18 訓練場と第二王子
王族専用の訓練場に現れたのは、今から戦場に赴かんばかりのフルプレート姿の騎士だった。
一目で高級とわかる流美な細工が施された重装甲は磨き抜かれ、鏡のように周囲の色を写し込んでいる。
武器は右手にロングソード、左手に盾の、オーソドックスなスタイル。
長さも重さも違う左右の武具だが、ゆっくりとした歩みは軸が全くブレていない。
近衛騎士団のナンバー2として、その名にふさわしい技量の持ち主であることが窺える。
「騎士団長殿、試合の前に今一度確認させていただきたい」
「言ってみろ」
完全装備で自信を取り戻したのか、あるいは昨日の記憶がすっぽ抜けたのか。
試合前にも関わらず近衛騎士団長に話しかける第二中隊長だが、直属の上官の短い返答に僅かな怒りが込められていることに気づかないまま、オルネシアの騎士として本来礼を尽くすべき剣聖カシマを無視して手前勝手に話を続けた。
「この試合に私が勝利すれば、陛下への不敬罪および反逆罪の疑いを取り下げるという約束、間違いないでしょうな」
「二言はない。陛下もすでにご承知だ」
「それからもう一つ。そこの、不届きにも剣聖カシマの名を騙る痴れ者の生死は問わぬ、ということでよろしいか?」
「かまわぬ。無論、それは貴様が敗死した際も同様だ。また、通常はオルネシア騎士の遺族に許される仇討の権利も、今回は陛下の御名において禁じられる」
「それだけ聞ければ十分。まあ、騎士団長殿には存分に見分していただこう。私が偽の剣聖を成敗し、王国の秩序を取り戻す一部始終を!!」
意気揚々と一歩踏み出す第二中隊長に、思わずため息が漏れる近衛騎士団長。
その視線がカシマに移って、無言のまま最後の確認をすると、厳かに告げた。
「勝敗はどちらかの降参か、死を迎えた時だ。検分は陛下に代わってこの私が務める。では両者、正々堂々と、はじめ!!」
その合図を待っていたとばかりに、盾を前面に掲げて駆け出したのは、第二中隊長。
対するカシマは木刀を持つ右手も空いた左手も、だらりと下げたまま。
腰の一刀には手をかける気配もない。
あまりに無防備な姿に、第二中隊長の心に一瞬の迷いが生じたが、やはり偽の剣聖なのだと決めつけて足を緩めることなく鹿島に迫る。
(どれほど腕に自信があろうともしょせんは木剣、我が家に代々伝わる大盾を貫くことは不可能。仮に盾を掻い潜ったとしても鎧の上から有効な一撃を加えられるはずがない。この勝負、もらった!!)
勝利を確信した第二中隊長の踏み込みが一段と深くなる。
あと三歩カシマに近づけば、鎧の重量を乗せたシールドバッシュが決まる。仮に左右に逃げたとしても、右手に持つ剣の餌食だ。
そう思った瞬間、おもむろにカシマの右腕が持ち上がり木刀がその手から離れて、今まさに最後の一歩を踏み出そうとしていた第二中隊長に向かって飛んできた。
「なっ……!?」
冷静を保っていれば、飛んでくる木刀に力はなく、そのまま盾に当てて弾き飛ばせばいいと悟っただろう。
だが、真剣勝負の最中に己の得物を手放すという、暴挙ともいえるカシマの行動に動揺し、第二中隊長は盾を振り上げてしまった。
甲高い音を立てながら木刀が宙を舞った時には、カシマは第二部隊長の懐に入り込んでいた。
「ちょっと借りるぞ」
その声を発した鹿島が手にしていたのは、柄に宝石が嵌め込まれた短剣。
今日、自分が腰に差してきた愛用の短剣にそっくりだな、と第二中隊長が考えた瞬間、その視界が不意に暗転した。
「鹿島心刀流、無刀術、空蝉」
丸腰のまま接近して腰に差してあった短剣をすらりと引き抜いた鹿島は第二中隊長の首筋をサッと撫で斬ると、散歩でもするような足取りで完全装備の騎士の傍らをすり抜けながら、奪った得物を投げ捨てた。
首から血しぶきを上げていた第二中隊長は不思議そうな表情を近衛騎士団長に見せた後、愚かな末路を自覚することもないまま、ゆっくりと前のめりに倒れていった。
「お見事。伝説に聞く無刀の極意、しかとこの目で確かめさせていただきました」
お世辞か本音か、美辞麗句を並べながら剣聖に近づく近衛騎士団長。
