6 王宮脱出
「我こそは御前試合で十六強まで勝ち上がった――我が愛剣がああ!?」
「私は武勇で知られたペイズリー子爵家の次男――父上からの借り物がああ!?」
「俺はダリア男爵家の分家の婿の叔父の従兄の――金貨五百枚がああ!?」
行きとは違う王宮の通路を、追手の武器と戦意を片っ端から叩き折りながら、早足で移動する。
もちろん闇雲に逃げているわけではなく、事前に教えられていた通りに故意に空けられた警備の穴を、脱出ルートに沿って進んでいるわけだが、なぜか三度も追手に襲われている。
一応、近衛騎士団の部隊を蹴散らして指揮系統を混乱させているので、王宮を出るくらいの時間を稼げる予定だったんだが。
だとすると、あいつらの目的は侵入者の俺ではなく、この手を繋いでいる彼女ということになる。
その推測の答え合わせをするように、沈鬱な表情の藤倉さんが口を開いた。
「あの人達、たぶん私を狙っていたんだと思う」
「藤倉さんを?」
「私が『聖女』だから……」
「そう言えばあいつら全員、貴族の儀礼用衣装だったな。あのホールから追ってきたのか」
「三人とも、鹿島くんと会うまで何度も私に話しかけてきていたんだけど、聖女の夫になれば貴族に取り立てられるのも夢じゃないとか言っていて、ちょっと怖かった」
「あの王子のキレっぷりと、理由の根っこは同じみたいだな」
……聖女、聖女ね。
また妙な称号を持ち出してきたもんだ。
十中八九、いや、万に一つも可能性はないとは思うが、ホールでのクラスメイト――元クラスメイト達の態度が引っかかる。
突き放すとも寄り添うとも、どちらとも言えない微妙な距離感。
第二王子の圧力を言い訳にしつつも、ちょっとしたきっかけで見捨てそうな、同情と恐怖の入り混じった眼を藤倉さんに向けていた。
もし、もしも――いや、考えるのは後にするとして。
「あの、鹿島くん?」
「藤倉さん、実はここまで、できるだけ安全なルートを選んで逃げてきたんだけど」
「あ、安全って、さっきの三人は……?」
「あれは、明確に藤倉さんを狙ってきていたから、逃げ切るのは難しかった。地の利は向こうにある上にけっこう強かったし」
「それにしては、簡単に勝っていたように見えたけど」
「それは……」
「それは?」
「紙一重の勝利ってやつだよ。ほら、全部ギリギリで避けていただろう?」
「それはまあ、そうなのかな」
紙一重の戦いだったことに嘘はない。
俺に向けて剣を構えられている以上、その切っ先が急所に届けば致命傷は免れない。
それが分かっているから、こっちも相手に遅れまいと反撃する。
互いに死力を尽くした末に勝敗を分ける要素は……、また本筋から逸れてしまった。
「それにしても、まさか王国の騎士だけじゃなく軍以外の人間が藤倉さんを狙ってくるとは思ってなかった」
「私は、何度も断ったんだけど、なんだかこっちの話をまるで聞いていないみたいで……」
「クラスの連中は、助けてくれなかったのか?」
「貴族とはできるかぎり揉めないでくれって王宮の偉い人、たしか宰相さんが言っていたから」
「そういう理由があったとしても、みんなちょっと薄情すぎるだろう」
これが転校先の空気に馴染めなかった俺なら話は分かるんだが、藤倉さんはクラスの中でそれなりに上手くやっていた。
友達と言えるのは四、五人ほどだったはずだが、その内の一人が上位カーストの女子で、特に仲良くしていた覚えがある。
「それが、この世界に来て少し経った頃に、香織ちゃんとケンカしちゃって……」
「ああ、うん、カオリ、カオリね。あいつは勉強できないから藤倉さんに頼るくせに、生意気なことばっか言ってクラス中から嫌われてたもんな」
「え、香織ちゃんはこの間の学年末考査で学年三位だったんだけど……。鹿島くん、誰のことを言っているの?」
……いかん、失敗した。
これなら、俺にとっては九百年前の出来事だからほとんど忘れてしまったと、素直に白状しとくんだった。
もちろん、藤倉さんに関しては昨日のことのように思い出せるし、その周りにいたクラスメイトも朧気だが憶えている。
というか、今思い出した。
水崎香織。
いわゆるクラスカーストの一軍で、水崎が一声かければ大半の男共が下僕のように従うお姫様。
