1 告白
うちの家系図の始まりになっている江戸時代じゃ、武士が木刀を携帯していると剣術の修行者だと思われたらしいが、この世界では何年前からこの常識が通用するようになったのか、俺は知らない。
少なくとも転生した直後の頃は、こうじゃなかったはずだ。
こんなものでも腰に差しておくだけで、ここまでの旅路が比較的穏やかなものになっていると感じるのは、ちょっと考えすぎだろうか。
まあ、現代日本とは比べるべくもない。
この世界のなにもかもと、俺の長い長い第二の人生は。
「鹿島くん」
これは、人ならざる身になった俺が想い人のために剣を捧げる、余命百年の物語だ。
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「止まれ、通行証を見せろ」
ここオルネシア王国は、大いなる儀式の成功に沸き立っていた。
人族に仇なす魔族殲滅を悲願とした聖旗連合の主要国に数えられるオルネシア王国は、近年の劣勢を挽回しようと、王都オルネスの地下を流れる大いなる魔力の流れ、龍脈が活性化する千年に一度の好機を利用して、異世界に助力を求めた。
勇者召喚。
国教である聖旗教が擁する神託の巫女によると、長きに亘って魔族の侵攻に脅かされる人族を救うには、異なる世界に存在するとされる勇者、聖女を招くしかなく、素質ある異世界の者を召喚せよと神の啓示を伝えた。
もちろん、世界の壁を超えるには人知を超えた力が必要であり、その準備のために王国の国力を一割ほど消費した(財力と魔力の両方で)と、まことしやかに囁かれている。
それだけに、勇者召喚の成功は王国を挙げての慶事として、王侯貴族や騎士だけでなく平民に至るまで、祝いの宴に酔いしれることを許されていた。
「だからって、ここまで警備がザルになることもないけどな。俺が変身した魔族だったらどうする気なんだ?」
「おいお前、なにか言ったか?」
「いや、なにも」
「ならさっさと通れ。っとその前に、ここを通りたければ、わかってるよな?」
現在絶賛ニヤニヤ笑いの男に絡まれているが、ここは裏通りの物陰じゃない。
歴とした王国の中心、王都のどこからでも見ることができる尖塔がある、オルネシア国王が住まう王宮だ。
その王宮の顔というべき正門を守る門番が、手にしている槍をちらつかせて脅しをかけてきた。
有体に言うと、これ以上ないほどのあからさまな賄賂の要求だった。
途中立ち寄った辺境の村でもお祝いムードだったから浮かれる気持ちはわからなくもないが、それでいいのか、王宮の門番。
「ま、見るからに貧乏旅の修行者に大した期待もしてないが――うっ」
「無駄を承知で言っておくが、剣士に武器を向けたお前が悪いんだからな」
なけなしの金を非公式の通行料として要求されるのは、まだ我慢できる。
だが、手慣れた様子で槍の柄で器用にマントの裾を開いて見るなり、金づるを見つけた目をしたからには放っておけない。
木刀を持っていない方の右拳を、門番の右脇腹にハーフプレートの隙間から突っ込んで悶絶させる。
そしてよろめいた隙に背後に回って首筋に手刀を打ち込むと、門番は眠るように気を失った。
やれやれ、王宮に入る前からこれか。
この先が思いやられるな。
目覚めないように不届きな門番をゆっくりと門柱に寄り掛からせると、正門から少し離れた位置にある詰め所らしき建物から仲間が出てこないことを確認して、さっさと門を通過する。
正面玄関をを横切って、事前に聞かされていた裏口の一つの前に立ち、計六回、不規則に叩く。
すると扉の鍵が外れる音がして、静かに開いた。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
現れたのは、一目で特注とわかる騎士鎧をスマートに着こなした若い女性。
マントとフードですっぽりと覆った姿の俺を怪しむこともなく中へと招き入れて、そのまま一直線に伸びる通路を歩き始めたので、少し後ろからついていく。
石の柱と漆喰の壁が無機質に並ぶ景色が続いたところで、女騎士の背中越しに声がした。
