5 駆け落ち
再びの、王都オルネスの王宮。その一角で行われている祝宴。
回想ついでに、これまでの経緯をできるだけ簡潔に説明したんだが、俺の片思いの相手、藤倉さんの反応は、
「ぽかーーーーーーーーーん」
だった。
というより、自分で言ってしまっていた。
いるんだ、自分で言う人。
「ちょ、ちょっと待って。鹿島くんが九百歳って話も飲み込めていないけど、ずっと剣道の練習をしていたの!? 本当に!?」
「だからそう言っているんだよ。ちなみに、剣道の練習じゃなくて剣術の鍛錬。似ているようで、結構違うから」
「だからそういうことじゃなくって、ああもう!」
「あと、ここまで旅して来るのに一年かかった。危うく間に合わないところだった」
「一年!?」
「住んでいたところが山奥の山奥のそのまた山奥の、秘境みたいなところでさ。そこでずっと木刀を振っていた」
「秘境って……、鹿島くん、本当にどんなところにいたの? しかも、エルフになっちゃって」
「その辺のことは話せば長くなるんだけど――」
「きゃっ!」
「後にしよう」
そう言いながら、藤倉さんの手を取って引っ張り、俺の背中に庇う。
そこに生まれた空間を埋めるように伸ばされた手が、空を切った。
マント付きの豪奢な衣装を着た、取り巻きを何人も連れた二十くらいの男がフードを被ったままの俺を、虫でも見るような目で睨みつけてきていた。
「貴様、正装もせずに宴に加わるとは、無礼にも程があるぞ」
「それは悪かった。なにしろ急いでいたから、そこまで気が回らなかったんだ」
「貴様も高貴なる血筋の端くれならば、万難を排してでも場に相応しい装いをするのが義務であろう。いったいどこの貴族家の者だ?」
「俺はそんな御大層なものじゃない。この国の外から来た、ただの剣士だよ」
「貴様、曲者か!? 誰か!! この曲者を捕らえ、余のエリナを取り戻せ!!」
さすがは王宮。
その一言で、ホールの脇に控えていた警備の騎士達が一斉に動き出し、俺と藤倉さんを取り囲んでしまった。
「で、殿下、さすがにこの祝宴で騒ぎを起こすのは……」
「父上に知られる前に済ませてしまえば問題ない! なあに、これだけの数の騎士相手だ、すぐに終わる」
「ちょっとあれ、愛里奈じゃない。なにが起きてんの!?」
「隣にいるあいつ、誰だ? なんか、どっかで見た気が……」
包囲する騎士達の隙間からちらちら見える、祝宴の参加者たち。
その中に、見覚えのある同じ服装の集団を見つけて首をかしげていると、くいくいと後ろからマントを引かれた。
「鹿島くん、もしかしてクラスのみんなのこと、忘れちゃったの?」
「ああ、なにかと思ったら、高校のブレザーか。道理で見た気がするわけだ」
「見た気がするって、あ、九百年ってまさか本当に……?」
「それよりも手短に教えてほしいんだけど、あの騎士達の狙いって藤倉さんだったりする?」
「う、うん、たぶん。ラングレン第二王子殿下が私に興味があるみたいで、『ああ、私の聖女』とか『第四夫人の席を用意しよう』って、何度も言い寄ってきていて……」
「よしわかった、殺そう」
「え!?」
「冗談だよ。もう一つ聞くけど、あそこに固まっているクラスメイトが助け舟を出してくれる可能性は?」
「ない、と思う。今の私達ってこの国に保護されている立場だから、実花や仁奈だって王子様に口答えしてまで私を庇ってはくれない。さっきだって、私が言い寄られている間、ずっと目を逸らしていたし……」
「なるほど、なんとなく状況が読めてきた」
俺達を包囲する騎士達に、助けようともしないクラスメイト。
この状況の原因がオルネシア王国の第二王子なら、藤倉さんは孤立しているとみて間違いない。
しかも、あのラングレンとかいう王子の視線に、下卑た感情が乗っている気がする。
ここで大人しく藤倉さんを引き渡したとしてどうなるのか、はっきり言って想像もしたくない。
ふざけるな、こっちは九百年も待ったんだ、ぽっと出の男に抜け駆けされてたまるか。
「最終確認だけど、藤倉さん、あの王子の第四夫人になる気はこれっぽっちもないよね?」
「私にだって選ぶ権利はある。たとえこの国の王子様でも、名前と顔しか知らない人と結婚する気になんてなれない」
「わかった。じゃあまずは、ここから脱出しよう」
震えながらも勇気を出して答えてくれた藤倉さんに頷いて、一歩踏み出す。
「なにをしている、曲者を斬り捨てろ!」
「し、しかし殿下、王宮で剣を抜くには陛下の許可が……」
「父上が来るまでに事が収まらなかったら、どうなるか分かっているだろうな? いいからさっさと殺せ!!」
俺が脱出の二文字を口走ったこと、そして第二王子の脅しとも取れる命令に、騎士達が一斉に腰の剣を抜いた。
騎士を名乗るのならそう来なくちゃな。武器も手にしていない相手じゃ、こっちの気も引ける。
「藤倉さん、俺がいいと言うまでの間、そこにしゃがんでいてほしい」
「う、うん」
俺の言葉に戦いを予感した藤倉さんは、そのまま座り込む。
相変わらず素直な性格の藤倉さんに頷いてから、すでにマントの下で手にかけていた腰の得物をゆっくりと引き抜いた。
~~~
警備の任に就いていながら不審者の侵入を容易く許すという失態に、近衛騎士団第八席カルストは我が目を疑った。
姿は見えていたし、王宮に似つかわしくない格好にも違和感を抱いていた。
だが、そのあまりに自然な歩みに、警戒心を呼び起こせなかった。
(馬鹿な、この俺が見逃しただと……!?)
