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余命100年の転生エルフはもう一度好きと伝えたい  作者: 佐藤アスタ


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11 王宮正門前

 行きの馬車と違って徒歩での移動だったが、道に迷うことはなかった。

 最初は一人で辿り着けたわけだし、そもそも王宮は目立つことが役割みたいなところがある場所だ。

 ただ、俺のせいで再び恐怖を二度も体験する羽目になった正門の門番に関しては、気の毒に思わないこともない。


「おい嘘だろ、やめろやめろ来るんじゃねえ、俺たちに何の恨みがあるっていうんだ、こちとらついさっきまで上司に散々絞られてこれ以上問題を起こしたら辺境のド田舎送りにしてやるって脅されたばかりなんだよ、ただでさえ給金が少ねえっていうのにどうやって生活すりゃいいってんだ、それどころか嫁に愛想つかされちまうだろうが、だから来るないや来てもいいが頼むからさっきみたいな真似はやめろおおおおおおおおお!!」


 愛用の木刀が演出した本日二度目の破砕を止めることこそなかった。

だが、若干の非難の色が込められた眼差しを俺に向けてきた、ロムフェール公爵家所有の治癒術士用の装束に着替えた藤倉さんに、思わずこう思わずにはいられなかった。


 やめて、本気でくじけそうになるから。


「鹿島くん……」

「いいんだよ、藤倉さん。門番は門を守ることだけが存在価値なんだから。仕事が出来なければ配置転換されるのは世の常だよ」


 どこから持ってきたのか、ややサイズの合わない木製扉で応急処置を済ませていた正門を通るには、再びの実力行使以外に俺たちが王宮に入る術はなかった。

 門番には悪いが、誰かが運を掴み取るには誰かの運を奪う必要があるのが世の中だ。

 なに、人間生きていれば何とかなる。異世界で九百年も頑張って生きている俺のように。


 それはそれとして。


「藤倉さん、ここで引き返すのはどうかな」

「それって、この先は危ないってこと?」

「いや、それは心配しなくていい。何があっても俺が完璧に守るから」

「じゃあ……」

「この先は、藤倉さんにとってつらい現実が待っているかもしれない。いや、確実にそうなると俺の勘が言っている」


「……それは、九百年の人生経験からってこと?」


「今なら、俺たちの後をずっと付いてきている連中に保護してもらえる」


 そう言いながら振り返り、物陰に潜んでいる心算らしいが全く潜んでいない、ロムフェール公爵家の騎士たちの影を確認する。

 特に、女性用騎士鎧の一部が曲がり角から出ている騎士はひどい。あの脳筋な感じ、エリア以外にあり得ない。

 公爵邸前で交わした会話は何だったんだ、って話だが、藤倉さんを任せるならこれ以上の護衛はいない。


「どうするかは藤倉さん次第だ。どっちを選んだとしても、俺は藤倉さんの意思を尊重する」

「それなら、鹿島くんに――」

「ただし、場合によっては世界を敵に回すかもしれない」

「それって、どういう……?」

「憶測でものを言いたくはないんだ。だけど、俺の考えている通りなら、藤倉さんはこのままロムフェール公爵家に保護してもらえば、一番傷つかずに済む」


 世間知らずの自覚がある俺でも、常識として押さえておくべきおよそは網羅している。

 この世界の成り立ち、神話と神々の名前、各国の歴史と特色、そして『勇者と聖女』。

 人族の希望の象徴という意味じゃ似たようなものだが、二者のの役割は異なる。

 単にヒーローとヒロインというおとぎ話のような関係などでは決してなく、その運命の過酷さを思えば軽々に口にできないと知っている。

 そして、今も思いを寄せている目の前の女の子がどう答えるかも。


「私は、私のことは自分で決めたい。そのために鹿島くんに迷惑をかけるのは申し訳ないんだけど、一緒にきてくれる?」

「もちろん」


 そのために九百年も待ったんだ、と続けるのはさすがに重すぎるので胸の中にしまい込んだところで、


「監視が目的じゃないだろう、そろそろ姿を見せろ」


 決して大きくはない俺の声に呼応して姿を現したのは、正門近くの植栽や柱の陰に隠れていた、複数の気配。

 衛兵、召使い、女官、掃除夫など、服装はバラバラだが、尋常じゃない目の鋭さがよく似ている。

 人殺しに何の忌避も感じない、闇の世界の住人に共通する特徴だ。


「見ていたぞ、貴様の戦いぶりを」


 二十人ほどの集団の中で唯一口を開いたのは、フルフェイスの兜で顔を隠した騎士。

 どうやらこいつが頭目らしい。

 全員出てきたところで目的を問いただそうととしたところで、とんだお邪魔虫がしゃしゃり出てきた。


「貴様ら、近衛騎士団庭園隊だな!」

「エリア=ロムフェールか。御前試合で我に敗北した恥でも雪ぎに来たか」

「抜かせ! 常に陛下の御側で影警護に就いているはずの貴様らが、なぜこんなところにいる!」