「このような出迎えになってしまい、申し訳ございません。本来ならば王宮を挙げて歓待するところなのですが……」
「こっそり入らせてくれって頼んだのはこっちだ。気にしないでくれ」
「いえ、父からもくれぐれも粗相のないようにときつく命じられております」
「いや、道案内以外で迷惑をかけるつもりはないから」
「では、何かありましたらいつでもお申し付けください」
「うん、ありがとう」
そんな会話を繰り広げていると再び小さな扉にたどり着き、そこを抜けると、広大な中庭を囲むように回廊が左右に伸びていた。
「ここからはお静かに」
俺のマント姿が王宮で目立ちすぎる自覚はあるので、忠告する女騎士を無言で追う。
時々すれ違う衛兵や召使いを気にしつつも、視線は合わせないように。
そう思って、主に中庭を眺めているが、一向に記憶が喚起されない。
昔、間違いなくここを通ったはずなんだがな。
「どうかされましたか?」
「いや、見事な庭園と回廊だと思って」
「四季ごとに盛りの花々を植え替えていますが、この回廊は五百年前の形を保っているとか。我が王国の自慢の一つです」
「そうなのか。足を止めて悪かったな、先を急ごう」
……確か、あの時ものんびり見物するような状況には程遠く、景色を愉しむ余裕もなく後にしたような気がする。
今回は同じ轍を踏むことにならなければいいが。
「こちらからなら、あまり目立たずに入れるはずです」
「ありがとう。ええっと――」
「エリアです。ロムフェールの子、エリアです」
「ああ、うん、覚えておくよ、エリア」
女騎士のやや圧のある自己アピールに何とか返事をして、さらに歩くこと数分。
回廊を少し外れたところにある、ホールと思しき大きな建物の前で立ち止まったエリアは、
「私の案内はここまでです。正面玄関から見て、右から三番目の扉を四度、ノックしてください。仲間が引き入れる手はずになっています」
「わかった。じゃあ、騎士エリア、ありがとう」
「感謝の言葉はすでにいただきました。それよりも、ご武運を」
その言葉に頷いてから背を向け、教えられた扉の前に立つ。
緻密な彫刻が施されたドアノッカーで叩くこと、四回。
音もなく開いた扉の向こうに体を滑り込ませると、完全装備の騎士が小さく頷いて、視線をある一点に向けた。
そこにいた集団、人垣の中心にある顔が一瞬見えた瞬間、俺の体は勝手に動いていた。
「なんだ、あのマントの男は?」
「おい、不審者が紛れ込んでいるぞ!!」
きらびやかに着飾る招待客ばかりのホールで、旅塵にまみれたマント姿に注目が集まらないわけがなく、四方八方から尖った視線と声が突き刺さるが、そんなことに構っていられない。
わずかな隙間をすり抜け、マントを掴もうとする手を振り払って、人垣の中に割り込む。
その中心にいるのは、白を基調とした清楚系のドレスがよく似合う、やや茶色がかった黒い瞳を持つ少女。
吐いて、吸って。
一度だけ大きな深呼吸をして心を落ち着けて。
何万回、何百万回と心の中で繰り返してきたあの言葉を、万感の思いを込めて紡ぐ。
「久しぶり、藤倉さん」
「その声、鹿島、くん……?」
「初めて見た時から好きでした、付き合ってください」
潤んだような瞳を瞬かせながら、驚きを隠せない様子の藤倉さんは、絞り出すように言った。
「……鹿島くん、昨日も告白してくれたばっかりだけど? それに私、断ったよね?」
「うん。でもそれ、俺にとっては九百年前の話だから」
「九百年? 鹿島くん、頭でも打ったの? 言っていることがおかしいよ」
「頭は打っていないし、おかしくなったわけでもない。こういうことさ」
そう言いながら、俺の頭を覆っていたフードを少しだけずらすと、藤倉さんから息を飲む音が聞こえてきた。
その理由は、異世界転生する前の俺とはただ一点、外見を異にする特徴。
人間ではあり得ない、上へ向かって長く伸びた両の耳。
つまり、
「俺、エルフに転生したんだ」
「エルフ!?」
「ちなみに今、だいたい九百歳」
「だいたい九百歳!?」




