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刻印の檻  作者: かかかと
5/5

交渉

石畳の冷たさが足裏に染みる。鎖で縛られた腕が痺れ、喉元に食い込んだ鉄の枷が呼吸を阻害していた。教会の残骸から引きずり出された私たちは、広場の晒し台に縛り付けられていた。


「貴様らは一日ここで罪を晒すのだ」


衛兵長の革靴が私の脇腹を蹴った。鎖の錆びた臭いが鼻腔を刺激し、吐き気を催す。アデールが左側で微かに息づいていた。彼女の青い刻印はかすかに脈打っているが、魔力枯渇のためか光は弱々しい。


「大司教様を殺したのはお前たちだ」


衛兵長の声が広場に響き渡る。教会の尖塔が崩れた瓦礫の山から、灰色の煙がゆらゆらと立ち上っている。下層民たちが次々と集まってきた。彼らの目には困惑と恐怖、そして底知れぬ怒りが渦巻いていた。


「あの教会で何が……」


「大司教様が死んだって本当か?」


ざわめきが波紋のように広がる。老婆が崩れた尖塔の方向へ跪き、額を地面に擦りつけた。すすり泣く声が不気味に共鳴する。


衛兵長が高笑いを上げ、剣の柄で私の鎖を叩いた。


「こいつらが聖域を穢した! 貴族様の慈悲で晒し者になったのだ!」


突然、石が私の肩を直撃した。鋭い痛みが走り、血の匂いが広がる。振り返ると痩せた少年が次の石を構えている。彼の目に映るのは、私への憎悪そのものだった。


「教会を壊してどうすんだよ!」


「儀式ができねえ! 魂の浄化が!」


罵声と共に瓦礫が飛んでくる。額を割られた熱さの中、私は下層民たちの顔を必死に見つめた。投石する者、冷笑う者、そしてただ見つめる者――。


「このままじゃ魂が穢れたまま死ぬ…! お前らになんの権利があって…!」


石がアデールの眉間をぶつけた。血が彼女の睫毛に垂れ、滴り落ちていく。その瞬間、記憶が閃光のように蘇った。父の書斎でアデールが引きずられていく光景。私が「下層民の戯言」と一蹴したあの日。


「…当然だ」


私の声が喉の枷を震わせる。


「彼らを救うどころか、かえって苦しめてしまった」


陽が傾き始めた頃、衛兵長は満足げな顔をしていた。


「これだけ大事になっても一日晒し者で許されるなんてな 俺も公爵の息子になってみたいぜ」


奴は私の顔に靴を擦り付けながらそう言った。


鎖は魔力を失い塵と化し、私たちは崩れ落ちるように地面へ倒れた。


「レオン」


アデールの血まみれの手が私の傷に触れる。かすかな青い光が傷口を塞ぐ。


「リナを奪還する体力を温存しなくては」


夜陰に紛れて公爵邸へ向かう。下層街の路地裏で目撃した光景が脳裏を刺す。教会の崩壊を機に、衛兵たちが下層民を無差別に拘束していた。魂の配給パイプが破損したためか、貴族邸宅群の魔導灯が不安定に明滅している。


「動力源を断った効果は出ているわ」


アデールが廃墟の影に身を潜めながら囁く。彼女の刻印が微かに反応している。


「でもリナが生きているなら…彼女の魂で補填している可能性が」


公爵邸の門が見えた時、胃袋が氷塊のように冷たくなった。門衛の鎧に刻まれた赤い刻印が、父の視線のように私たちを睨みつける。鎧がぎくしゃくと動き出し、兜の中から人間の顔がにじみ出てきた。眼球が飛び出し、皮膚が金属と融合したその異形は、もはや衛兵ですらない。


「…まさか生体鎧?」


アデールが息を吞む。


「ようこそ、反逆者様」


鎧の口から衛兵の声が漏れる。首が180度回転し、リナの泣きじゃくる顔が現れた。


「助けて…レオンハルト様…」


「卑怯者!」


私が魔導銃を構えるが、アデールが腕を押さえた。その指先も、かすかに震えていた。


「挑発に乗らないで」


リナの顔をした不愉快な鎧は私たちをコケにするように笑い続け、付いて来るように手招きする。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


公爵邸の執務室は腐敗した香りで満ちていた。リナの十字架に縛られた背中から、赤い魔導管が蛇のように蠢いている。父はワイングラスを傾けながら、私の震える拳を見下ろしていた。


「またもや情けない姿を晒しているな」


革手袋の指が空中を撫でると、リナの鎖が軋んで悲鳴が漏れた。


「リナを解放しろ!」


父は少しだけ驚いた表情をすると、父はワイングラスを机に置き、ゆっくりと立ち上がった。壁に映る影が不自然に膨らみ、天井まで届くほどの巨躯となる。


「随分と単刀直入な要求だ で、私がお前の要求を聞く理由があるのか?」


父が突然魔導銃を引き抜き、私の左胸を狙い定めた。


「教会を破壊したとき、お前はまだ貴族だった 晒し刑で済ませたのは、血統への最後の情けだ」

「だが今のお前は」


父の声が嘲笑に歪む


「汚れた血が混ざった下層民同然だ お前の貴族としての権利をすべて剥奪する」


リナの鎖が軋み、青い光が断続的に迸る。


「私の話をしているのではない! リナを解放しろ!」


父の魔導銃が閃光を放ち、私の足元の大理石が砕け散った。


「貴族でなくなった今、口の利き方には気をつけろ」


父の革手袋が執務机を叩く音と、リナの鎖の軋みと重なる。


「魔導供給を妨害されたおかげで、下層民の搾取を強化せねばならん」

「その罪人を返せと?」


私は砕けた大理石の穴を踏み越えながら言った。


「衛兵が街中で魂を吸い出している現状なら」

「リナ一人くらい欠けても誤差だろう」


父の赤い刻印が急に明るく輝いた。


「何百の下層民より、この雑種が大事だと?」


硝子窓越しに、衛兵が老人を引きずる姿が見える。


「お前も随分と堕ちたな」


「人殺しに道徳を説かれる謂れはない」

「返せ」


執務室が水を打ったように静寂に包まれた。父の指が空中を撫で、リナの体が浮遊し背中の魔導管が抜けた。


「所詮は玩具の反乱だ 青い刻印も最初は面白かったが、結局は取るに足らない下層民の足掻きよ」


リナの体が突然投げ出され、アデールが素早く受け止めた。


「下層民が我が家をうろつくな さっさと消えろ」


門を出る際、衛兵の生体鎧がこちらを見つめながら道を空けた。その従順さにアデールが眉をひそめ、リナの脈を確認しながら呟く。


「あまりに不自然すぎるわ」

「なぜ私たちを殺さなかったの?」


アデールの指がリナの傷を撫でる。青い粒子が螺旋を描き、傷を癒していた。


「父は反乱分子を集めさせたいんだ」


暗闇に浮かぶ公爵邸の窓が、血のように赤く光っている。


「私を核に結束した所で、まとめて殲滅する 手の平で踊れというわけだな」


アデールは目を閉じ、衛兵の気配を感じ取ったようだ。


「...監視は続いているわね これからどうするの?」


「不本意だが向こうの思惑通りになるかな」


私は弱々しく息をするリナの頭を撫でた。


「だが踊りながら、舞台そのものを焼く方法を探せばいい」

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