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余命100年の転生エルフはもう一度好きと伝えたい  作者: 佐藤アスタ


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21/26

21 刃、煌く

 王都にほど近いここオラン平原は、魔道帝国を打倒した建国戦争の決戦の地として有名だが、五百年の時が流れた今ではその痕跡は跡形もなく、まばらに木が生えるだけの草原となっている。

 本来なら森になっていてもおかしくない、龍脈の通り道になっている土地なんだが、十年に一度の頻度で国王も出席する閲兵式を始めとした軍事演習が定期的に行われている影響で、生育が阻害されているとか。

 そんなオルネシア王国の蘊蓄を、九百年の間に数えるほどしか訪れていない俺が知るはずはない。

 すべて、今ここで聞いた話だ。


「いやあ、壮観ですな。普段の演習は騎士達に任せきりで、実際にオラン平原まで来ることはないゆえ、祖先が剣を振るった建国戦争の決戦の地を前にして血が沸き立ちますぞ」


 そう言いながら横に立ったのは、ロムフェール公爵。それと、見知らぬ三人の男達。

 だが、顔は知らずとも家名は知っている。

 レグナルド、アレクセン、バルシャーク。

 ロムフェールと合わせてオルネシア四公。

 分家も含めると王国領土の四割を占めるという、オルネシア王国を代表する大貴族達だ。

 そいつらが堂々とした鎧姿で、王国軍と対峙する俺と肩を並べて立っていた。


「お前達、なんでこっち側にいるんだよ。貴族なら国王の味方をするのが当然だろうが」

「はっはっは、それは王の力が強い国の理ですな、剣聖殿」

「さよう。我らがオルネシア王国は元来、弱き王を貴族を始めとした力ある臣民がお支えするのが国是」

「また、恐れながら王が道を誤られた際には、たとえ武力に訴えてでも全力でお止めするのがオルネシア貴族の習い」

「ざっくばらんに申しますと、たかだか当代の王の分際で建国王の無二の友に仇名すなど、オルネシア国王としての自覚が陛下には足りぬ、というわけですな」


 ドサ廻りの田舎芝居でも吐かないだろう過激な国王批判だが、柱石の臣である四人の公爵たちは気にした風もない。

 だから、つい思い出してしまう。


「そういえばカイゼルも、手のかかるやつだった」

「建国王が?」

「魔力はからっきし、詠唱は覚えない、剣の鍛錬はすぐサボる、かといって実家の貧乏貴族家を継ぐ気もない。根無し草の俺が言うのもなんだが、出会った頃のカイゼルは穀潰しそのものだった」

「それはなんともはや」

「意外か?」

「いえ、建国王の為人は、祖先の手記に残されておりますから、オルネシア貴族の間では周知の事実でございます。ですが、建国王の為人(ひととなり)を生き証人から直に聞く機会などありませぬので、少々感慨深いものがあるのですよ」

