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余命100年の転生エルフはもう一度好きと伝えたい  作者: 佐藤アスタ


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15 夜の訪問者

 倒れ込もうとしていた王宮魔導師団長の右手首を掴んで小指から指輪を引き抜き、残った粗大ごみをその辺に放り投げる。

 いつもならもう少し扱いを考えるんだが、頭を失った手足が暴走することは、魔獣でも組織でもまま起こる。

 剣道でも、審判が試合を止めるまでは残心を決して怠っては――


「鹿島くん、怪我はない?」

「この通り、傷一つないよ。それより、藤倉さんとエリアは?」

「私は大丈夫。エリアさんも心配ないって言っているけど、きゃっ」

「気を付けて、この辺は足を取られやすいから」

「う、うん、ありがとう」

「てめえ藤倉から離れろおおおぎゃべし!!」

「邪魔」

「アキラあああああああああ!?」



 こんな感じで、空気の読めない奴が脈絡もなく襲ってきた時に、殺さない程度の手加減ができなくなる。


 ……いや待て、首筋に一撃加えた今の奴、魔導士の恰好じゃなかったというか、なんか見覚えがあるような気がする。

 まあ、どうでもいいか。


 そんな感想を持ったところで、


「双方、武器を収めよ」


 凛とした声と共に庭園を包囲するように姿を見せたのは、一糸乱れぬ動きの近衛騎士の一団。

 俺たちを襲ってきた第二部隊の増援かと思ったが、よく見ると騎士鎧の意匠が若干複雑になっている。

 複雑ということは作る手間がかかっている、つまり第二部隊よりも立場が上という証。

 となると、最後に真紅のマント姿を見せた声の主、その正体は自然と一人に絞られる。


「これ以上の闘争は、余の名において許さぬ。もし破れば相応の罰が下ると思え。たとえ、我が息子であろうともだ」

「父上……!?」

「ラングレン、お前には失望した。余の許可なく近衛騎士団を動かしたばかりか、あの者達まで巻き込むとは」

「こ、これには、非常に高度な問題が絡んでおりまして……」

「よい。申し開きは後ほど、正式な裁きの場でいたせ」


 その言葉を合図に新手の方、近衛騎士第一部隊がラングレンを取り囲み、庭園の外へと連れ出していく。

 さらに、項垂れた近衛騎士団第二部隊、杖を取り上げられた王宮魔導師団、気絶したままの魔導師団長、そして妙に見覚えのある服装をした十数人の少年少女も抵抗することもなく退場していく。

 残ったのは、護衛役の近衛騎士団第一部隊の数人と、エリアに藤倉さんに俺、そして、


「カシマ様、オルネシア王国国王、カイトス=ル=オルネシア陛下の御前に御座います」

「よい、エリア=ロムフェール。立場というのならば、祖王の恩人にしてご友人である御方に、余がこうすべきなのだ」

「へ、陛下……!?」


 そう言って跪いた国王を見たエリアが慌て始めるが、俺は止めない。

 別に俺が偉ぶりたいわけじゃない。藤倉さんの困惑した視線を止めてもらうにはすぐにでも国王を立たせたいところだが、カイゼルの遺志とオルネシア王国の立場を思えば、受け入れざるを得ない。


「剣の龍、カシマ様に拝謁する幸運を賜り、このカイトス=ル=オルネシア、光栄の極みにございます」


 藤倉さん、その目はもうやめて。

 こんな扱い、俺だって居たたまれないんだから。



 ~~~



 堅苦しいところは嫌いな俺の要望が通り、説明の場を兼ねたお茶会はこの庭園で開かれることになった。

 ただし、荒れた植栽の最低限の修復と、藤倉さんとエリアを一旦休ませる時間が欲しいということで、今夜は王宮の客人用の部屋を各自あてがわれて(俺には国賓用の宮殿一棟丸ごとを用意されたが断った)、続きは翌朝に持ち越すことになった。

 本来なら、敵だらけの王宮を早々に出て、ロムフェール公爵邸で善後策を話し合った方がいいんだろうが、オルネシア国王直々の命令となると断るにもそれなりの勇気がいる。

 俺がじゃない、藤倉さんとエリアにとってだ。

 まあ、護衛の役割を全うして疲労困憊のエリアを安静にさせた方がいいのは間違いないし、看病のために同室になった藤倉さんも休息は必要だ。

 いざとなれば二人を守りながらひと暴れすればいいかと、寝台の上でとりあえずの方針を固めて仮初めの休息をとろうとしたところで、ドアの向こうに誰かが立つ気配が生まれ、コンコンとノック音がした。


 ちなみに、国賓待遇こそ断ったが、今の俺は国王の客という立場でこの王宮に滞在している。

 明日の予定が予定なだけに、アポなしの訪問は宿直の衛兵に途中で断られるはずなんだが。

 一応、敵襲の可能性も残しながら、木刀を手に提げて真鍮製のドアノブを引くと、


「半月ぶりだな、鹿島。ていうか、鹿島でいいんだよな?」


 現れたのは、見覚えがあるようなないような、真面目そうな印象以外は特に記憶に残らないだろう、若い男の顔。

 ただ、この世界の物にしては精巧な造りの眼鏡と、お仕着せのようなジャケットとパンツ姿を見てピンときた。


「ちょっと顔を貸してくれ。話がある」


 こいつ、クラス委員長の三谷だ。