成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群の、三拍子そろった完璧超人。
ただし、そこに人柄という項目は含まれない。
良く言えば好みがはっきりしている性格、悪く言えば気に食わない人間は徹底的に嫌う。
ついでに似た者同士というか、よく小野と一緒にいた記憶がある。
その水崎の喧嘩相手に対する仕打ちがホールでのアレだとすれば、藤倉さんは孤立無援と言わざるを得ない。
何が何でも王宮から連れ出さないとな。
「藤倉さん、ちょっと予定を変更させてほしい」
「変更って、王宮から脱出するんじゃないの?」
「その基本方針は変わらないけど、脱出のルートを変える」
当初はできるだけ人目につかない形にするつもりだったが、藤倉さんの追手が苛烈になりそうなこの状況なら、いっそ派手にぶちかまして大きな混乱を作った方が逃げやすい。
「堂々と正門から出よう」
ちなみにこれは、九百年の人生から来る経験則だ。
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その日に起こった出来事を、当時王宮正門の門番を務めていたエリックはこう証言している。
「他の貴族領のことはよく知らんが、王宮の門番と言えば衛兵隊の花形の役目でな、実力だけなら騎士様にも劣らない、精鋭中の精鋭が任されることになってる。
言っとくが、自画自賛じゃないからな。ウソだと思うなら軍の連中にでも聞いてみろよ。
でだ、あの日の俺は相棒と一緒に正門の内側を警備していたんだが、夕方に息を切らせた伝令が走って来てな、宴が開かれてるホールに侵入者が現れて、この間召喚された流人の一人を誘拐して逃げたんだと。
とりあえず侵入者が捕まるまで誰も通すなと言い残して、伝令は引き返していったんだが、俺と相棒は首をすくめたね。
いや、侵入者が出たって話は十分驚いたさ。だが、急いで報告する必要もないだろ。しかも、よりにもよって正門の門番に。
考えてもみろよ、王宮の正門をどうこうするってことは、我らがオルネシア王国の国王様に弓を引くってことに他ならねえ。
侵入者が何人いるか知らねえが、途中で騎士か衛兵にとっ捕まるか、どっかの裏口からコソコソ逃げ出すのが関の山だ。
まかり間違っても正門を押し通ろうとするわけがねえ、ってな。
そう思いながらも、決まり通りに待機中の同僚に声をかけて、正門を閉じて閂をかけたところで、男と女の二人組がこっちに歩いてくるのが見えた。
ていうか、男の方は見覚えがあった。さっきの黒髪マントだ。
あの時は、どっかからの口利きとかでなにも聞かずに通すように命令があったから気にしなかったが、よく考えたら王宮に来るような服装じゃない。
上司からの命令じゃなかったら、間違いなく連行して尋問するレベルの不審者だ。
そう言えばあいつと話した後のことがよく思い出せないな、と、衛兵隊の制式槍を構えながら近づこうとして、
『斬鉄の太刀参の型、兜割り』
って声が聞こえたと思ったら、そこからまた記憶が飛んだ、らしい。
起き上がった俺の目に飛び込んできたのは引きつった相棒の顔と、見事に砕けちまったオルネシア王宮の正門だったわけだ。
いやいや、見た目こそ真っ白に塗られちゃいるが、腐っても王宮の守りの要だぜ。
内部には何十本も鉄骨が入ってるし、炎魔法が千発当たろうが耐えられるだけの魔法防御も施してある。
どう逆立ちしたって砕けちまうような代物じゃないんだよ。
だが、俺は見ちまった。そして思い出しちまった。
気を失う寸前に、黒髪マントが翻った隙間から何かが飛び出して、俺と相棒のちょうど中間をすり抜けた後ろでデカい音を響かせたんだ、ってな。
その後、黒髪マントと連れの女はどうしたって?
知らねえよ。知りたくもねえから、相棒と示し合わせてそのまま気絶してたことにしたよ。
おかげで、二人仲良くこんな田舎の駐屯兵に左遷されちまったわけだが、あの時見たまんまを近衛騎士団に報告してたら、こうして安酒かっ食らって夢の話を喋れるご身分でいられるわけがなかっただろうな。
そうだよ、夢の話さ。
あの後、正門破壊っていう大事件がお偉方の保身のために隠蔽されて、そのおかげでなんとか口封じされずに済んだ元王宮の門番の、酒の肴の戯言さ。




