話しながら、お茶を用意し始めたので、ドミニクはダイニングテーブルへ戻り、パズルを片付け始めた。結局今日は、ほとんど進まなかったなと思いながら。


 ドミニクは、面倒ごとが嫌いだ。穏やかな、凪いだ海のような時間を淡々と過ごす日常を愛している。しかし今回の出来事は、拾得物管理人という仕事上、目を背けることが出来ない問題でもある。あの拾得物、つまりあの二人の少年は、「不要」ではない。そんな事は見ればわかる。眠っているところしか見ていないが、あの子供たちは、「不要」が持つもの寂しさなんて何も持ち合わせていないように思ったのだ。もし二人が人でなくモノだとしたら、ありがたくこの島で使えばいいだけの簡単な話なのだが、人間となると話が違う。「不要」でないのなら、外側の世界に彼らを待つ家族がいるわけで、今この瞬間も二人を探しているに違いない。一刻も早く、二人を家に帰してやらねばいけないのだ。


「ほんなら、二人を外側の世界に帰してやる方法を考えなあかんな」


 リズはドミニクをちらと見て、深いため息をついた。一体何がそんなに心配なのか。ドミニクにはリズの考えがよくわからない。確かにこの島から出た人間は未だかつていないわけだし、考えなければいけない事は山ほどある。


「なんや、境目の事が心配なんか」


「違うわ。私が心配してるのは、ルカのこと」


「ルカ?」


 ドミニクは素っ頓狂な声を出した。


「あの子が、あの二人と友達になって、外側の世界に行きたいって言ったら?」


 やかんがカタカタと震え始め、お湯が沸いたことがわかった。リズはコンロの火を止めて、ティーポットの中にお湯を注いだ。紅茶のいい香りが広がる。


「外側の世界、あなたも知ってるでしょう? どれだけ過酷で、冷たい場所かってこと」


 ドミニクは息をのんだ。外側の世界の事なんてほとんど覚えていない。いや、覚えていないというよりは、記憶に蓋をしているにすぎないような気もする。ドミニクは、自分を捨てた外側の世界を思い出すことに微かな嫌悪感を感じた。


「ルカって、普通と違うじゃない。視力の事だけじゃない。発想も、感覚も、普通と違うわ。そういう人が外側の世界で生きていくのは、とてつもなく大変な事よ。そうでしょう?」


 リズはカップにお湯を注いで温めてから、中のお湯を捨てた。


「でも、一番心配なのは視力のこと。外側の世界では、あの子はお茶を入れることすら出来ないし、道を歩くこともままならないんじゃない? いえ、最悪の場合……」


 そこまでリズが話したところで、玄関の扉があいて、司が入って来た。漆黒の瞳と髪を持つこの男を見てこれほど嬉しく思ったことは未だかつてなかったと、ドミニクは思った。


 愛馬ダンテスに乗ってここへ到着したのであろう司は息切れはしていないものの、うっすらと額に汗を滲ませて、ドミニクの部屋に入って来た。この時間帯、海岸は暑かったことだろう。


「じいさん、悪いな。任せちまって」


「それは構わんけどな」


 ドミニクは困ったようにちらりとリズを見やった。リズは司が来るであろうことも見越して温めていた三つのカップに順番に紅茶を注いだ。


「子供たちは?」


「外へ行ったわ。いなかった?」


「砂浜にはいなかったが……まあ、どこかでルカが一緒にいるだろう」


「そうね。時間の問題だもの」


 リズは紅茶をダイニングテーブルに運び、三人は席に着いた。


「早速本題だが、あの子達は、《不要》じゃないってことでいいのかな」


 司はリズに聞いた。リズはゆっくりと頷く。


「ええ。《不要》じゃない」


「じいさんは?」


「俺は、まだ話しとらん」


「そうか。じゃあまだ急がなくてもいいかもしれないが」


 司はこめかみを人差し指で抑えながら少しの間考えていたが、やがて口を開いた。


「《不要》ではない線が濃厚であることは事実だ。あの子達を外側の世界に帰す前提で、接した方がいいと思う」


 リズはそうね、と呟いた。


「何日間か……二、三日もあれば充分かな? その間にある程度記憶が戻れば、それを元に帰り道を模索してもらうんだが、問題は《境目》を通ることだ」


 話しながら、司は十五年前、《境目》を通った時のことを思い出していた。



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