 ~~~



 まだまだ夜は冷える時期なので一枚羽織っておきたかったがさすがにマント姿とはいかず、早めに切り上げようと決意して三谷について行った先は、国賓用宮殿の裏手にあるバルコニー。

 そこには他に、二人の男子がいた。


「あいつらは……」

「おいおい、田村と目黒のことを忘れたわけ――いや、悪かった。そんな姿になって、記憶が混濁しているんだよな」

「おい委員長、そいつは本当に鹿島なのかよ」

「その長い耳、僕にはエルフに見えるけどね。全くの別人だったら、うかつに僕たちのことを喋らないように気を付けないと」


 一人目が、背が高く髪を短く刈り込んでいて、警戒心もあらわにこっちを睨んでいる。

 あんな感じの奴が、小野の横によくいたような気がする。

 二人目が、俺と身長だがやや細身、三谷よりも度のきつい眼鏡の奥で疑念と好奇心がないまぜになっている。

 たぶん、元の世界では勉強ができたに違いない。


「ほら鹿島、バスケ部の田村に、去年の学年末テストで一位だった目黒だよ」

「悪いが全く思い出せない」

「てめえ、鹿島のくせに……!!」

「ちょ、田村、抑えて。目黒も手伝ってくれよ!」

「ふん、精々やらせておけばいいさ。庭園での出来事がイリュージョンじゃないなら、鹿島に軽く捻られて終わりだろう」

「ぐっ、クソがっ!!」

「そっちから手を出してこないなら、こっちも何もしない。それで、話ってなんだ?」


 正直、人間だった頃の記憶はあやふやだ。

 九百年前はしっかり覚えていた気がしないでもないから、おそらくは長い年月の積み重ねによる、単純な忘却なんだろう。

 それでも色褪せることなく、むしろ鮮明さを増しているようにすら感じる思い出は、藤倉さんのことだけだ。

 委員長に関しては憶えていたというより、藤倉さんというニューロンから伸びたシナプスが、断絶していた記憶につながったイメージ、言ってみればおまけだ。

 そういえばニューロンとかシナプスとか、一般常識の方は忘れていないなんて、自分でも驚きだ。

 剣の鍛錬に役立つかどうかはともかく、世界の理は必要になるかもしれない知識だと、無意識に思ったのかもしれない。

 ニューロンとシナプス、異世界にもあるよな?


「――それで、夜も遅いから女子は除外して、僕たちがクラスを代表して会いに来たんだけど、鹿島、鹿島、聞いているか?」

「ああ、悪い、聞き流していた」

「てめえ鹿島!!」

「だから叫ぶなよ、田村。三谷の邪魔をしているだけだと、わからないのか?」

「けっ、ガリ勉が……!!」

「そ、それで鹿島、話っていうのは小野、小野アキラのことなんだ」

「小野? ……ああ、小野か、小野ね」


 藤倉さんに付随する情報として、辛うじて記憶が蘇る。

 一瞬、苦い思い出が頭をよぎったが、それだけだ。

 まあ、九百年の中でほんの二、三日の出来事だ、一万分の一以下まで希釈されればこんなものだろう。


「俺達は今、この王宮の建物の一つを借りて集団生活しているんだけど。ほら、そこに見えてるやつだよ」

「ああ、それで俺の部屋まで来れたのか。道理で警備に引っかからなかったわけだ」


 三谷が指さしたのは、ここと似たような造作(ぞうさ)の建物。

 ただし、そこかしこにある明かりの中に浮かび上がる一回り小さいシルエットから、ややランクが下がる待遇だと分かる。


 ああそうか、こいつら、第二王子の庇護を受けているわけか。


「実は、小野がまだ帰ってきていないんだ。僕達の世話をしてくれている騎士の話によると、今は王宮の地下牢にいるらしい」

「ふーん、それは大変だな。何をやらかしたんだ?」

「てめえのせいだろうが!! てめえがアキラをぶっ飛ばしたのに、なぜかアキラの方が暴行罪で捕まってんだよ!!」

「いや田村、君も見ていただろう。先に攻撃したのは小野の方、というより、明らかに剣を抜いて鹿島を殺そうとしていた。あれは確かに小野が悪い」

「だとしても、ぶっ飛ばされたのはアキラの方だ!! なのに、なんで鹿島は御咎めなしってのはおかしいだろうが!!」


 そんな乱暴な、と言いたいところだが、これに限っては一理ある。

 オルネシア王国、というよりもこの世界共通のルールと言っていいんだが、争いにおける基本的な解決方法は、喧嘩両成敗。

 つまり、一対一で殴り合いをしていて官憲に捕まった場合、理由のあるなし、どちらに正当性があるかにかかわらず、原則的に同じ処分を下すという考え方だ。

 今回の場合、斬りかかってきた小野と同じく、反撃した俺も地下牢入りしているべきだと、田村は言っているわけだ。

 とはいえ、さすがにオルネシア王国のように法整備がしっかりしている大国なら、ある程度両者の言い分を聞いた上で裁きを下すんだが、それでも事情聴取と反省を促すためにも一晩は牢屋で大人しくしてもらうのが慣例だ。

