10 公爵邸正門前
「カシマ様、なぜこのようなところに!?」
「ロムフェール公爵、悪いがちょっと手を出させてもらう」
「……承知いたしました」
「いいのか、止めなくて。公爵にも立場があるだろうに」
「剣聖の風吹き荒れる中、決してその道を阻む事勿れ――というのが、初代以来のロムフェール家の家訓でしてな。なにより、師の為すことに弟子が口を出すことなどあってはなりますまい」
「恩に着るよ、ロムフェール公爵」
「剣聖カシマ様の出陣である、正門を開けよ!!」
ご注進が入ったのか、護衛騎士に囲まれて正門前の天幕から慌てた様子で出てきたロムフェール公爵。
だが、俺の意思を告げると打てば響くような対応で命令して、守りの要である正門をあっさりと開けた。
「ああ、門は、俺が外に出たら閉めてもらっていい」
「いや、しかしそれでは……」
「構わぬ、カシマ様の言う通りにせよ」
「ははっ」
さすがは公爵家の正門、軋むことなく静かに閉じる気配を背後に感じながら、目の前を埋め尽くす王国軍に向かって、ゆっくりと木刀を構える。
「さてと、第二王子を出してもらおうか」
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実のところ、王都直轄軍がロムフェール公爵邸を包囲するという前代未聞の大事件は、表面上は穏便に進行していた。
周囲の諫めも聞かずに王都兵一万の出動を命じた第二王子の面子こそ立てたが、実際に動きといえば王宮の文官の中から選ばれた交渉役が公爵邸の通用門を出入りするのみという、あくまでも話し合いで解決しようという努力が見られた。
ただし、平和的決着を目指しているのは交渉を担当する文官だけで、聖女奪還のためなら実力行使も辞さない第二王子とその派閥の貴族と、不穏な空気を敏感に察知して徹底抗戦の構えを見せるロムフェール公爵との対立は深刻さを増していき、両者の衝突は避けられないだろうとの見方が大勢を占めていた。
そして、王都直轄軍を率いるという貧乏くじを引かされたルヴェド将軍もその一人だった。
この時までは。
「急報、急報!!」
「どちらだ、どちらが先に動いた!?」
戦いが避けられないからといって物事の順序を間違えると、その責任が現場に押し付けられるのは世の常だ。
それでも可能な限りで災いを避けようと方々に物見を放っていたルヴェド将軍だったが、その成果は想定外の形となって現れた。
「いえ、ロムフェール公爵側からと言えなくはないのですが……」
「はっきり申せ!」
「こ、公爵邸の正門から一人の男が現れ、わが軍に対して襲い掛かったようです」
「ふん、大方、抑えの利かなくなった騎士が愚かな真似に出たのだろう。それで、生かして捕らえたのだろうな?」
「それが、未だ捕縛には至っていないようで……」
「なんだと、まさか殺してしまったのではないだろうな!?」
「そ、それが、全くの逆と言いますか……」
「意味が分からん、はっきりと申せ!!」
「こ、拘束しようとした騎士のことごとくを薙ぎ払いながら、こちらに向かってきております!!」
将軍という地位に納まろうともそこは騎士、青ざめた物見の報告が終わらないうちに天幕を飛び出したルヴェド将軍は、次の瞬間に金縛りにあったように立ち尽くした。
表現するならば一陣の竜巻。
ルヴェド将軍が指揮を執る天幕の前方に展開した、王都直轄軍。それが突風に攫われるようにように次々と吹き飛んでいた。
宙に舞い落ちていく兵士や騎士の体から血しぶきが上がっていないのが唯一の救いといえば救いなのだが、混乱の極致にある今のルヴェド将軍にそこまで観察する余裕はなかった。
「……なんだ、あの魔法は。魔導士部隊は何をしている、このような時のためにいるのではないのか!!」
「将軍、残念ながらあれは魔法ではありません。ただの木剣によってあのように吹き飛ばされているので、魔導士部隊も手を出せないのです」
「あれが純粋な剣技による現象だと、そんな馬鹿なことがあるものか!?」
「これ以上は、御自身の目でお確かめになる方がよいかと、では、私は上官に報告しますので、これで」
「お、おい、貴様逃げる気か!?」
復命を口実にこの場から逃げるように去っていく物見を止めようとした、ルヴェド将軍。
その手が肩をつかもうとした瞬間、突進する猪のごとく転がってきた一人の兵士に体当たりされた物見が地面に倒れ込み、頭でも打ったのか諸共に気を失った。