「そうか、今の時代にもカイゼルに忠誠を誓う人間がいるんだな。それを確かめられただけでも、ここに来た甲斐があった」


 そんな、郷愁にも似た思いに満たされて、ひと時の感傷に浸っていると、


「鹿島くん、おはよう」

「おはよう藤倉さん、昨日より顔色が良くなっているみたいだ、よかった」


 昨夜はロムフェール公爵の別邸に匿われていた藤倉さんが、エリアに付き添われて丘を登ってきた。

 ついでに、元クラスメイト達の塊も後方に見えるが、護衛騎士たちに止められてちょっと揉めている。

 その先頭にいる小野が俺と目が合うなり睨みつけてきたが華麗にスルーして、藤倉さんに視線を戻す。


「ここまで色々あったけど、この戦いでひとまずの決着だ。少なくとも、藤倉さんがオルネシア王国から狙われることはなくなるよ」

「うん、それはエリアさんから聞いているんだけど、ちょっと思っていたのとは違うっていうか……」

「どの辺が?」

「たしか、鹿島くんが王様を説得するために、軍隊と戦うって話だったはずだよね?」

「そうだけど、大丈夫だよ。何人かかってこようが俺の敵じゃないし、この国で一番の使い手は味方に付いてくれているから」

「そのことだよ。公爵様達が私達の味方をしてくれるのは嬉しいけど、想像していた状況と真逆だったから……」

「ああ、そのことか」


 俺と藤倉さんからちょっと離れて談笑している四公爵の背後に、それぞれの家の紋章が入った軍旗が風になびく。

 その下に参集した各五千の兵、計二万の軍勢が丘下に待機。

 さらに、四公爵の分家や傘下の貴族が手勢を率いて駆け付けた約四万が、両翼を固めている。

 総勢六万。急造の軍ではあるが陣形もなかなかに整っていて、貴族達の日頃の練度の高さを窺わせる。

 それと比べると、


「藤倉さんが言うほど、兵士の数の差は大きくないんだよ。むしろ、それ以外が原因と言った方が正しいかな」


 王都の常備軍と近隣の村々を含めて予備役をかき集めた国王軍の兵数は、約四万。

 国王軍が王都近くという地の利を生かせれば、四公爵軍との二万の兵力差は十分に埋められるだろう。

 さらに、家ごとに装備がバラバラな四公爵軍に対して、槍も楯も鎧も統一されている国王軍は素人目にも見栄えがする。

 ただし、中身が伴っていない。


「列が乱れているせいで陣形が歪んでいる。遠目にも明らかにサボっている奴も何人かいるけど、いざ正面からぶつかり合ったらああいうところから崩れて、全体の敗北につながっていく。四公爵軍が強そうなんじゃなくて、正確には国王軍が弱いからなんだ。大半の戦は、陣形の良し悪しを見れば勝敗も予想がつくものだよ」

「だとしても、四万人の敵と鹿島くんは戦おうとしているんだよね? 今からあそこに突撃なんて、無謀としか思えないよ」


 藤倉さんの言う通り、一見すると四公爵家を味方につけたと思われてしまうだろうが、そんなつもりは毛頭ない。

 彼らの役目は、あくまで国王軍が暴走しないように監視し、勝敗の結果を正しく履行してもらうための仲介役に過ぎない。


「ロムフェール公爵達に加勢してもらう手は、あまり使いたくない。もちろんいざとなれば頼ることも考えるけど、俺が一人で国王軍を打ち破るからこそ、、国王も宰相も藤倉さんのことを諦めることができるんだよ」

「でも、たった一人でなんて……」


 そう言った藤倉さんが、ロムフェール公爵達の方を一瞥する。

 それが貴族軍の数の力を頼れないのかという、無言のメッセージであることは明らかだ。

 実際、俺が頼めばロムフェール公爵は国王軍との一戦も辞さないだろうが、それじゃ意味がない。

 藤倉さんを助けることにはならない。


「ロムフェール公爵達は、あくまでもオルネシア王国の人間だ。そして、聖女の力を必要としている点では国王と変わりはない」

「で、でも、今は私たちを助けてくれているじゃない」

「ゲオルグ達にとってこの状況は、あくまで不甲斐ない国王にちょっとお灸を据えているだけだ。あいつらは革命を起こしたいわけでも。藤倉さんに同情しているわけでもない。オルネシア王国の利益のためにしか動くつもりはないはずだ」


 そう、そのはずだ。

 まかり間違っても国王を見捨てて俺を助け、王家をフルボッコにしてやろうなんて考えるはずがない。

 ないったらないのだ。


「つまり、私が自分で何とかしなきゃいけないってこと?」

「俺が手伝う。藤倉さんの前に立ちふさがる壁は、すべて俺が切り開く」

「それって、鹿島くんが私のことを――」

「待った。それ以上のことは、今は言わないでほしい」


 どうしてと小首を傾げながら、哀切に満ちた瞳を向けてくる藤倉さん。

 思わず抱きしめたくなる衝動をぐっと堪えて、その小さな両肩に触れる。


「九百年の間、ずっと考えてきた。藤倉さんと再会したときにもう一度告白しようって。でも、違う世界に来たからにはそう簡単にはいかないかもしれない。俺か藤倉さんのどちらかに問題が起きていたら、恋愛どころじゃないだろうから」