その後ろに続く近衛騎士たちが、物言わぬ骸となった第二中隊長を運び出そうとしたところで、鹿島が待ったをかけた。
「そのままでいい。血痕も消さないでくれ」
「ですが……」
「自分の犯した過ちがどんな結果を生んだのか、少しは自覚してもらわないとな。また懲りずに藤倉さんにちょっかいをかけるようなら、今度は手加減するつもりはない」
「そういうお考えならば、むしろ我らの方から願わねばなりますまいな」
カシマの言葉に頷いた近衛騎士団長は部下の動きを止めると、もう一人の罪人を連れてくるように命じた。
そして、近衛騎士たちに伴われて訓練場に現れたのは、
「ひ、ひいい、し、死んでいるのか……!?」
装備は豪華絢爛。
剣と鎧には傷一つないばかりか、うっすらと魔法の光を放っており、尋常ではないと誰の目にも明らか。
第二中隊長どころか近衛騎士団長よりも高価であることが一目でわかり、国宝級の逸品だと明確に主張している。
ただし、身に着けている第二王子がずぶの素人である以上、宝の持ち腐れというほかない。
「待っていたぞ、馬鹿王子」
「き、貴様は……!? 近衛騎士団長、何をそこで呆けている、この不埒者を今すぐ殺せ!!」
「まったく、虎の威を借る狐とはこのことだな。直接相対しているのに、こっちを見ようとすらしないとは」
呆れた声を出したカシマが視線を移した先、近衛騎士団長がラングレンへと厳かに告げた。
「ラングレン殿下、お分かりになりませんか」
「黙れ!! 私がその男を殺せと命じているのだ、さっさと始末しろ!!」
「いかに殿下からの重ねてのご命令といえど、ラングレンに剣聖殿のご指導を受けさせよ、との王命よりも優先されることはありません」
「父上が、そんな馬鹿なことがあるものか……!?」
「近衛騎士団長であるこの私が陛下の御側を離れているこの状況が、なによりの証だと思いませぬか」
「そ、それは……」
「おしゃべりはそこまでだ」
びくり、と鎧の上からもわかるほど、第二王子の体が震える。
自分が誰の前に立っているのか、ようやく思い出したようだ。
「こ、近衛騎士団長!!」
「すでに王命は下されたんだ、近衛騎士団長がお前の言うことを聞くわけがないのはさすがに分かるだろう」
「ぐ、うう……」
「ついでに言うと、俺はこの国の民じゃないから、今この瞬間にカイトスが命令を覆したとしても、従う謂れはない」
「黙れ黙れ黙れ!! たかが偽剣聖ごときに余の崇高な意思を止められるものか!!」
「それだよそれ、その余、って言い草だよ。父親は健在、第一王子という跡継ぎもいるのに、まるで自分が王になったかのような物言いじゃないか?」
カシマがラングレンに対して抱いていた違和感は、そこにあった。
王宮魔導士団といい近衛騎士団の一部といい、一介の王子がこうも権力を振るえるものかという疑念が事態の複雑さを予感させ、カシマが剣を振るうべき相手が定まっていなかった。
それが解決したのは、カシマが藤倉愛里奈と共に参加した国王との茶会だった。
「本来、藤倉さんたち転移者の身柄を預かるのは、第一王子の役目だったらしいな。だが、第一王子が不治の病に罹り、文化も生い立ちもまるで違う転移者達が何が問題を起こした時に、素早く対処することが難しかった。そこで、代役として第二王子のお前に白羽の矢が立った」
「そ、そうだ、聖女といえどその力をどう使うかは余が決めるのだ、余所者が差し出口を挟むでない!」
「そうしたいのは山々なんだがな、オルネシア王国の建国以来、俺にはオルネシア国王から請われれば剣術を指南する義務があるんだよ」
「うっ、『剣聖盟約』……」
「『オルネシア王家に連なる者が道を踏み外した時、また剣聖がオルネシアの地を訪ねし時、オルネシア王は剣聖に助力を請うことができる』。カイゼルの頼みとはいえ、我ながら厄介な約束をしてしまったと後悔しているよ」
「う、うるさいうるさい! 余はオルネシア王国次期国王であるぞ! 死の病に侵された兄上を救い、その功績をもって王位継承権第一位に躍り出るのだ!」
半狂乱の様相でそう言い放った第二王子が、腰の剣を抜くことなく空の手をかざす。