驚いたルヴェド将軍が振り向くと、そこには腰に曲刀のような細身の剣を差し、似た形状の木剣を片手に下げる長耳の男が。
「き、貴様、エルフか……!?」
「ん、そういえばマント、忘れてたな、まあいいか。で、あんたがここの大将か。逃げていなくて手間が省けた」
「だ、誰か、この曲者を捕らえよ!! 抵抗するならば手足の一歩や二本、斬り落としても構わん!!」
ざりっ、と砂利を踏みしめたカシマが前に出た瞬間、ルヴェド将軍の合図とともに天幕を護衛していた騎士四人が、すでに手にしていた剣を振りかざして一斉に動いた。
彼らは将軍を守る最後の盾であり、数多いる王国騎士の中でも選りすぐりの精鋭で構成される。
その訓練に訓練を重ねた完璧な連携を無視して将軍に迫るのは、十倍の兵力を用意しても困難だと高く評価されている。
ルヴェド将軍との会話中に迅速に動いた、半包囲からの一糸乱れぬ攻め掛かり。
同時に襲い来る四つの刃に対して、カシマはルヴェド将軍への歩みを些かも緩めなかった。
「ばかめ、その不用意な動き、隙だらけだ!!」
四人のうち、誰が言ったか。おそらくは全員が同じ考えだったことだろう。
それを証明するように、それぞれ両の手足を狙う四人の護衛騎士の攻撃は全くの同時。
仮に、カシマの迎撃が間に合ったとしても、いずれか一人に対峙すれば残りの三人には無防備な姿を晒さざるを得ない。
多対一という絶対的な不利の中、当然至極の結果を待つばかりだったその戦いは――
「逆だ、お前らの方が隙だらけなんだよ」
ここにきてもなお歩みを緩めなかったカシマの無造作な木刀の振り回しで生まれた音は、四つ。
ルヴェド将軍が次に見たのは、護衛騎士達が自分の足元まで吹き飛ばされ、うめき声一つ上げる間もなく気を失った光景だった。
「我が護衛騎士を一蹴しただと? こやつらの剣は確かに貴様を捉えていたはずだ!!」
「俺の隙を突いたつもりだったんだろうが、それは同時に自分の隙を晒す行為でもある。そこに気づいてからが本当の修行なんだが、こいつらはそれ以前の問題だな。連携に自信があったようだが、数と力に頼りすぎだ」
「お、おのれ。ならば私の剣を受けてみろ! カシマ=オルネシア流剣術免許皆伝の腕、まだまだ錆びてはおらんぞぶるべしゃあ!」
その台詞がどれほどの恥だったのか、ルヴェド将軍は知る由もない。
いわば路傍の石が自らを生んだ霊峰に挑むような暴挙なのだが、それ自体が直ちに愚かと決めつけられるわけではない。
だが、己の由来を知ることなく神に唾吐くような言葉を放ったルヴェド将軍には、肩、二の腕、手首への三連撃に、全身が痺れるような腹へのとどめが打ち込まれ、任務の失敗を決定づけた。
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「カシマ様、これは一体……」
「とりあえず、その辺にぶっ倒れてる連中の介抱を頼んでも構わないか? 一応、重傷者はいないはずだ」
ロムフェール公爵の指示だろう、数十人の騎士を連れたエリアが俺のところまで追い付いてきた頃には、戦いはほとんど終わっていた。
木刀で叩きのめした王都直轄軍は、騎士を含めて百十二人。
全体からすると極一部ではあるが、将軍が討ち取られた(死んではいないが)以上、立て直しは簡単なことじゃない。
これならロムフェール騎士団が介入すれば事態の収拾も容易だろう。
と思って一歩踏み出そうとしたところで、エリアに呼び止められた。
「カシマ様は、これからどうなされるのですか?」
「俺か? 俺はちょっと直談判に行ってくる」
「どなたに、とは聞くまでもありませんか」
「第二王子の所にな。少しばかりオルネシア王国を引っ掻き回すことになる。悪いが、公爵にはよろしく言っておいてくれ」
「御心のままに。なにかございましたら遠慮なく、我らロムフェール公爵家にお申し付けください。万難を排して駆けつけます」
事態の収拾にロムフェール公爵家の騎士たちが駆け回る中、片膝をついて礼を取るエリアに背を向ける。
……そういえば、第二王子がどこにいるか分からないな。
今さらエリアに聞くのも恥ずかしいし、とりあえず王宮にカチこんでみるか。
そう、ひとまずの方針を決めたところに、
「待って鹿島くん、私も連れて行って!!」
エリアの向こうを張るわけじゃないが、万難を排しても駆け付けたい唯一の人、藤倉さんの声が俺を呼び止めた。




