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■内側:赤い髪の少年


 もうすぐ、島の食事の時間だ。


 毎日、砂浜に流れてくるおびただしい量の「不要」と呼ばれるガラクタは、その多くが島の食料になる。「不要」は島の北側の「大口おおくち」と呼ばれる洞窟に集められ、時間が来ると洞窟はぱっくりと開いた口を徐々に閉じるかの如く入り口を狭め、数分の後に大量のガラクタを呑み込み吸収してしまう。数時間もすれば何事もなかったかのようにまた口をぱっくり開けて次の獲物を待っているその姿はまるで食中植物のようで、そんな貪欲な洞窟が、ルカは何ともいえず好きなのだ。


 でも、食事の時間にはまだ早い。あと三十分くらいだろうか、その時間がひどく退屈で、暇を持て余している。草の上にごろんと寝そべり、友達のノースを心の中で呼んでみる。ノースは島の周りを飛び回っている鳥で、真っ赤な色をしているから遠目にもわかりやすい。何よりノースはルカの親友なので、心で呼んだらきっと来てくれる。


しばらくすると、甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきた。うっすら目を開けると、ぼんやりとした視界に赤い羽を広げて飛んでいる鳥の姿が目に入った。


「ノース」


 いつの間にか眠っていたらしい。太陽の位置から、眠ったのはほんの十分くらいだろう。鳥の名を呼ぶと、鳥はルカの頭の上を二度ほど旋回して地面に着地した。


「よく来てくれたね。さっき呼んだのが聞こえたの?」


 ノースと呼ばれるその鳥は首を傾げながらルカを見つめる。その目は、


《なんか用?》


 と聞いているようにも見える。


「ノース、退屈で死にそうなんだ。何か面白い事起きないかな?」


 大きなあくびをしながらノースに言うと、鳥はまた甲高く鳴いてみせた。


《じゃあ、競争しよう》


 ノースは燃えるような赤い羽をバタつかせながら、挑戦的な瞳でルカを見る。


「そうこなくっちゃ」


 言いながらルカはひょいと飛び起きて、足にぐっと力を込めた。


 海からのぬるい風が頬を撫でた瞬間、一斉にスタートした。


ノースは木々などの障害物を避けて空高く舞い上がり、ルカは木の合間を縫ってどんどん進む。途中の急な傾斜を滑り降りてスピードを出し、一気に距離を詰めて行く。この競争は何度も何度もやっていて、スタート地点は標高四二三メートルの山の上、集落近くにある今は使われていない赤い屋根の納屋がゴールになる。集落がある地上が既に標高百メートル程だから、実質三百メートルくらいの標高差だ。ほんの少しの距離だが、これがなかなかいい勝負なのである。上空は障害物がない分風の影響を受けるので、ノースはあまり早く飛べない。午前中、太陽が昇り切らないこの時間の風の向きはいつも同じ。この時間なら、ルカとノースの勝負は五分五分だ。ぼんやりとした視界で木々や岩を捉え、次々に避けて行く。


 ルカは生まれつき目が悪い。単純に視力が悪いということではない。明るい、暗いはかろうじて分かるのだが、周りのものを見ようとすると全てぼんやりしているのだ。そんなぼんやりした世界の中で育ったせいか、視力の代わりに優れた感覚と、動物とコミュニケーションを取る術を身につけた。ルカは鳥と同じスピードで山を勢いよく駆け降りた。見えなくても関係ない。この小さな島の事は知り尽くしている。風の向き、木の位置、どんな動物がどの辺に住んでいるのか。ルカにわからない事はない。


 今日は、勝てるかもしれない。そう思うほどにレースは白熱していて、気が急いていたのだろう、最後に足に力を入れすぎたらしい。大きくジャンプしすぎて、納屋の屋根に突っ込んでしまった。


 グワッシャーン!


 激しい音を立てて、赤い屋根にぽっかり穴が開き、ルカは納屋の床に転がった。穴の空いた屋根から赤い鳥がこちらを覗き込んでいる。


《今のはどっちが速かった?》


 ノースが首を傾げるが、ルカはそれどころではない。また納屋の屋根を壊してしまったから、父親に大目玉をくらうであろう事は目に見えている。


「あぁ〜、やっちゃったなあ」


 頭をポリポリかきながら、今、この納屋を誰も使っていなくてよかったと思った。

 誰かに見つかる前にこっそり逃げ出そうと立ち上がり、体が問題なく動くかどうか確かめた。多少体をぶつけたが、特に問題なさそうだ。右腕にほんの少しかすり傷があるが、すぐ治るだろう。父親に見つかる前にこの場を離れようと入り口に向かうと、そこにはアニカが立っていた。手に洗濯物が入ったカゴを持っている。今から干しに行くのだろう。


「ルカ? またあなたなの?」


 アニカの、いつもの落ち着いた声が聞こえる。


「なにが?」


 しらばっくれてみるが、アニカには全てがばれている。アニカはぽっかり穴の空いた納屋の屋根を見上げ、そこにちょこんと止まっている赤い鳥を見つけた。


「また競争してたのね」


 呆れたような口ぶりだ。


「競争なんかしてないで、荷揚げを手伝ってきたらいいのに。ルカがいれば百人力なんだから」


「そんな事したら、みんなの仕事がなくなっちゃうだろ?」


 ルカは肩をすくめて答えた。

 アニカはルカをまじまじと見つめ、この赤い髪の少年は、やはり変わってる、と思った。

 アニカは幼い頃からこの島で暮らしており、島から出た事がない。なので多くの人を知っているわけではないが、それでもルカの強靭な肉体や体力が普通とは違うということくらいはわかる。ルカは十三才にして、大人が四人がかりでやっと持ち上げる事ができる巨大な岩を軽々と持ち上げるし、鳥と競争できるくらいの俊足を持っている。今だって、標高四二三メートルの山のてっぺんから勢いよく駆け降りて、納屋の屋根をぶち破り、地面に激突したというのに、ほぼ無傷で笑っているのだから、どう考えても普通じゃない。それは、いい意味で、ということだ。人よりいろんな事ができるし、力が強い。それだけではなく、いつもこちらの気持ちや考えを見透かすようなところがあるのだ。それはもしかすると、目が悪くてほとんど何も見えていない事と関係あるのかもしれない。


「どうかした?」


 ルカに聞かれ、我に帰った。


「別に…」


 言いかけたところで、屋根に止まっていた赤い鳥が急降下し、ルカの頭に勢いよく止まった。


「いて!」


 ルカは最初、驚いた顔をしたが、一瞬で鳥と心を通わせ、アニカの横をすり抜け納屋の外へ走り出した。


「ちょっと、ルカ?」


 急にどうしたというのだろう。ルカは振り返り、


「面白いものが流れ着いたみたいだから、見て来るよ!」


 と言って、言い終わる頃にはその姿は見えないほどに遥か遠くへ行っていた。


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