14 抜刀、そして風
(勝った、ついに魔導士が剣士を超えるのだ!!)
剣か杖か。
この世界で力を求めようとすれば、必ずと言っていいほど一度は行き着く選択だ。
実際には数多ある武器の一つ、もとい二つに過ぎないのだが、剣を扱えない槍使いはいないし、杖に魔力を通せない錬金術士はいない。
その起源は初代の勇者と聖女と言われ、時に助け合い、時に競い合うことで世界は繁栄してきた。
その風向きが変わってきたのは、いつの頃からか。
少なくとも、ケンブリウスが魔導士の才能を認められた時には、オルネシア王国は剣士の国になっていた。
魔導士が剣士の風下に立たされた理由、それは『対魔刃』の確立と普及に他ならない。
何百年も前に使われたという神技を、王宮と大貴族が中心となり長い年月をかけて研究した結果、オリジナルに遠く及ばない出力ながらも基本効果の模倣に成功した。
それが、武器に魔力を通すことで魔法を相殺、無力化させる対魔刃であり、長く続いた剣と杖の均衡を崩すことになった。
魔法の利点は、遠距離かつ広範囲を一度に攻撃できると同時に、一点集中の強力無比な一撃も可能とする、汎用性の高さにある。
その代償として魔法の発動に必要な詠唱の時間と、武器と呼ぶには許ない杖の装備を必要とされたが、剣士には為しえない奇跡を起こす魔導士は確かな役割と地位を維持してきた。
だが、接触した魔法をその武器に込められた魔力によって打ち消すことが可能な対魔刃は、魔導士のアドバンテージを根底から覆した。
魔力に拠らない戦いになれば、日ごろから体を鍛え命のやり取りの間際に身を置く剣士と、基本的に安全な距離から詠唱と魔力の操作に専念する魔導士のどちらに分があるか、火を見るより明らかだ。
そうして生まれた価値観はオルネシア王国でも広まり、重要なポストはすべて帯剣した騎士で占められ、魔導士は王宮の片隅でかろうじて息をしているだけの閑職に追いやられた。
時は流れて現在、突出した魔法の才能で王宮魔導師団の師団長に異例の若さで抜擢されたケンブリウスだったが、近衛騎士団に全幅の信頼を置いているオルネシア王家には、密かに強烈な不満を抱いていた。
そんなケンブリウスの前に現れたのが、常に第一王子の陰に隠れて存在感が薄いと評判の第二王子、ラングレンだった。
ラングレンは、王家の秘宝『慈愛の恩寵』の管理を王宮魔導師団に任せることと引き換えに、自分に忠誠を誓うように要求してきた。
いわば現国王への謀反とも取られかねない誘いだったが、またとない機会に欣喜雀躍したケンブリウスは二つ返事で快諾した。
使用者に無限の魔力を与えるとされる『慈愛の恩寵』は、その危険さゆえに長くオルネシア王家が封印してきたが、神が造ったと伝えられるこの秘宝が本物ならば、近衛騎士団を権力の座から引き摺り下ろして王家からの信頼を奪うことも容易いとケンブリウスは考えた。
その手始めに『慈愛の恩寵』の試しを兼ねて賊の討伐に加わったのだが、思わぬ難題が待ち受けていた。
(まさか、ロムフェールの神童と呼ばれるエリア=ロムフェールが同行しているとは。公爵家と敵対するなど、事後処理を考えるだけで頭が痛いが、すでに王になった気でいる馬鹿王子をうまく煽てて操るしかないか)
たとえ第二王子の後ろ盾があろうとも、王国内外に広く影響力を持つロムフェール公爵家を敵に回すとなると、自ずと慎重にならざるを得なくなる。
だが、すでに勝利を確信していたケンブリウスは、エリア=ロムフェールを人質に取った後のことに思考を使い始め、わずかに残ったリソースで決着の言葉を吐いた。
「エリア=ロムフェールと聖女を捕らえよ。男の方は殺して構わん」
『フレイムジェイル』は狙った相手を確実に無力化すると同時に、内部に影響を及ぼすことなく周囲に強烈な炎をまき散らすことも可能な魔法だ。
制御が完璧ならそんな副作用は起きないのだが、あえて魔力を乱すことで対象以外の邪魔者を排除する、一挙両得の効果を得られる。