カルストは先祖代々の騎士の家系に生まれ、自らも幼少期から武芸百般を叩きこまれた。
中でも剣は同世代で敵なしと称され、騎士見習いとして王宮に上がる頃には師範を凌ぐほどの進歩を見せた。
さらに昨年は国王主催の御前試合で四強に残る快挙を成し遂げ、異例の若さで小隊長に昇格して今に至る。
「第二中隊、包囲陣形! エリナ嬢には傷一つ付けるなよ!」
そう叫んだ中隊長の目配せに、カルストは軽く頷いて応じる。
近衛騎士団では実力一位の騎士が斬り込み役を務めるのが伝統であり、現在の第二中隊ではカルストがその任に当たっている。
今回は不審者と言えどたった一人。第二中隊随一の腕前ならばあっさりと事態を収めて見せるだろうという中隊長の信頼であり、カルストもその自信があった。
ただひとつ、不審者が醸し出す妙な気配への違和感を除いては。
「おい貴様、ゆっくりと床に武器を置き、両手を頭の後ろに組め」
大勢の貴族が見守る中で派手な捕物劇を見せた方が騎士としての名が売れるのだろうが、カルストは己の直感に従ってセオリー通りの手順を踏んだ後に、包囲陣形から一歩を踏み出した。
彼我の間合いを測りながら、いつでも剣を振れるように軽く握り、三歩目を踏むか踏まないうちに、
――身体のバランスを失って盛大に転んだ。
「なっ、ば、ばかな……!?」
一瞬何が起こったのかわからずに起き上がろうとしたところで、手に持ち続けていた柄から先、近衛騎士に王国から支給される制式剣が、根元から折れていた。
(いや、折れたのではない、奴に斬られる瞬間を確かに俺は見た……!!)
カルストが三歩目を踏もうと右足を滑らせている最中、不審者のマントがそよりと揺れ、わずかな隙間から光が伸び、カルストが握る柄と鞘の隙間に蛇のように絡みついたかと思うと、小さな金属音を響かせた後に再びマントの中へと戻っていく一部始終を、カルストはその脳裏に刻んでいた。
だが、カルストは反応できなかった。反応できずに、張り詰めた糸のように完成された姿勢を崩されたせいで、注目が集まる中で無様にも転んでしまった。
その理由は――
(まさか、そんなことはあり得ない。この俺が、栄えある近衛騎士団第八席が……)
あまりに美しい技を前に見惚れ、動くことを忘れてしまったなどと。
その後の、共に研鑽を積んできた同僚たちが曲者の手玉に取られる様を、カルストは傍観する以外に手を持たなかった。
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「それじゃ行こうか、藤倉さん」
「え、えええ、え……?」
都合四振り。
俺達を包囲する騎士達の一角を切り崩して振り返ると、藤倉さんがこの世のものではない何かを見たような目をしていた。
「か、鹿島くん、今のって……」
「悪いけど説明は後で。今のうちに逃げるよ」
「な、何をしている、近衛騎士に、王国に歯向かう大罪人を殺せ!!」
どうやらまだ状況を飲み込めていないらしい藤倉さんの右手を改めて掴むと、馬鹿王子の馬鹿声が呆然とする他の近衛騎士達を再起動させる前にすり抜けて、入ってきたドアから脱出した。