「でも、鹿島くんは九百年も待っていてくれたんだよね」

「すぐに信じてもらおうとは思わない。エルフに転生したことも含めて、俺が生きてきた年月をこの数日で理解してほしいって言う方が無理があるのは分かっている。だから、時間をくれないか」

「時間?」

「藤倉さんが持つ聖女の力を狙う連中を、全員黙らせるまで。そのためには藤倉さんが各国を巡って、直接解決する以外に方法はないと思う。もちろん俺も同行して、邪魔する奴らを全て薙ぎ払う」

「な、薙ぎ払う……!?」

「その手始めとして、ちょっと行ってくるよ」

「あ、鹿島くん」

「これ、預かっておいて」


 まだ何か言いたげな藤倉さんの機先を制して、手に提げていた木刀を放り投げる。

 相棒が緩やかな放物線を描いて想い人の両手に収まったのを見届けて、腰に残る一剣に手をかけつつ、虚空に身を躍らせた。



 ~~~



「来るぞ!! 剣聖だろうが所詮は一人だ、魔法部隊は限界まで引き付けろ!!」


 飛ぶように斜面を駆ける剣聖カシマ。

 それを国王軍の本陣にて馬上から待ち構える国王軍の総大将、近衛騎士団長は何十年ぶりかの大声を上げる。

 軍事演習に見せかけたこの戦いをどこかから監視しているであろう各国の密偵の目を欺くため、国王は王宮で吉報を待っている。

 聖女をオルネシア王国の保護下に留めることができるか、国王の体面がかかった戦いの全権を委ねられた近衛騎士団長は、不退転の覚悟を以て臨んでいた。


「剣士に魔法が効かないわけではない、あくまで向かってくる魔法を対魔刃で相殺しているだけだ!! 我が軍に到達する前に魔力が尽きれば、いかに剣聖とてただではすまん!!」


 いわば対魔刃は盾。剣士が魔導士を己が間合いに入れるための余技に過ぎず、単純な魔力勝負になれば分の悪さは否めない。

 だが、ただでさえ剣士が魔導士の集団に戦いを挑む時点で無謀なのだ。それを押して剣聖が単身で攻めてくるということは、魔力量に相当な自信があるということに他ならない。

 剣聖が王宮の庭で見せたという魔法剣に最大級の警戒を払いつつ、近衛騎士団長は戦いの火蓋を切って落した。


「ファイヤーアロー、放て!!」


 半壊した魔導師団の代わりに王都の予備役や冒険者までかき集めて編成された、国王軍魔法部隊。

 その質は魔導師団に及ぶべくもないが、初級魔法さえ使えればいいと近衛騎士団長の指示のもと、サイズも威力もバラバラな魔法がやや(まと)まりを欠いた形で打ち出された。


「弓隊、一斉掃射!! 矢が尽きるまで撃ち続けろ!!」


 数百の炎の矢に続いて打ち出されるのは、本物の鉄の矢。

 剣聖に接近戦を挑むはあまりに無謀、ならば魔導士と並んで一方的に剣士を攻撃できる弓兵を主力にするのは自明の理。

 こうして、二種類の矢の雨にその身を晒すことになった剣聖は、対魔刃の酷使で魔力を削られ、剣技のみでは払い切れずに、大盾を並べる国王軍の第一陣に達することなく屍を晒す、という甘い夢が現実になるとは、さすがに近衛騎士団長も思ってはいない。

 精々手傷を負わせて剣聖が血を流す様を前線の兵達に見せつけ、四公爵軍に半包囲され士気が下がった国王軍を奮い立たせることができれば勝利の糸口も掴める、はずだった。


「風よ」


 その声は誰にも届かず、ただ剣聖の視界に入っていた兵たちだけが口の動きを目撃していた。

 瞬間、剣聖の手が翻ると、腰の一剣から鯉口を切って抜刀、鞘の中から姿を見せた黄金の刀身を中心に大気が膨れ上がる。

 瞬く間に暴風となった魔力の奔流は辺り一帯に吹き荒れると、魔法によって形作られた火矢は消し飛び、工房で大量生産された鉄の矢はあらぬ方向へと逸れていく。

