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「――この時、剣聖カシマが洩らした女性の名を、初代ロムフェール公爵が後に生まれた長女に付けたことが一族の慣例となり、私の名の由来となったのです。これが、剣聖伝オルネシア記、第三章二部の記述になります。カシマ様のご記憶との相違点はございますか?」
「ございますわけないだろう、そんな細かいところまで覚えていないんだから。ていうか、なんで俺よりはるかに詳しく――いや、いい。大方の見当はつく。ゲオルグめ、碌でもないことまで書き残しやがって」
遺跡までの護衛で傷を負った辺境騎士達をいとも簡単に癒した藤倉さん。
本人は大丈夫だと主張している中で大事を取って小休止を入れている間の会話だったが、よりにもよって藤倉さんの前で五百年前の恥を暴露されて精神に深刻なダメージを受けた俺とは正反対に、右手に羽ペン、左手に手帳を持ったエリアの表情は、興奮と感動に満ち溢れていた。
「初代ゲオルグ公の手記は雑多な走り書きに至るまで、ロムフェール一族によって研究されてきましたが、まさかカシマ様ご本人から証言をいただけるとは……!?」
「よしエリア、そのメモ書きは俺自ら監修してやる。後で貸せ」
「残念ながら、剣聖カシマにロムフェール家の記録の類を見せること決して能わず、との初代の遺言が残っております。いくらカシマ様の御命令でも、これだけは受けかねます」
「鹿島くん、一体ゲオルグさんに何をしたの……?」
これがエリアと二人きりの状況なら強硬手段も辞さないが、疑いの目でこっちを見てくる藤倉さんの前でその手段は取れない。
心なしか、エリアが勝ち誇ったような顔になっている気がしている。
……次の稽古は厳しくものになりそうだな。
「それで、ゲオルグさんとカイゼルさん……」
「フジクラ殿はオルネシアの民というわけではございません。どのような呼び方をされようと、私は気にしませんよ」
近衛騎士としては寛容なエリアにちょっと驚いた顔をした藤倉さんは、少し遠慮がちになりながらも話を続けた。
「お二人と鹿島くんは、友達だったってことでいいんだよね?」
「特に関係を確認し合ったことはなかったよ。戦友、腐れ縁、共犯者、色々な呼ばれ方をしているのは間違いないけどね」
「共犯者って……」
「圧政を敷いていたゴルゴラを倒したことを歓迎する国ばかりじゃないからね。地位や身分が高かった奴ほど、魔法帝国の魔導技術や軍事力の恩恵を受けていたから、オルネシア建国から十年ほどはずいぶんと闇討ちされた。まあ、全て撃退して黒幕ごと潰したけどね」
「その『第三次闇の剣事変』に関して、初代ロムフェール公爵がカシマ様を支援し、王都屋敷の書庫に記録を残しております。カシマ様の許可があればお教えすることもやぶさかではないのですが……」
「やめろ。藤倉さんに聞かせるような愉快な話じゃない」
「こ、言葉が過ぎました……」
「鹿島くん、それって」
エリアへの厳しい態度に違和感を覚えたんだろう、藤倉さんが話の続きを促してくるが応じるつもりはない。
「藤倉さん、世の中には知らない方が幸せってことが確かにあるんだよ」
「でも、私も今はこの世界の住人なんだから、事前に知っていれば危険を避けることができると思うの」
「違うんだ、そういう類の話じゃないんだ。知れば対策できるなんて思っちゃいけない、知る方がリスクがある。例えば、俺の愛刀がその一つだ」
「……そういえば、その刀で遠く離れた王宮の尖塔を斬ったってエリアから聞いたけど、そんなにすごい力があるの?」
「まあ、力があると言えばあるんだけど、……こういうのは客観的な意見の方が分かりやすいか。エリア、これを見て率直な感想を頼む」
俺の言葉に誘導されるように視線を移した藤倉さん。
そのエリアがいつもの調子がどこへやら、しなやかな体は彫像のように固まり、額から汗が流れ始めた。