 ただし、喧嘩両成敗が適用されるのは、双方が同じ身分の場合だけ。

 この場合、俺と小野の立場の違いを考えると――


 なるほど、三谷達の目的が読めた。


「あー、説明が難しいんだが、俺は国王にちょっとした貸しがあってな。まあ、おおよその事情も伝わっているみたいだったし、気を利かせて不問にしてくれたんだろう」

「なるほど。ちなみに、その貸しの内容を教えてもらえたりは……」

「言っただろう、説明が難しいって」


 実は五百年前の先祖が王様になるのを手伝いました、なんて言っても信じてはもらえないだろう。

 文法的にもなんか誤解されそうだし。

 まあ誤解されたとしても問題なさそうだが。


「いい加減にしろよ鹿島!! さっきから人が下手に出てやれば付け上がりやがって!!」

「おい田村!!」

「やらせておけよ、委員長。田村が勝つ可能性だってあるかもしれない。そうなれば、鹿島も少しは言うことを聞くだろうさ」

「ああもう、目黒も焚きつけるなよ、鹿島とは話し合いに来たはずだろう!!」


 話し合いが目的というなら、確かに人選ミスだ。

 体育会系に文化系にクラス委員長、一見バランスがよさそうだが、肝心な時に場を収められないようじゃ意味がない。

 そういえば三谷は、クラス委員長としては真面目過ぎて、いつも貧乏くじを引かされていた。

 異世界に来てからも、損な役回りは変わっていないらしい。


「アキラにやられて引きこもってた陰キャが、スカしてんじゃねえぞ!!」


 大いに誤解があるが意外と的を射ている田村の挑発を聞き流しつつ、右人差し指を一本立てて、田村に向ける。

 それだけで、今にも殴りかかってこようとしていた体育会系の動きが止まった。


「う、ううう……」

「動けるか? 動けないよな。お前に向けているのはただの指だが、それでも眼球を潰すことくらいはできる。ここでいうできるってのはあくまで理論上は可能って意味以上でも以下でもないんだが、俺が本気だってのはわかるよな。これ以上踏み込めば、確実に自分が失明することも」

「ぐ、ううううううううう……!?」


 俺の言葉を聞いているうちに田村が震え始め、白目を剥きかけたところで人差し指を引っ込めると、大柄な体育会系の体は操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。


「た、田村、どうしたんだ、なにがあったんだ!?」

「鹿島、まさか魔法を使ったのか……?」

「仮にも王宮の中だぞ、使うわけがないだろう。そんなことをすれば不寝番の騎士が飛んできて、大騒ぎになる」


 実際には王宮の騎士程度になら気づかれずに魔法を行使できないわけじゃないんだが、その説明は省くとして。


「三谷、小野を釈放するように俺の口から国王に嘆願してくれってことなら、悪いが諦めてくれ」

「それは、鹿島が小野を憎んでいるから、ってことか?」

「逆だ、小野のことを何とも思っていないから、情に訴えるやり方ができないだけだ」


 どんな理由があろうと王宮内で暴力を振るえば、オルネシア王国でなくとも罪に問われることになる。

 元の世界の小野は、高校生にして勝ち組の人生を歩み、多少のオイタは見逃され、好き勝手が許されてきたんだろう。

 だが、この世界のルールを覚えないうちは今まで通りとはいかない。

 かつての俺のように、小野に迷惑をかけられてきた奴も一人や二人じゃ利かないだろうから、これを機に少しは更生してくれるといいんだが。


「お前らに助けを求められた俺は、お前らが見捨てた藤倉さんを助けるので精いっぱいなんだ」

「それはどういう意味だ?」

「さあな、俺にもまだ分からんが、明日にもはっきりするだろうさ。そういうわけだ、もう帰れ」

「で、でも鹿島……」

「帰れ」


 一度目は多少同情的に、二度目はきっぱりと拒絶の意思を込めて、三谷を見る。

 その思いが通じたのか、あるいは田村のようになるのを恐れたのか、さっと顔を背けた委員長。

 そして、得体の知れないものを見るような眼をしていた目黒と二人、まだ意識が戻っていない田村の両肩に二人で手を回して、ゆっくりと自分達の寝床に戻っていった。


 ……すっかり目が冴えてしまった。

 気が落ち着くまで、素振りでもするか。

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