 火矢を放った魔導士と鉄の矢を射た弓兵が呆然とする中、


「待っていたぞ!!」


 剣聖が魔法剣の使用する事態を予見していた近衛騎士団長は、対抗策を練り上げてきていた。


「ファイアランス、放て!!」


 魔法部隊の精鋭二十人による中級炎魔法が、十分な詠唱と共に空へと打ち上がり放物線を描いていく。

 剣聖の魔法剣といえどその行使に詠唱は不可欠。

 ならば、魔法剣と魔法剣の間隙を突けば仕留められずとも無傷では済むまい。

 そんな近衛騎士団長の目論見はしかし、


「ば、馬鹿な、風が止まないだと……!?」


 一度は弱まったと思われた魔法剣による暴風だったが、速度の落ちない剣聖の虚空への切り払いに呼応したかのように勢いを取り戻すと、強固な風の壁が今にも降り注がん勢いだった二十もの炎の槍をずたずたに切り裂いた。

 この時、すでにカシマと国王軍第一陣との距離は指呼の間。

 もはや策は尽きて正攻法で立ち向かうしかないと、近衛騎士団長は己を奮い立たせた。


「大盾、なんとしても剣聖を食い止めろ!!」


 正面から堂々と中央突破、伝説の剣聖ならば必ずその戦法を選ぶと踏んだ近衛騎士団長は、その一点に近衛騎士団が誇る重装騎士を配置し、最後の切り札としていた。

 分厚い大盾と鎧には強固な対魔処理が施されており、いかに剣聖の魔法剣といえど風の刃で両断するのは困難。

 そして一度足を止めてさえしまえば、そのまま大盾で囲んで魔法を撃ち込むもよし、戦場の花形である騎馬隊で追い立てるもよし、騎士が得意とする集団戦術に引きずり込むこともできるだろう。

 そんな近衛騎士団長の目論見は、九百年の研鑽を積んだ剣聖の技前に脆くも崩れ去った。


 音叉を鳴らしたような甲高い金属音、そして横一文字に切断された大楯の下半分による轟音。

 それを成したのは黄金の稲穂のごとき輝きを放つ宝刀を一度鞘に納め、僅かな遅滞もなく抜刀術を行使した剣聖の技が合わさった奇跡だった。


「全員下がれ、私がやる!!」


 大盾部隊が無理なら、近衛騎士総出でかかっても剣聖を止めることは不可能。

 そう判断して己の失策を認めた近衛騎士団長は、側近たちに命じて愛馬の進路を空けさせながら、腰の長剣を抜き放っていた。

 代々の近衛騎士団長に王家から貸与されてきたその剣は、歴史的価値こそ第二王子のそれに後塵を拝するものの、純粋な魔剣としての性能は勝るとも劣らない大業物。

 剣聖が持つ黄金の太刀からは空恐ろしい気配を感じるが、短期決戦に持ち込めば勝機はある。

 近衛騎士団長はその一念に賭けた。


「剣聖の動きは私が止める!! 奴を討てるのならば背後から斬りかかろうが末代まで誇れる誉だ!! 剣聖を前に卑怯は卑怯でなくなると知れ!!」


 近衛騎士団長の敗因をあえて挙げるなら、二つ。

 騎馬とは戦場の花形であり、その機動力と攻撃力は戦の勝利の決め手となる軍の柱である。

 歩兵よりも速く移動し、さらに高所から武器を振り下ろせることから、特に追撃戦で絶大な効果を発揮する。

 ほとんどの状況で騎馬は歩兵に対して圧倒的に有利に立ち回れるのだが、こと剣の極みに到達した剣聖が相手となると話は全く変わってくる。

 無論、近衛騎士団長の騎馬の腕前は王国内でも抜きんでており、愛馬に乗って訓練する際は部下の近衛騎士十騎を相手取っても負けたことがないほどだ。

 だが、どれほど訓練された駿馬でも剣聖の間合いに入る恐ろしさは、直に体験するまで理解できない。

 仮に理解できたとしても、乗り手の意思を完璧に汲み取って真の意味で人馬一体となることなど不可能だ。