「第二王子殿下から近衛騎士団長になりたくないかと誘いを受けてな。王国から実力を正当に認められず、影の存在に甘んじているのもいい加減に飽きたのだ」

「おのれ、騎士の本分を忘れたその言い様、許せん、斬る!!」

「斬るな。そして調子に乗るな」

「ぐっ、も、申し訳ありま、せん……」

「まあいいや、それよりも藤倉さんを頼む。ついでに、戦いを見ないように遮っておいてくれ」

「か、かしこまりました……!!」


 尾行の振りすら忘れて、俺と藤倉さんの前に出て騎士と問答を繰り広げたエリア。

 そこまでなら何とか目を瞑るとしても、脅しではなく剣を抜こうとしたその右手に軽い一撃を入れて阻止する。

 しばらくの間しびれが残るだろう右手を庇いつつ(うずまく)ったエリアが何とか頷くのを確かめて、素顔を隠した騎士と対峙する。


「貴様が、殿下が仰っていた狼藉者か。我と出会わぬうちに王都から逃げ出せばよかったものを」

「後腐れがないようにケリをつけておきたいんでな。第二王子に会わせてもらおうか」

「一対一の勝負で狼藉者の首を取り、聖女の身柄を押さえるのが出世の条件なのでな。貴様に選択肢はない」

「なるほど。だが、御庭番の頭目にしては気配の絶ち方がお粗末だな」

「なんだと!?」



 ~~~



 近衛騎士団庭園隊という役職は、実はオルネシア王国の組織一覧に記載されていない。

 王宮内外に密かに人員を配置し、些細でも異変があれば徹底的に調査し、対処する。

 彼らは王命なくして裏の役目を務めることは決してなく、国王から直に命を受ける隊長のみが、組織の存在を証明している。

 その庭園隊の長が王国随一といえる実力を御前試合で明らかにしてしまったことが、影の本分を逸脱した遠因と言える。


「聖女を確保せよ。他は始末してかまわん」


 近衛騎士団庭園隊は、騎士であって騎士ではない。

 正々堂々とした一騎打ちに意味はなく、ただ隊長から与えられた任務の完遂のみを名誉としている。

 毒の暗器の使用は当たり前、表の顔を公衆の面前で晒すことでのちに起きるであろう身の破滅に関しても、一切の逡巡(しゅんじゅん)も見せない。

 そんな情け容赦のない攻撃は、たとえ剣の達人であろうともわずかな動揺を生み、致命的な隙となる。

 ましてや、今回は庭園隊勢揃いでの総攻撃。必要ならば赤子を盾にすることに何の迷いもない暗殺集団の勝利への確信は、


「人生経験上、お前らみたいな手合いには手加減しないことにしている」


 カシマの周囲に吹き荒れた黒い嵐によって、彼らの生命ごと砕かれた。


「ば、ばかな、何が起こったというのだ!?」

「釈迦に説教だろうが、たかが木刀も当たりどころが悪ければ致命傷になる。頭、咽喉、内臓、股間。だがそれ以上に危険なのは、突きだ。一通りの剣術を収めた奴が素人を相手にするなら、生かすも殺すも自由自在。だから、稽古中の突き技を禁止している流派も多い」

「それがどうした――まさか……!!」

「暗殺者は口の中に暗器を仕込んで、相打ち覚悟で使ってくる奴も多いんでな、全員の咽喉を頸椎ごと突かせてもらった。生きていたら奇跡だと思ってくれ」

「……庭園組が全滅だと、こんなことがあるはずがない!!」


 影の者である庭園隊の猛者たちを相手に、咽喉だけを正確に狙っての蹂躙劇。

 倒れ伏している配下達のことごく、その首がおかしな方向に曲がっている光景をその目で見なければ、隊長も決して信じることはなかっただろう。

 錯乱した勢いで漆黒に艶消しの加工を施した剣を抜いた、ように見せかけた暗殺者の心の内は、真冬の凍り付いた湖のように冷静だった。


(手足となって動く配下を失った我が第二王子に取り入るには、この狼藉者を討ち取った上で聖女を確保するしかあるまい。だが、背後に控えるエリア=ロムフェールとその騎士共が厄介だ。ここは一撃必殺に賭け、その後でエリアと取り巻きを始末するか)


 どうせエルフの剣術など手慰み程度。

 純粋な戦闘力は未熟な配下達は油断しただけで、おそらくは小さな魔法の発動を見逃したのだろう。

 ともかく、あの得体の知れない狼藉者を倒せば、あとは実力の知れた相手ばかり。

 庭園隊の隊長が短い思考で決めつけたのは早計以外の何物でもなかったが、かといって熟慮した末に『剣聖』という埒外の存在を思い出したとしても、やはり意味はなかっただろう。

 彼我の差は、剣聖の技量も感じ取れないほど隔絶していたのだから。


「もらった!!」


 先手必勝とばかりに抜いた剣を流れるような動きで振り上げ、迅速果敢に落とそうとした瞬間、隊長は不思議なものを見た。

 隙だらけに構えられていた木刀がひとりでに動き出したかと思うと、代々庭園隊隊長に伝えられていた漆黒の長剣に蛇のように絡みつき、あっさりと圧し折ってしまった。


「貴様は……」


 その言葉の先に何を紡ごうとしたのか、続け様にカシマが放った首筋への打撃で前後の記憶ごと刈り取られた隊長に、ついぞ思い出す機会は訪れなかった。

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