おそらくは指輪か腕輪か、強力な魔道具を使うつもりなのだろうが、鹿島は何ら動揺を見せなかった。
「好きにしろよ」
「……へ?」
「魔道具だろうが何だろうが好きに使え。なんだったら、王になることも止めやしない。だが、仮にもオルネシア王となろうという奴が剣の振り方もおぼつかないんじゃ、あの世のカイゼルに合わせる顔がない。それと」
「そ、それと?」
「藤倉さんを利用しようとする外道は俺が許さん。その腐った性根を叩き直してやる」
「き、きしゃま、それでも剣聖かあああああああああ!?」
そんな第二王子の絶叫が悲鳴に変わるのに、それほど時間はかからなかった。
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「剣聖殿の数々の伝説は半分が誇張だと思ってきましたが、なるほど、ようやく確信しました。あなたは確かに剣聖と呼ばれるにふさわしい技量の持ち主だ」
俺の前に座る近衛騎士団長が独り言のように呟きながら、訓練場が夕焼けに染まる中でもはっきりわかるほどに全身が真っ赤に腫れあがった、第二王子の脈拍を確認する。
全身を守っていた鎧は木刀ですべて叩き剥がし、アクセサリーに見せかけた魔道具の数々は粉砕済み。
王子の名にふさわしい衣装もズタズタで、傍目からは死体にしか見えないが、命の危険はないことは近衛騎士団長もよくわかっているようだ。
「生かさず殺さず、といえば聞こえは悪いでしょうが、指導者としてこれほどまでに稽古相手の限界を引き出す手並み、感服の一言に尽きます」
「念のために言っておくが、口外は禁止だ。あと、真似もやめておけ。稽古中の不幸な事故が起きる因だし、要らん恨みも買いかねない」
文字通りその身一つとなってから、第二王子への真の剣術指南は始まったんだが、その逃げ回りっぷりは無様の一言に尽きた。
いや、一時でも逃げ回れるならまだマシか。
オルネシア王族に幼少期から課せられる武芸の鍛錬もあれこれと理由をつけて避けていたらしく、王命で完全封鎖された訓練場を一周しないうちに足腰が立たなくなった。
土の上を這いずりながら、もう一度近衛騎士団長に命令を繰り返すが受け入れられないと悟ると、ありとあらゆるものに向けて罵詈雑言の限りを尽くす。
ようやく唯一残された腰の剣を抜いて斬りかかって来たかと思えば、構えも動きも滅茶苦茶。
自分の剣で刺しかねないほど危なっかしかったので、逆にこっちが死なないように気を付けないとならない有様だった。
「それにしても殿下の底力には驚かされました。私もまだまだ未熟なようです」
「そうか? 腐ってもカイゼルの血筋だ、命の際まで追い込めば出るものが出ると思っていたぞ」
近衛騎士たちが持ってきた担架で運ばれる第二王子の、最後の一撃を思い出す。
全身を叩かれ、そのたびに転がされ、精も根も尽き果てた様子に引導を渡してやろうと、意識を刈り取るための木刀を首筋に送り込もうとした瞬間に、第二王子が豹変した。
これまでは一度も避けられなかった俺の木刀を身をかがめて掻い潜ると、別人のような伸びやかな斬り下ろしを放ってきた。
もちろん、満身創痍の第二王子の一撃が俺の体に届くはずもなく、余裕をもって半歩右にずれて回避すると、斬撃の勢いそのままに受け身を取る余裕もなく倒れ込んで、意識を失った。
まあ、見事な斬撃と褒めていいだろう。
稽古の最中に心境の変化でもあったのかもしれない。
「それはそうと、運ばれる直前、第二王子が何か言っていなかったか?」
「さすがは剣聖殿、気づきましたか」
「読唇術は剣士の嗜みだ」
「それは初耳ですが、剣聖殿が言うのであればそうなのでしょう」
「茶化すな。で、信ぴょう性はあると思うか、近衛騎士団長」
「そうですな、昨日までのラングレン殿下であれば疑いの目をもって様子を見たでしょう。ですが、剣聖殿の言うと通りに改心の兆しがあるのだとすれば」
「まあ、無駄足を覚悟で準備しておくか」
夕日で血痕を真っ黒に染めた訓練場から近衛騎士団長と残りの近衛騎士が去り、物陰から夜が忍び寄っていたが、一日はまだ終わりそうにもなかった。




