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余命100年の転生エルフはもう一度好きと伝えたい  作者: 佐藤アスタ


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3/26

3 来なかった明日

「それで、翌日はどうしたのかえ?」

「どうしたもこうもない。いつもの癖で早めに登校したものの、藤倉さんと顔を合わせづらくてまた屋上に避難している内に、なんかすごい光に包まれて何も見えなくなって気がついたら――後のことはお前の方がよく知っているだろう」

「そうさなあ。山の中腹で往生しているお主を(わらわ)偶々(たまたま)見つけなければ、一帯に巣食う魔物の餌になっていたであろうな」

「そこは本当に感謝してるいよ、えっと……」

「タマモ、じゃ。さん付けも様付けもいらぬ。妾に畏敬(いけい)の念を示すのならば、ただそう呼ぶがよい」


 長い冬も終わりに差し掛かる、凍てつく寒さが和らぎ始めた春の陽気。

 どこまでも青い空に、(つがい)の鳥が寄り添うように飛んでいる。

 ――まあ、それ以外は似ても似つかないんだが。


 桜っぽい木がすぐそこに生えて見事な花を咲かせているが、昼間でもわかるほどの微かな光を放っている。

 番というか、どうも頭が二個も付いているらしい一羽の鳥が、なぜか火の粉をまき散らしながら飛んでいる。

 ここに来るまでの木々や植物も知らないものばかりで、肉食としか思えない獣の遠吠えが何度も聞こえた。

 それに何より、


「これ、話を聞いておるのか、小童(こわっぱ)


 雪と氷に閉ざされた急峻(きゅうしゅん)な山々、その合間に存在する場違いなほどに開けた一帯。

 空気の清浄さから想像するに相当な標高のはずだが、そんな中にしっかりとした木造建築があり、周囲は開拓されて地形に合わせた田んぼや畑がモザイクアートのように広がっている。