その効果を熟知している師団長の言葉で、同様に剣士に深い憎悪を抱く王宮魔導士たちが、無慈悲な魔法を放つ。
炎の檻の対象者は火傷一つ負わないが、その周囲は動物植物の区別なく焼かれ、その命を散らすことになる。
やがて魔力が満ち、炎の渦が庭園を焦がし始めようとしたその時、
ケンブリウスは見た。
美しい、そんな陳腐な言葉しか浮かばないほどの、無駄のない所作。
エリア=ロムフェールでも、聖女でもなく、近衛騎士を破って以降全く動くことのなかった黒髪のエルフが木剣を手放す代わりに片刃の剣を引き抜いた。
いつ左足を引き、マントに隠されていた得物、異なる世界で日本刀と呼ばれる剣の柄に右手が添えられたのか、確かに視界に捉えていたはずのケンブリウスは気づけなかった。
川がせせらぐように、春風に野花がそよぐように、天地開闢の時から決まっていたかの如く自然の摂理に従った抜刀に、心が奪われた。
次に目を見張ったのは、鞘から引き抜かれた刀身。
一言で表せば、黄金。
ただし、王侯貴族を飾り立てる装飾品のそれではない。
ケンブリウスは知らなかったが、それは年に一度だけ実りの時期を迎えた稲穂が夕焼けに照らされることで初めて目にすることが叶う命の輝き、それが一本の刀身に凝縮されていた。
あれが欲しい。
ただその一念が浮かんだ瞬間、ケンブリウスの呪縛は解かれ、配下の魔導士に奪取の命を下そうとしたが、誰一人として黒髪エルフの存在を認識しておらず、今まさに詠唱を紡ぎ終えたところだった。
『フレイムジェイル』
「馬鹿な、お前たちにはあれが見えんのか!? 詠唱を止めろ、あの剣を奪うのだ!!」
慌てふためくケンブリウスだが、すでに詠唱は完了していて、今は魔法の発現の最中。
単独ならいざ知らず、多くの魔力が混ざり合った複合魔法を解除する術はなく、もはや庭園が炎の海に包まれる未来を覆せない。
――ただ一人を除いては。
抜刀後も緩やかに上がり続けていた刀身が頂点に達した刹那、その呟きは誰も彼もの耳に届いた。
『風よ』
すさまじい勢いで巻き起こった大気の流れが炎の檻も王宮魔導師団の魔力も吹き飛ばし、庭園に色とりどりの花びらが舞い踊る。
突如発生した嵐によって決着の一手が失敗に終わったことで、ようやくケンブリウスが我に返った。
「なにをしている、早く次の詠唱を始めろ!! この際、聖女が死ななければ手段は問わん、さっさと奴を殺せ!!」
「そ、それが師団長……」
「ぐずぐずするな!! 詠唱を――」
「ま、魔力が、魔力が枯渇しました。おそらくは、この風によって魔力だけが吹き飛ばされたかと……」
「ふざけたことを言うな!! 『慈愛の恩寵』がわが手にある限り、魔力が枯渇するなど……」
そこまで言ったところで、事態把握のために全力で回し続けていたケンブリウスの思考が、一つの記憶に行き当たった。
ある、あるのだ、剣の使い手でありながら、極めて短い詠唱で魔導士の力を根こそぎ奪い去る神技が。
ただしそれは、五百年前の建国戦争においてのみ、オルネシア王国に伝わっている伝説で――
「き、貴様、まさか、まさかまさかまさか!!」
「見誤ったな、ケンブリウス王宮魔導師団長。よりにもよって剣聖カシマ様に杖を向けるなど、オルネシアの民が最も侵してはならない禁忌を、貴殿は侵した」
「剣聖だと!? そんなカビの生えた伝説など誰が信じる――」
「ほら、余所見をしていていいのか?」
エリア=ロムフェールの言うように、気を逸らしたつもりはない。そもそもずっと視線を外していないのだ。
だというのにケンブリウスの目の前には、右手に黄金の刀、左手に木刀を携えた黒髪のエルフがいつの間にかに立っていて、
「それはカイゼルのものだ、返せ」
左手からの閃きが見えたかどうか。
手加減された打撃を腹に受けたケンブリウスは、己の野望と意識を手放した。




