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余命100年の転生エルフはもう一度好きと伝えたい  作者: 佐藤アスタ


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23/26

ss1

「悪い、ちょっと寄り道していくから先に行っておいてくれ。あと、藤倉さんも連れていく」


 王都オルネスを出発して三日目の昼。

 片方は平坦な草原。片方は深い森。

 分かれ道を指し示す道標を前にしてそう言った俺に、エリアが信じられないといった目つきになった。


「剣聖殿に無礼な物言いかもしれませんが、正気ですか?」

「本当に無礼だが、いつもそのくらいの態度できてくれた方が俺も肩肘張らなくて楽だぞ」

「こほん、取り乱しました。ですが、この世界へと招聘した勇者と聖女、その仲間の方々を修行の地にお連れすることが我ら近衛騎士団第四部隊の役目です」

「今日まで散々聞かされたからな、承知しているよ」

「ならばなぜ、何の相談もなく別行動を取るというのですか。納得できる理由をお聞かせいただけますか?」

「野暮用を思い出したんだよ。五百年前の忘れ物と言った方が、お前には分かりやすいか」

「それは、事情を御伺いしないわけにはいきませんね」


 オルネシア王国の人間にとって五百年前と言えば、建国とそれにまつわる戦いの歴史が思い浮かぶだろうが、一部の官僚や騎士にとってはもう一つの意味を持ってくる。

 それまで呆れた様子だったエリアが表情を引き締めたあたり、こいつも事情通の一人だったらしい。


「オルネシア王国建国のきっかけとなったのが、ゴルゴーラ魔法帝国の圧政だ。魔法を使えない民を種族を問わず奴隷に落とすだけなら、この世界じゃよくあることだ」

「よくあることなの……?」


 そう不安そうに訊いてくるのは、ここまで聞き役に徹していた藤倉さん。

 一応は関係を修復したはずの元クラスメイトと一緒にいないのはまだ気まずいから――ではなく、最後尾を歩く俺のそばの方が何かあった時に守りやすいからだ。


「俺の知る限り、日本みたいな民主主義の国家はこの世界に存在しない。投票で代表を決める共和制の国もないわけじゃないけど、それも一部の特権階級にしか選挙権は与えられていないんだ。むしろ、破産した平民を曲がりなりにも救済する奴隷制は広く受け入れられていると言っていい」

「その中でも特に奴隷の権利をないがしろにしていたとされるのが、ゴルゴーラ魔法帝国だったのです。オルネシアの建国王であらせられるカイゼル王が打倒ゴルゴーラを掲げて立ったのも、元を正せば奴隷を巡る争いであったとか。当時は辺境の領主だったとはいえ奴隷に救いの手を差し伸べた建国王の慈悲深さには、物語りを聞いた私の心を震わせたものです」


 今もその余韻に浸って恍惚な表情を浮かべているエリアには悪いが、事実は異なる。

 カイゼルとゴルゴーラの魔導士が揉める切っ掛けになったその奴隷だが、法的には魔導士の方に所有権があった。

 出るところに出れば確実に負ける状況でカイゼルが引かなかった理由は、その奴隷が鄙にも稀な美少女だったからだ。

 つまり、他人の奴隷に横恋慕したカイゼルが強引に奪おうとした結果、ゴルゴーラ魔法帝国との戦いに身を投じることになってしまったわけで、そこには慈悲も正義も存在しない。強いて言うなら劣情と性欲があっただけだ。

 筆頭従者だったゲオルグも、たまたま食客として滞在していた俺も英雄などではなく、その他の家臣や盟友をひっくるめてカイゼルの被害者に過ぎない。


 ちなみに、カイゼルのお気に入りとなったその美少女奴隷はというと、さすがに出自が出自なだけに王家に迎え入れられることはなかったが、カイゼルとの子が伯爵の位と領地を与えられ、今も傍系王族の末席としてその系譜を繋いでいる。


 まあ、知らないで済むならそれに越したことはない。

 歴史なんてちょっと斜に構えて眺めるくらいが丁度いい。

 先人の欺瞞を杓子定規に受け取るエリアには、少々酷な真実だろう。


「で、だ。カイゼルが反旗を翻した一番の動機が、ゴルゴーラの奴隷を使った人体実験だった」

「……人体実験って、そんなことが許されていいわけない」

「そう、いくらゴルゴーラが非魔導士を奴隷扱いするといっても、その命まで弄んでいいわけじゃない。だからこそカイゼルは十万の魔導士を抱えるゴルゴーラに立ち向かったし、俺もゲオルグも味方したんだ」

「それから数年の後、カシマ様による万夫不当のご助力もありゴルゴーラ魔法帝国は滅亡、反ゴルゴーラ同盟軍を率いたカイゼル王はオルネシア王国を建国したのですが、極めて重い負の遺産が残りました」