 例えるなら、近頃人気の『ぽつんとした一軒家』といったところか。


 そして、屋敷と呼べるほどのデカい茅葺き屋根の木造建築の縁側に座るのは、二十歳前にも四十過ぎにも見える、傾国という表現がぴったりの妖艶な和服美人。

 ただし、西洋人もかくやと言わんばかりの見事な金髪をはじめとして、その出で立ちは違和感だらけ。

 加賀友禅にも似た豪奢な和装の着崩し方といい、出るとこ出まくってる体型といい、どこもかしこも人間離れしている。

 極め付けは、純白の狐耳とお尻の辺りから扇状に広がっている計九本の尻尾。


 これが幻覚じゃないとしたら、こいつは獣人――異世界人ってやつなのかもしれない。

 ていうか、この人ならざる気配、絶対にそうだ。


「余所見をするでない、無礼者め。元居た場所に戻されたいのかえ」

「いたっ!?」


 いつ叩かれたのか、何で叩かれたのかわからない内に、頭の天辺に走った衝撃。

 手が届くような距離じゃない。だが、気配どころか動きの起こりも感じなかった。

 強い、なんてものじゃない。見た目と同じ、妖怪じみた力をあの体に秘めていることになる。


「よりにもよって化生呼ばわりするでないわ、(たわ)け」

「あだっ!? な、なんで……?」

「妾ほどになれば、言葉など聞かずとも考えを読む程度、気配の変化のみで十分じゃ。この金毛白麗公主を誰じゃと思うておる」


 ふふんと得意げなタマモの動きにあわせて、豊かすぎる胸がたゆんと揺れる。

 あられにもはだけた着物から見えている深い谷間に注目――じゃなくて。

 華奢(きゃしゃ)な肩に細い腕、裾から覗く足は白く、とても武芸を修めているようには見えない。


「さすが、人間とは違うな」

「何を言うておる、小童も人外の者ではないか」

「いやいや、冗談ならもっと上手く言ってくれよ」

「妾は言葉遊びを好かぬ。小童の分際で意見するなど無礼千万じゃが、論より証拠じゃ、そこに姿見があるゆえ確かめてみるとよい」


 言葉ほど機嫌が悪くなさそうなタマモに促されるままに、革靴(こんなの履いてたか?)を脱いで家の中に入り、板床の部屋の奥にある大きな鏡を覗き込むと、


「……なんだ、これ?」


 普通の目、普通の口、普通のあご、普通の髪型。

 紛れもない俺の顔に、人間のそれとは決定的に異なる長く尖った耳がついて、この上ない違和感を醸し出していた。


「なるほどのう、その珍妙な顔つきで読めたわ」

「な、なにがだよ」

「おそらくじゃが、小童はエルフに転生したのじゃろ。この世界では流人(ながれびと)と呼ばれておる、異邦の存在じゃ」

「転生? 赤ん坊から人生をやり直した覚えはないぞ」

「転生と言うても様々じゃ。死後に魂が冥府に向かわず別の肉体に宿ることもあれば、異なる世界に召喚される際に肉体が作り変えられる場合もある。小童は後者じゃな」

「いや、でもこれ……」


 エルフといえば眉目秀麗容姿端麗の代名詞。

 美の化身として語られることが多く、老若男女の憧れの存在といっても過言じゃない。

 それに対して鏡の前に立っているのは、顔は良くも悪くもなく(贔屓目に言っても)中肉中背の、長い耳だけが特徴の男。

 こんなのがエルフなんて、誰も信じてくれないだろう。

 というより、俺が信じない。


「ふん、その魔力を見て別の種族と見紛うことなど、金輪際ありはせん」

「魔力? なんのことかわからないが、ゲームの設定か?」

「今の小童に見えはせん。……ふむ、存外に色が濃いのう。もしやするとハイエルフやもしれぬのう」

「さっきから話が見えないんだが」

「細かいことは抜きにして、真っ先に伝えておきべき事柄がある。よいか、落ち着いて聞くがよい」

「な、なんだ……?」


 一帯を回ってきたのか、桃源郷ともいえる風景の中に比翼の連理が再び視界に入ってきたところで、タマモは言った。


「ハイエルフの異名は千年エルフ。未だ人族と嘯く小童の寿命は、千年に延びたわけじゃ」



 ~~~



 その後、改めてタマモの家に招かれた俺は、妖艶な狐美人の前に座り、占いを受けさせられた。

 占星術、風水、姓名判断、九星気学、etc.etc.。

 全時空共通なのか聞き覚えのある占いから異世界人の俺に適用されるのか怪しい代物まであり、何が分かったんだと疑う気持ちもあったりなかったり。

 とにかく、そんな占いの数々が食事休憩睡眠を挟みつつ、なんと三日三晩も続いた。


 ……いや、寿命が本当に千年に延びたのなら、実質72時間の10分の1、7時間12分か?


「どうやら小童は、同胞(はらから)と共に召喚されたようじゃの。おお、ようやく茶の淹れ方を覚えたか」


 場所を三日前と同じ縁側に移して、今度は並んで座らされて、淹れさせられたお茶が入った湯呑を持って(なぜか懐かしい香りだ)。

 ようやく占いから開放されたばかりの俺に、お茶をすするついでとしか思えないほどの軽さで、タマモから爆弾発言が飛び出した。


「同胞って、つまり、クラスメイトのことか!?」

「くらすめいととやらのことは知らぬが、一つの学び舎で机を並べておった同胞と運命(さだめ)を同じくしておる。強力な儀式によってこの世界の因果へと共に引き込まれたのは間違いあるまい」

「っていうことは藤倉さんもこっちに……、いだっ!?」

「落ち着け。()く必要はどこにもありんせん」


 思わず湯呑を置いて立ち上がりそうになったが、タマモが放った不可視の打撃に止められる。


「いやだって、藤倉さんもこの世界に飛ばされてきたんだろう。だったらすぐに捜しに行かないと」

「じゃから落ち着け。この世界には小童一人しかおらぬ。今はな」

「今? まるで俺だけが先に来たみたいに言ってるぞ」

「正確には小童一人が、召喚の流れから弾かれたのじゃ。九百年ほどな」

「きゅ、九百年!?」


 九百年って言うと、日本で例えれば鎌倉時代?

 戦国時代や関ヶ原の戦い、明治維新に大戦を経験してもまだ足りないぞ。

 ……だめだ、スケールがデカすぎて話についていけない。


「これは推測じゃが、小童は召喚の際に、他の者達とは別の場所にいたのではないか?」

「そういえば屋上にいたな」

「おそらく小童が巻き込まれた召喚は、場所ではなく集団という因果のつながりを座標にしたものじゃったのじゃろう。同胞から離れたのか、それとも爪弾きにされたのか、まあそれはどちらでもよいか」

「うぐっ」


 その言葉、昨日の出来事を思い出すぜ。傷口を的確に抉ってくるじゃねえか。

 ……待てよ、九百年くらいの時間のずれが生まれたってタマモは言ったよな。

 つまり――


「クラスの奴らは、九百年後にこの世界にやってくるってことなのか?」

「然り。詳しい座標は妾の占術を以てしてもまだ分からぬが、誤差が前後十年を超えることはあるまい」

「壮大すぎて、十年があっという間に聞こえてくるな……」

「それで、小童はどうする心算じゃ?」

「どうするって?」

「むろん、ハイエルフとしての九百年の生に決まっておろうが」


 半分は呆れたような、半分はわずかな興味を覗かせながら、俺の目を見るタマモ。


「人里に紛れて世界を知るもよし、同族のハイエルフを探すもよし、小童の世界にはなかったであろう魔法を追い求めるもよし、この地に留まって無為に生涯を終えるもよし。好きにせい」

「ここにいてもいいのか?」


 この三日間で何となく察したが、タマモは一人暮らしのようだし、男の俺がいると迷惑だと思っていた。

 近いうちに追い出されるくらいのことは覚悟していたが、なぜかタマモが不機嫌になり始めた。


「そんなに妾は薄情に見えたのかや? そこまで狭量ではないわ!! 小童が望むのであらば、好きなだけ居るがよい。……そもそも、小童を気に入らねばわざわざ拾ったりはせぬわ」

「え? 最後の方が聞き取れなかったんだが、何か言ったか?」

「なんでもないわ!!」


 そう言い捨ててそっぽを向いてしまったタマモはさておき。


 唐突に九百年という時間を与えられて、呆然として絶望して歓喜して希望を見出して。

 ――と言いたいところだが、俺の心はざわつかなかった。

 藤倉さんのことを、九百年後のことを今から考えても仕方がない

 そこはひとまず置いておくとして、やってみたいことを思い出したからだ。

 絶対に無理だと諦めて、心の奥底に封印して、それでもなおくすぶり続けていた夢。


「剣を極めてみたい」


 すねた目でチラチラ見てくるタマモに、俺はぽつりと答えた。

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