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余命100年の転生エルフはもう一度好きと伝えたい  作者: 佐藤アスタ


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16 聖女の奇跡

「すまぬな。剣聖殿と祖王の思い出の場所と聞いていたので、朝までに旧に復したかったのだが、現在王宮では魔導士が不足していてな。ところどころ不格好な個所は見て見ぬ振りをしてほしい」


 翌朝の王宮。

 オルネシア国王カイトスの極々私的な、朝食前のお茶会という体の話し合いに招かれたのは、俺と藤倉さんの二人だけ。

 てっきりエリアも同席するかと思ったんだが、庭園の東屋に設けられた純白のテーブルにある四つの椅子のうち一つは、俺と藤倉さんが席についた後も空いたままだった。

 ちなみに、藤倉さんは王宮で用意されたと思しき貴族女性風のドレス姿。

 俺はマントを外しただけの気楽な旅装のままで、二本の得物は手に取れる位置に立てかけてある。

 ちなみに、オルネシア王家の世話にはならないし世話もしないという意思表示でもあったりする。


「それよりも、茶の味はどうかな?」

「うん、美味い。ロムフェール公爵邸で飲んだのと比べると、風味が一段落ちるけどな」

「ふふふ、ロムフェール領では日夜茶畑の手入れを欠かさぬと聞くゆえ、無理もない。むしろ、剣聖殿の再訪を信じ、何代にも亘って努力を重ねてきたロムフェール家に一段劣る程度ならば上出来であろう」

「その努力はさすがに重い」

「あ、あの、国王陛下。これも緑茶なんですか……?」


 つい国王と五百年前のことも混じえた話題に花を咲かせてしまって藤倉さんが困惑していないかと密かに心配したが、異世界に普及している緑茶に興味津々で退屈してはいないようだった。

 そんな藤倉さんに「単に王でよい」と寛大な心を見せた国王は、


「うむ。このオルネシアの前身、メドネア帝国の頃には、まったく別の茶葉が流行しておってな、今も平民の楽しみの一つとして広く飲まれておる。ところが五百年前に、とある異邦の剣士が極めて大きな武功を立て、その褒美としてこのリョクチャとやらの苗を差し出すと、これを王国で栽培していつでも飲めるように広めてほしいと願ったのだ」

「そ、その異邦の剣士って……」

「まあ、俺のことだよ」

「……」

「その剣士が爵位も財宝もいらぬというのでな、茶畑の一つくらいと祖王と側近たちが安請け合いしたまではよかったのだが、これがなかなか土に馴染まなかったそうでな。安定的な栽培に成功したのは、魔導士の力を結集した王家と、莫大な年月と予算を費やして領地に馴染ませたロムフェール公爵家の二つだけだったのだ」

「じゃあ王様、この緑茶の値段って……」

「ははは、それは聞かぬが花というものであろうな。それゆえに、リョクチャの大規模栽培に成功したロムフェール公爵家は毎年莫大な利益を上げておる。剣聖殿の望みであったこともあって、泣く泣く手を引いた他の公爵家からは羨望の眼差しを注がれておるよ」

「鹿島くん……」


 なぜか藤倉さんが恨みがましい目で見てくる。

 確かに五百年前はこんな大ごとになるとは思っていなかったが、全ては悪いのは俺か、俺なのか?

 なんて懊悩しているところに、


「ふむ、ようやく来たようだな」


 植木の陰から姿を現したのは、金縁の眼鏡をかけた高位の文官然とした男。

 ただし、やや乱れた髪といい、眼鏡の奥のくっきりとした隈といい、豪奢な衣装に相応しくない疲労感が前面に出ている。


「遅いぞ、フランツ。客人を待たせてしまったではないか」

「私の身にもなって頂けませんか、陛下。極秘裏に処理するために口の堅い側近だけで後始末を行い、さらに必要な情報をまとめるまでに与えられた猶予がたった一晩とは、あまりにございます。茶会が終わる前に間に合ったことを褒めてほしいものです」

「剣聖殿、聖女殿、こやつはフランツ=ニルヴェルト。我が宰相だ」

「どうかフランツと気軽にお呼びください。剣聖カシマ殿にお目にかかれて、これに勝る光栄はありません」


 さすがは一国の宰相、といったところか。

 俺と出会った相手の反応は大きく分けて二つ、過剰に礼儀正しくなるか、過剰に敵視するか。

 ただ、細かく分けるともう一つ、特に関心を示さない奴も稀にだが存在する。

 そういう時はほとんどの場合、剣術に全く興味がないことが多いんだが、まさにこいつはその一人だ。

 強いて言うなら、オルネシア王国に益をもたらすか、害を為すか、その一点にのみ関心があるんだろう。

 俺と面と向かった今も、金縁眼鏡の奥で算盤を弾いている目をしている。


「フランツには事態の速やかな収拾と、暫定的な検証を命じておいた。こやつの頭には今、一連の問題に関連する情報の全てが記憶されているはずだ。余に代わって剣聖殿の疑問を氷解させることだろう」

「陛下のお言葉はいささか誇張が過ぎますが、おおよそのあらましは把握したつもりです。私で事足りることであればお答えいたします」

「じゃあ質問。藤倉さんが『聖女』というのは本当なのか?」


 国王と宰相が揃い踏みの、庭園のお茶会。

 それならある程度の答えを用意してきたんだろうと踏んだんだが、果たして主従の表情は硬くなった。

 だが、オルネシア王国に翻弄され続けてきた藤倉さんまでそっと目を伏せるとは、さすがに思っていなかった。


「実際に、鹿島くんの目で見てもらった方が話が早いかな」


 独り言のようにそう言った藤倉さんが立ち上がると、戦いの傷跡が残る植込みの一つに近づいておもむろに手をかざした。

 その指先が枝の焼け焦げた断面に触れたかと思うと、やわらかい緑の光が放射状に広がり、やがて消えた。


「無詠唱での完全治癒術、またの名を『聖女の癒し』。世界において二人と出現しない、聖女の証です」

「しかも聖女に選ばれるのは、なぜか召喚の儀式によって現れる流人(ながれびと)ばかり。『勇者』と並ぶ、乱世を平定する救世主として常しえに崇め奉られる、英雄の中の英雄。その片割れがフジクラ殿なのだ」