「それって、奴隷の人達を助けてあげなかったってこと?」


 遠い過去の悲劇に思いを寄せる藤倉さん。

 その優しさに多少でも報いるように役割を全うしたと、五百年前の自分を褒めながら首を振る。


「もちろん、不当な契約を結ばされていた奴隷は解放した。とはいっても、主人との信頼関係を築いていた奴隷も少なくなかったし、奴隷制そのものを廃止すると飢饉や天災が起きた時に農家は口減らしをするほかなくなってしまう」

「じゃあ、オルネシア王国には今も……」

「うん、奴隷はいる。王宮にも藤倉さん達の目に触れない範囲で、かなりの数の奴隷が働いていたよ」

「あの、王宮ではカシマ様も奴隷と視界に入れる機会などなかったはずなのですが……」

「確か、なんとなく活力のない気配が約三百人。合っているか?」

「……お見事です、改めて感服いたしました」


 なんて、臆面もなく追従の言葉を述べるエリアは置いておいて、


「ゴルゴーラ滅亡後、建国間もないオルネシア王国がくまなく調査したところ、国内外に魔法研究施設が極秘裏に存在している事実が判明したんだ。中には、悪魔召喚の生贄に大量の奴隷が投入されたところもあった」

「そんな、ひどい……」

「もちろんオルネシア王国は総力を挙げて、それらの研究施設を潰していった。関わった魔導士には厳罰を与え、研究成果は有益有害に関わらず全て廃棄焼却された。だけど、潰しきれなかった」

「どういうこと……?」

「破壊や解呪が極めて困難で、現地に封印する以外に鎮める方法がなかった魔道具が残ったのです、フジクラ殿」

「その一つが今から向かう森の奥、研究施設だった遺跡にあるんだよ」



 ~~~



「ロムフェール公爵家の方がよくぞ、このような辺鄙なところにおいでくださいました!」


 オルネシア王国にいくつかある禁足地にはその土地の代官が関所を置き、王家から任命された辺境騎士と衛兵を常駐させて森に迷い込んだ平民や、良からぬことを企む者が近づかないように監視している。

 有体に言えば異変を知らせる鈴の役目を期待されているわけで、もっぱら現役を引退して暇を持て余している老騎士が任命されるのがお定まりなんだが、大きなログハウス風の詰め所から飛び出してきたのは、意外にも若い男だった。


「道案内はそれがしにお任せください! 遺跡内部も把握しておりますが、ただ……」

「辺境には辺境の事情があることは理解している。咎め立てはしないから正確に報告していただきたい」

「はっ、その、数十年ほど前から遺跡の内外に魔物が棲みついたようで、近づくことも難しくなっておりまして」

「まさか、そのまま今に至るまで放置していたのか?」

「それが、それがしは前任者だった遠縁の大叔父が急死したのを受けて着任しまして。落ち着いた頃に遺跡に向かってみるとそのような有様で、ここの戦力では如何ともし難い状況になっておりました」

「もちろん、王都に報告を上げたのだろうな」

「その日の内に部下に命じて、王都に早馬を送りました。ですが、遺跡を管轄している宮廷魔導師団からはその内にしかるべき対処を取ると手紙が一度届いたきりで、以来音沙汰もなく……」


 そこまで、エリア相手に冷や汗をかく辺境騎士の弁明を聞いて、ピンとくるものがあった。

 隣のエリアも、何かに気づいた顔をしていた。


「なあエリア、これって奴の仕業じゃないか?」

「おおかた、王宮工作にかかりきりで辺境の異変を放置していたのでしょう。ケンブリウスめ、厄介ごとを残してくれたものです」

「ひょっとしたら今頃、尋問官に告白しているかもしれないけどな」


 まあ、前宮廷魔導師団の長がいつ何を話そうが、俺の行動は変わらなかっただろう。

 そう言い切れるだけの動機というか命令が、俺の遺跡訪問を決定づけている。


「ところでカシマ様、そろそろ遺跡を訪れた理由を聞かせていただきたいのですが」


 詰め所に招き入れられ、代わりに遺跡に向かう準備のために辺境騎士が出て行ったところで、エリアが耳打ちしてきたので話してやった。


「ああ、同居人からの頼みでな。そろそろここの遺跡の封印が破れそうなんだと」

「封印、ですか?」

「言っておくが、オルネシア王国のものじゃないぞ。ゴルゴーラの魔導士共も扱い切れなかった何かが、遺跡の最奥部で厳重に封印されていたが限界を迎えつつある、って同居人の占いに出たんだと」

「それは、その、つまり、カシマ様がオルネシア王国を訪れた理由と言いますか……」

「あくまで藤倉さんのついでだけどな」


 オルネシア王国内部の話と遠慮して、ちょっと離れたところに座って木窓から外を眺めている藤倉さんを一瞥して、


「大事な用事の一つではある。同居人の占い通りなら、大悪魔が復活するそうだからな」


 そう告げたら、珍しくエリアの顔面が蒼白になった。


 ちなみに、九百年来の同居人であるタマモの占いが外れたことは、一度もない。

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