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第三号秘跡保管庫。
ゴルゴーラ魔法帝国時代に設立されたこの施設は、表向きは太古の時代から伝わるが詳細や効果が分からないオーパーツを集積、保全する機能を持っていたが、前述の通り非人道的な魔法実験という真の目的があったとされる。
といっても今は昔、悪政を敷くゴルゴーラを打倒したオルネシア王国が草創期に一斉摘発を行い、危険性が高い魔道具の数々はその際に処分されたと聞く。
残ったのは、緊急性が低かったり長期的に観察しないと用途が判然としない代物ばかりで、一応は賊対策として辺境騎士と衛兵を置き、とりあえずの処理完了とした。
ところが一つだけ、長い年月をかけて徐々に魔力が満ちていった魔道具が存在し、警備と管理を任された歴代の辺境騎士もあまりに緩やかな変化にこんなものかと報告を上げず、また王都の魔導士も施設の存在を歴史の彼方に葬り去り、今日という日を迎えてしまったことになる。
「さて、どうしたものか」
翌朝のログハウス風詰め所。
「道中はお任せを!!」と、まるで神に誓うかのような熱心さで護衛役を買って出てきた辺境騎士に委ねる形で森の奥深くへとやってきた、俺たちというか藤倉さん一行。
辺境騎士としては先代の大失態を少しでも挽回したくて、衛兵を引き連れての護衛だったんだろうが、案の定順調な道行きとはいかなかった。
「も、申し訳ありませぬ。護衛役を買っておきながら、このような無様を晒すとは……」
五百年の歳月を経た遺跡の前まで辿り着いたものの、苦悶の表情を浮かべる辺境騎士を始めとした衛兵達が怪我を負ってしまっていた。
原因は言わずもがな、詰め所から遺跡までの魔物との戦闘なんだが、一つ引っかかることがあった。
「お前ら、魔物との戦いに慣れていないな? 正確には、戦えないことはないが負けないのが精一杯、ってところか」
「そ、それは……」
「実力不足を責めているんじゃない。魔族の脅威がほとんどないオルネシア王国で辺境騎士の役目なんて言えば、それこそ異変が起きた時に王都に知らせるくらいのものだろう。だが、自分の実力以上のことをやろうとして自滅してしまったら、騎士の役目も果たせないんじゃないか?」
「カシマ様の仰る通りだ。私達のために身命を賭してくれることには感謝するが、無駄死にはしてくれるな。卿を騎士に任じた陛下に申し訳が立たない」
「……はっ」
項垂れて、だが納得したように返事をした辺境騎士。
それを見届けてから、俺は藤倉さんに目顔で合図を送った。
「それでは、皆さんに癒しをかけさせてもらいますね」
「そんな、御客人に、ましてや高位の治癒術士の方にそのようなことをさせるわけにはいきません!?」
思ってもみない展開に慌てる辺境騎士に構わず、藤倉さんは背負っていた杖を構える。
本来ならこの辺りでエリアも騒ぎ出すんだが、事前の打ち合わせの通り、動くことはなかった。
話は昨夜に遡る。
「光の聖霊よ、癒しの力を与えたまえ。『ライトヒール』」
といっても、計画自体は大したことはない。
元クラスメイト達とその護衛の一団から離脱して監視の目がなくなったこのチャンスを生かして、藤倉さんに実戦を経験、習熟してもらおうと思いついただけだ。
それをエリアに話すと、
「あの、私はオルネシアの騎士でして、フジクラ殿の監視役でもあるのですが……」
「だが、父親のゲオルグに師事する剣士でもある。そして、ゲオルグは俺の弟子を名乗っている。言いたいことはわかるな?」
「ち、父からは、カシマ様のご意向を最優先に動けと命じられております」
「なに、オルネシア王国を裏切れと言っているんじゃない、藤倉さんの護衛役を引き受けてほしいだけだ」
「護衛役ですか? 失礼ながら、カシマ様がフジクラ殿の御側にいる以上、私の出番があるとは思えませんが」
「そりゃ、一日中付きっ切りで守れたらな。実際はそうもいかないだろう、風呂とか、寝る時とか」
「それは……」
「もちろんいざとなれば躊躇するつもりはないが、女の子の藤倉さんが異性に立ち入ってほしくない場面もあるだろう。そんな時こそお前の出番だ、エリア」
「わ、私にカシマ様の代理を務めろと仰るのですか!? 無理です!!」
「大丈夫だ、できる限り近くにいるように努力するつもりだから」
「日常生活や旅の最中ならばなんとかなるでしょうが、フジクラ殿は聖女としての責務もあります!! 滞在先の要人からの招きを断る難しさは、カシマ様もよくご存じのはずです!!」
「エリア、声が大きい」
「……失礼いたしました」
エリアにとっては唐突な話だったかもしれないが、これはその場の思い付きでも、ましてや俺一人の考えでもない。
「今代の聖女を保護する権利を手放したオルネシア王国だが、何らかの形で関係を継続しておきたい。そこで、俺への印象が比較的マシなロムフェール公爵家から藤倉さんの護衛兼世話役として、エリアに白羽の矢が立ったわけだ」
「私は何も聞いていないのですが……」
「いわゆる試用期間ってやつだよ。お前が藤倉さんの護衛役足り得るかどうか俺に判断が委ねられた、そういうことだ」
「父も承知のことならば従いたいところですが、私にそのような大役が務まるとは……」
「それも分かっている。だから、藤倉さんを護衛している間は稽古をつけてやっても――」