 剣聖と直接勝負すると決めた時点で、もっと言えば騎士ゆえに騎馬の有利を過信したことが近衛騎士団長の敗因だろう。

 そして、もう一つ。


「剣聖カシマ!! 貴殿は相当な魔力持ちのようだが、オルネシア五百年の研鑽を甘く見たな!!」


 近衛騎士団長とは王を守る最後の盾。つまり、相手が剣士であろうが魔導士であろうが、決して敗北は許されない。

 そのため剣技人格はもちろんのこと、魔力量においても抜きん出た能力を示せなければ、近衛騎士団長の座を射止めることはできない。

 加えて、近衛騎士団長の鎧には魔力を貯蔵する護符が各部に仕込まれており、緊急時にはそれらを消費して大規模魔法を無効化することも可能となっている。


「いかに剣聖の魔法剣といえど、この対魔刃は突破できまい!!」


 近衛騎士団長の剣に魔力が込められ、対魔刃特有の光を放って剣聖を迎え撃つ。

 剣士としてではなく、軍人として勝利を確信した封殺の一撃を繰り出しながら、近衛騎士団長は見た。

 半透明の力場が不安定にさざめく対魔刃のそれではなく、黄金と一体化し流麗な刀身を形成し一振りの大太刀と化した、剣聖の得物。


「斬魔の太刀一の型、陽炎一閃」


 その呟きが洩れた時には剣聖の大太刀は地摺りから虚空へと振り抜かれており、魔力量では決して劣っていなかったはずの近衛騎士団長の長剣が中ほどから断たれ、騎馬の足元に落下した。


「団長!? おのれよくも……!!」

「よせ!!」

「で、ですが……」

「もはや勝負はついた。無用な犠牲はこの私が許さぬ」


 しばしの静寂の後、憤激に駆られて一斉に剣聖に襲い掛かろうとした周囲の近衛騎士を一喝したのは、馬から降りた近衛騎士団長。

 王家所有の長剣が折られたことで檄した部下達を諫めつつ、半分になった得物を鞘に納めると剣聖に対して跪いた。


「降伏いたします。戦の責任を問うのであれば、どうぞこの首一つでお許しを」

「せっかく死者を出すことなく始末ができそうなんだ、お前の首なんかいらん。それに、表向きは軍事訓練ということにするために、四公爵に協力してもらったんだからな。ここで近衛騎士団長が急死したら、あいつらの顔を潰すことになる」

「剣聖殿の手にかかる名誉は与えられぬということですな」

「あんたも大変だな。あんな国王のために死ぬ覚悟をするなんて」

「私のことはどうでもよいのですが、ただの訓練で終わるようでは陛下もラングレン殿下も、聖女殿の所有権を手放しますまい。落としどころはいかがなさるおつもりか」

「要は俺が、王国の面子を分かりやすく潰せばいいんだろう? それならもう斬った」

「は?」


 その時、青い顔で袖を引く部下に気づいて剣聖に断りを入れた近衛騎士団長は振り返って、見た。

 すでに国王軍の半数が王都の方角を向いてざわついていたので、すぐに違和感に気づいた。


「だ、団長、これは……」

「……全軍に改めて命じる。戦いは終わった、剣聖カシマ殿に決して手を出すな、。次にあの黄金の刃が振るわれれば、被害はあんなものでは済まんぞ。剣聖殿の機嫌次第で王都そのものを失いかねん」


 そう側近に伝えた近衛騎士団長の視線の先、王都のどこからでも見えるオルネシア王宮の尖塔が、斜めに断ち切られて喪失していた。


 のちに、この不吉な出来事はあくまで事故として発表され、真実を知る者は皆一様に口を噤んだという。

 こうしてまた一つ、新たな剣聖伝説が秘かに語り継がれることになったのだった。

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