「エ、エリア、顔色がすごく悪いけど大丈夫……?」
「い、いえ、その、私ごときが口にするのは憚られると言いますか、その御名を思い浮かべるだけで不敬でありまして……」
「一言でいうと、契約書なんだよ、こいつは」
マントを少し開き、外気に晒した得物の柄頭をポンと、叩いて見せる。
それだけでエリアがぶるりと震え、藤倉さんはわけが分からないとばかりに小首を傾げる。
うん、今日も可愛い。
「この世界に転生して以来、右も左も分からなかった俺を拾ってくれた奴の住処を間借りさせてもらっているんだ。この同居人が心配性な性格で、俺が時々山を下りる時に色々と気を回ました結果、この刀を貸してくれたんだ。まあ、絶対に生きて帰って、こいつを返せって意味だと思う」
「つまり、そのすごい刀は同居人さんの持ち物だってこと? どんな仕事をしている人なの?」
「仕事、仕事ね。……強いて言えば、完全自給自足の農家かな」
「カシマ様!? それはあまりにも……!!」
「いや、本人が言ってたからな」
その時、少し考えこむ仕草を見せた藤倉さんが、
「その同居人さん、女の人なの?」
「えっ!? い、いや、そうだけど、なんで分かったの?」
「ただの勘だよ」
「あ、はい、わかりました……」
「それで、その人って美人なの?」
そこから始まった俺への尋問が長引き、藤倉さんが落ち着きを取り戻した頃には日の出より日没の方がはるかに近い時間帯になってしまっていた。
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「ご、ごめんなさい。つい我を忘れちゃって……」
藤倉愛里奈の感情の高ぶりをなんと名付けるかどうかはともかくとして、すでに遺跡の攻略を始めるには時間的余裕を失っていた。
もちろん、その事実をカシマが気づかなかったわけはないのだが、あくまでも愛里奈のメンタルを優先した結果なので特に不都合を感じていなかった。
そもそも、目的は遺跡の攻略ではないのだ。
気まぐれから生じた思い付きは、気まぐれでやめてしまってもいい。
「ちょっと離れていてもらっていいかな」
カシマの突然の言葉に愛里奈が何か言おうとしたところを、エリアが引き留めて後ろに下がらせた。
愛里奈にエリア、未だ残っていた辺境騎士や衛兵達も見守る中で、遺跡に体を向けたカシマが右手で佩刀の柄頭を撫でていたかと思うと、
――――――――――――シャッ、チン。
かすかな鞘走り、そしてカシマの腰から生じた一瞬の光がどこまでも伸びたかに見えた時には、豊穣を思わせる黄金の刀身は再び鞘に戻っていた。
「終わったぞ」
「お疲れ様です。それで、首尾はどうでしたか?」
「封印は破らずに中身だけ斬った。まあ、最低でもあと百年は出てこれないんじゃないか。ああ、封印は掛け直しておけよ。遺跡の中に魔物が入り込んだのも、解けかかった封印から瘴気が漏れだしたからだろうからな」
「父に手紙を書き、ロムフェール公爵家の責任において再封印を施します」
「今日は疲れた。出発は明日の朝にしてくれ」
そう言い残したカシマは、愛里奈の方へと歩いて行った。
その入れ替わりにエリアに近づいたのは辺境騎士だった。
「エリア様、今のは一体何だったのですか?」
「聞いた通りだ。貴様、私と同様に運がいいな。剣聖カシマの『破魔の太刀』を目にする栄誉に預かれたのだからな」
「破魔の太刀、ですか。聞き慣れぬ技ですが……」
「知らぬのなら後で自分で調べろ。オルネシアの騎士としての矜持が残っているのならな」
翌日、近衛騎士とその一行を送り出した辺境騎士は言いつけ通りに剣聖に関して調べ上げ、自分が何を目にしたのか知ることになる。
五百年前、ゴルゴラ魔法帝国との最終決戦にて偶発的に召喚された魔神を斬ったという剣聖の神技と、先日の抜刀術の名前が一位していた事実を。
そして、その裏で行われていた恋のドタバタ劇には、生涯気づくことはなかった。