「このエリア=ロムフェール、聖女フジクラ殿をお守りする盾となり、いつなりともこの命捨てましょうぞ!!」
「……ああ、期待しているよ」
こういう反応になると分かっていたとはいえ若干引いてしまったが、期待しているという言葉に嘘はない。
大貴族のご令嬢でありながら近衛騎士団に籍を置いているせいか、エリアは意外と世渡りが上手い。
その証拠に、異世界転移してきたばかりの元クラスメイト達、九百年の間この世界で生きてきた俺、生まれも育ちも異世界な近衛騎士達、そのいずれとも立場が異なる藤倉さん。
旅の最中、四者の間に立って軋轢が生じないように立ち回るエリアの貢献は、正直言って計り知れないものがある。
「これで私もカシマ様の直弟子に、父が切歯して悔しがる姿が目に浮かびます……!!」
「おい、そこまでは言っていないぞ。あくまでお前の稽古を見るだけだ」
剣士が剣士を指導する。それ自体は何ら不思議なことはないし、師弟の契りを結んだ証と言えないこともない。
ただ、『剣聖の直弟子』の名は安くない。
俺が言っているんじゃない、世間が、歴史がそう評価しているという動かしがたい事実があるだけだ。
エリアの父親であるロムフェール公爵が、オルネシア王国におけるカシマ流剣術の継承者と呼ばれているのはその証左の一つだろう。
その一人にエリアを加わる資格がないとは言わない。
直弟子であるゲオルグの子孫であり、剣聖という存在に対して少々尊敬の念が強すぎることを差し引いても、その技量と人格は一定の水準に達している。
今はまだ未熟なことろがあるが、今後数十年の歳月をかけて正しく進歩していけば、俺の弟子を名乗ることを許してもいいだろう。
……せめてあと百歳若ければ、こんなに悩まないんだがな。
「お、終わりました」
「こ、これは……!?」
杖の先端から広がっていた柔らかな光が収まり、治癒術が完了したことを知らせる。
自信なさげな藤倉さんと、驚きを漏らす辺境騎士の声のした方に目を向けてみると、さっきまでほとんどが木に寄りかかったり地面に倒れていた衛兵達が、何事もなかったかのように立ち上がって困惑の表情を浮かべていた。
衛兵に支給される軽鎧の破損部分はそのままなだけに違和感は伝わってきていたが、問題の本質はそこじゃない。
「おいエリア、藤倉さんの詠唱が一回しかなかったみたいだが、俺の聞き間違いか?」
「いえ、フジクラ殿には常に注意を向けていましたので、これが幻覚魔法にかかっていないのだとすれば間違いではありません」
「つまり、藤倉さんは一度の詠唱であの人数、というかあの範囲に治癒術をかけてしまったということになるのか」
「おそらくはまだ治癒術と魔力の扱いに慣れていないがゆえ、フジクラ殿も加減ができなかったのでしょうが……」
「やっぱり、人目が少ない状況で試しておいて正解だったな」
「カシマ様の慧眼、恐れ入りました」
通常、治癒術にしても魔法にしても、その対象は一人または一つ。
複数や広範囲に効果を及ぼそうとすれば、魔力の操作と消費量は飛躍的に増大し、失敗または暴走の危険も高まる。
技能的にも安全上でも、単一対象への行使は治癒術の基礎中の基礎であるわけだが、藤倉さんはそんな異世界の常識をあっさりと飛び越えてしまった。
その力の根源は言わずもがな、聖女の加護だ。
「一度に多くの人々を救えば、その噂が広がる速度は普通の治癒術士の比じゃない。また、鍛錬を重ねれば不治の病も完治させることができる他、魔を滅する聖術や聖結界を使えるようになる。その極地が『聖女の大奇跡』」
「その、一つ聞いてもよろしいですか?」
「直弟子にするって話以外ならな」
「それは諦めておりませんが――その、カシマ様はよろしいのですか、フジクラ殿が聖女としての鍛錬を積むということは、聖女の大奇跡を欲する各国の思惑に乗ってしまうことになるのではありませんか?」
「だからといって、ろくに外も歩けないまま、ロムフェール公爵家の屋敷に半ば軟禁される生活を送らせるわけにもいかないだろう。藤倉さんにはある程度の自衛できるだけの力を身に着けてもらった方がいい。そのためには聖女の加護を生かすのが最も理に適っている」
「それはそうなのですが、いえ、私はカシマ様のご判断に従うのみです」
とは言うものの、どこか納得いかない様子のエリアだが、あえてこれ以上の説得をするつもりはない。
なにしろ俺自身、完全に迷いを振り切れたわけじゃない。
しばらくの間だけロムフェール公爵に預けて、藤倉さんを狙う国や組織を一人残らず滅ぼす方が分かりやすく解決できる、とも思ったが、いろいろと考えた末にやめた。
まあ、強いて理由を挙げるなら、……これをエリアに明かすのはやめておこう。
少なくとも未だ、恋愛相談をするほど仲良くなったつもりはない。
「鹿島くん、エリア、お待たせ」
聖女の癒しで回復した辺境騎士と衛兵達にひとしきり感謝された藤倉さんが戻ってくる。
そのセリフ、具体的にはエリアとの距離感に違和感を覚えた。
「藤倉さん、エリアと何かあった?」
「昨日の夜に、ちょっとね」
「寝物語として私の生い立ちなどをフジクラ殿に語らせていただいたのですが、思わぬ事実が判明して盛り上がったのです」
「思わぬ事実?」
「エリアの名前の由来、私なんだって」
「………………は?」