 まだまだ無残な焼け跡が残る庭園で、鮮やかな緑と赤のコントラストばかりか、溢れる魔力が光となってうっすらと輝く奇跡の一輪が、藤倉さんの手によって生み出されていた。


「時に剣聖殿、勇者の伝説、逸話はどれほどご存じですかな?」

「二、三人ほど知っている程度だ。そいつらとはちょっとだけ関わったことがあるから、巷の噂よりは詳しいかもしれないが」

「か、鹿島くんって、何者なの……?」

「その話は実に興味深い。ぜひとも書物に纏めさせていただきたいものですが、今は話を進めましょう。では、聖女の伝説に関してはどうでしょうか」


 藤倉さんが引くような話をしやがって、と宰相に文句を言ってやろうかと思ったが、その言葉の意味を反芻する中で違和感に気づく。

 そういえば、聖女と会ったことは一度もないな。


「勇者と聖女は対の存在。ですが華々しい勇者の活躍と人々の称賛に対して、聖女の伝説はあまりにも少ない。皆無といってもいいでしょう」

「いや、待ってくれ。六百年前、海神の怒りを買って大津波に呑まれそうになった大国を聖女が救った、という話は聞いたことがあるぞ。たしか、他にも聖女伝説は残っているはずだ。皆無というのはさすがに大げさだろう」

「なるほど。では、聖女がどのようにして奇跡を成し遂げたのか、その方法はご存じですかな?」

「それは……」

「それはね、鹿島くん。命を引き換えにすることで、神様の力に匹敵するほどの大奇跡を起こせるのが、聖女の権能なんだよ」


 ガタリ、と倒れる椅子。

 その音が、思わず立ち上がった俺の足が引っかかったことが原因だと気づくのに、九百年の人生経験をもってしても少し時間がかかってしまった。

 それほどのショックだった。

 だが、驚きを隠せないのは俺だけではなく、国王と宰相も信じられないとばかりに藤倉さんに向けた目を見開いていた。


「フジクラ殿、どこでその話を……!?」

「聖女の最大最後の権能に関する情報は、民衆はおろか聖女本人にも可能な限り伏せることになっている。聖女の心の平穏を守るためでもあるが、その命を引き換えにするということはすなわち聖女を保護する国が敗北を認めることに他ならぬ。一体誰が……」

「陛下。現オルネシア王国において聖女の秘密を知りうる人物は限られております。陛下と私、そして、恐れながら……」

「その先を言うなフランツ、わかっておる。召喚した異邦人たちを保護、統率する役目を与えたのは、他ならぬ余だ」

「ですが、陛下がラングレン殿下をお諫めできなかったのには深い理由が――」


 その言葉に続いた、第二王子の名前を宰相の口から聞いたところで、つい未熟が出た。


「ううっ……!?」

「フランツ、どうしたフランツ!!」

「悪い。つい威圧してしまった」


 畢竟、剣術とは殺人の道具だ。

 真剣勝負であれ稽古であれ、相手を打ち負かす覚悟で剣を握れば、自然と殺気を放つことになる。

 熟練者ともなれば、抜刀していなくても殺気を自在に操れるようになり、戦いの素人なら軽く威圧することも可能だ。

 彼我の力量に差があればあるほど、威圧された側の精神的ダメージは深刻になり、抵抗力次第で気絶することもある。

 とはいえ、明確な敵意のない相手を気絶させるのは――第二王子の名を聞いてついイラっとしたところでたまたま宰相と目が合い、殺気を込めて睨んだと気づいた時には後の祭り、その場に蹲ってしまった。

 まあ、完全な八つ当たりだ。


「どうか気にしないでもらいたい。ラングレンの名を剣聖殿が聞けば心穏やかにいられぬことは、フランツにはわかっていたことだ。剣を抜かずとも剣聖、その事実を我が宰相が甘く見た責任は、国王の私にある」

「なら、そうなんだろうな」

「鹿島くん!?」


 宰相が駆け寄った護衛騎士に介抱されている中、国王様になんて言葉を、と言いたげな藤倉さんを、軽く左手を挙げた国王が制した。


「よいのだ、フジクラ殿。人族のために使うべき聖女の力を私的に利用しようとしている私は、甘んじて非難を受ける義務がある。だがオルネシア王家の継承者として、何より一人の父親として愛する我が子の命を救いたい。たとえ悪魔に魂を売り渡そうともな」

「つまり、第一王子が不治の病に罹っていて、その治癒のために聖女の大奇跡を使い、藤倉さんを犠牲にしようっていうのか?」

「大筋ではその通りだが、我が跡継ぎカイトナのためだけに聖女の大奇跡を使うほど、愚かな王ではないつもりだ。我が国には存在せぬ、カイトナを治癒する手段と引き換えに、聖女を引き渡すのだ」


 世界樹の壊死。

 ドレスデリア皇位継承問題。

 アスデルト迷宮都市の奪還。

 エンデ経済戦争。

 不死王国の拡大阻止。


「『五大災厄』と称される世界各地の危機。そのいずれかの解決、あるいは時間稼ぎに、聖女の大奇跡が使われることになるであろう」


 冷静な国王の話を聞く藤倉さんの目は前髪に隠れて、ここから窺うことはできなかった。

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