4.渾身の高笑い
「ま。パニックを起こしたのはわかるわ。
最悪、あなたが継ぐべき前子爵夫人の持参金を現子爵夫人が横領しているということになったら、離婚やら賠償やらゴタゴタゴタゴタするでしょうし、子爵家のメンツもわりと丸つぶれになるわけだし」
10歳のジェルメーヌはそこまで考えられなかったが、14歳のテレーズは子爵家自体を揺るがすスキャンダルに発展しかねないと危惧したのだ。
といってもテレーズも社交界デビュー前の少女。
対処を誤ったのは仕方あるまいと、テレーズより2歳下のカタリナは、謎の上から目線で思う。
「そうなんです。弟のポールはまだ5歳ですし、ジェルメーヌの縁談に響くことだってありえます。
とにかく、家のことは私が我慢すればいいと思って」
涙ぐむテレーズを、ジェルメーヌが揺さぶった。
「だめよお姉様! いくら我慢したって、お姉様にいいことなんてなんにもないじゃない!
こないだ叔母様が来た時、お姉様が結婚できる年になったら、支度金をたっぷりくれそうなお金持ちのエロジジイに嫁がせてさっさと厄介払いしようって、二人で笑ってたのよ!」
「え!? そ、そんな……」
この国では、男女ともに16歳になったら結婚することができる。
だが、すぐに結婚することはまずない。
女性の場合、親元で花嫁修業をするなり貴族学院に通うなりしながら、社交界デビューし、教養を深め人脈も広げてから、だいたい20歳前後で結婚するのが通例だ。
「いまどき、さすがにそれは……」
「ないわーないわーアンドないわー……」
皆、ドン引きした。
「兄上、どういたしましょう?
二人の話、見過ごすわけには参りませんわ」
第三王女コンスタンツェが、アルフォンスに問うた。
「ううむ……」
アルフォンスは考え込み、すぐにぽんと手を叩いた。
「まず、母上にご相談しよう。
母上から子爵家に働きかけてもらって、反省してもらえればよし。
それでダメなら父上から厳重注意、ということになるのかな……
中途半端に今日の噂が伝わって、子爵夫人が暴発するとマズいので、今日のことは『贈り物がなくなった』ところから、内緒だ」
要は母親に丸投げだし、若干あやふやなことも口走ってしまったが、アルフォンスは、真剣な顔をして唇の上に人差し指を立て、しーっというジェスチャーをして、皆を見渡した。
小さな子達も大きく頷く。
つつつとコンスタンツェとソフィーは姉妹の元に行って手を差し伸べ、二人を立ち上がらせた。
「今日はびっくりしたけれど、勇敢なジェルメーヌが姉君の苦境をわたくし達に知らせてくれて、本当に良かったと思います。
テレーズも、子爵家の長女として家を守る覚悟を見せてくれて、頼もしく思いました」
「姉妹で助け合わなくちゃいけないなって、改めて思いました。
これからも、二人で仲良くしてください。
私も、お姉様やお兄様を大事にしたいと思います」
「そ、そんな……皆様をお騒がせしてしまったのに、もったいないお言葉を」
「コンスタンツェ殿下。ソフィー殿下。ありがとうございます」
王女達の言葉に姉妹が改めて涙ぐみ、パチパチパチと皆が拍手する。
「では、これはお返しいたしますね」
いい感じに王女達がまとめてくれたところで、カタリナはテレーズにペンダントを渡そうとしたが、姉妹は困ったように顔を見合わせた。
「あの……申し訳ありませんが、この際、しばらくお預かりいただけませんでしょうか?
母に取り上げられてしまうかもしれませんので」
「は? あなたのお母様、そんなことなさるの!?」
「そうなんです! お姉様、前の部屋から追い出されて、今は屋根裏部屋なんです!
暖炉もなくて、女中用のベッドしかないような部屋で寝かされてるんです!
冷え込むと、酷い咳が止まらなくなることだってあるのに……」
脇からジェルメーヌがここぞとばかり訴える。
またまた一同、こんな絵に描いたような継子いじめがこの世に本当にあるんだとドン引きした。
「あーもう。わかったわ。
あなた達、このままうちに来なさい。
子爵家の迎えには、あなた達の紙細工のやり方を習いたいから、しばらくうちに滞在してもらうってわたくしが言うから」
「「は?」」
カタリナの斜め上な提案に、姉妹は眼を丸くした。
「すぐ新年だし、王妃様もお忙しいでしょうから、対応していただけるのは年明け以降になると思うのよね。
子爵家のゴタゴタが落ち着いてから、帰ればいいじゃない」
「そ、そそそそこまで甘えるわけには……」
「いいのよ。うちは何部屋あるのか誰もわかっていないくらい広いし。
客室だって、たくさん空いているわ。
急なお客なんてしょっちゅうだし、なんにも気にしなくていいの」
「で、ででででも……」
あうあうしている姉妹に、カタリナはいらっと片眉を上げた。
「さっき、レディ・ジェルメーヌはわたくしのことをズルいっておっしゃっていたけれど。
わたくし、あなた達が思っている3倍は恵まれているから!
子爵家が落ち着くまで、どれだけわたくしが恵まれているか間近で見て、ズルいズルいって身悶えしながら羨ましがればよいのよ!」
唖然とする姉妹と皆の前で、カタリナは渾身の高笑いをキメた。
なにはともあれ──
年明け早々、王妃に笑顔で詰められた子爵夫妻は猛省し(というか、させられ)、テレーズは子爵家の長女として正当に扱われることになった。
テレーズが受け継ぐべき資産の多くは弁護士ががっつり守っていたため、若干の動産以外、子爵夫人が勝手に使い込めなかったのが逆に彼女を救ったとも言える。
結局、姉妹は春先まで公爵家に滞在した。
テレーズはそもそも栄養状態が悪かったし、二人とも貴族令嬢としての基本がなっていないと公爵夫人が噴き上がり、礼儀作法、衣装の選び方や美容法、使用人の扱い方、良品の見極め方、会話の回し方などなど仕込みたがったからである。
やたらと我の強いカタリナと違って、素直な姉妹はよく学び、公爵夫人はすっかり二人が気に入ってしまった。
見違えるほど美しくなったテレーズと、明らかに成長したジェルメーヌを子爵家に返す時は、公爵夫人も同行し、夫人からもぎゅうぎゅうに釘を刺したほどである。
その後、無事貴族学院を卒業したテレーズは、公爵夫人の仲介で伯爵家の跡取りに嫁ぎ、ジェルメーヌも学院卒業後、機転が効くことを買われて王家の侍女となった。
あの冬至祭りから十年ほどが経ち、自宅の舞踏会でクズ男に婚約破棄を突きつけて「破天荒令嬢」と呼ばれるようになったカタリナは、親戚の舞踏会で久しぶりにテレーズと会った。
既に一児の母となったテレーズは、冬至祭りの時のみすぼらしい印象はどこに行ったと思うくらい、ふっくらとして、幸せそうだ。
カタリナは聞き手に回り、夫の惚気や育児の喜びと苦労など、あれやこれやと話してもらう。
意外と、カタリナは他人のハピエン話を聞くのが好きなのだ。
「そういえばカタリナ様。この間、妙なことを聞いたんです」
「なにかしら?」
「とある家の長女が結婚するはずだったのに、長女と婚約していた紳士が養女と挙式することになったとか。
それも、長女の結婚式が予定されていた日に」
「は?? 花婿と式はそのままで、花嫁を長女から養女に差し替えるということ?」
「と、いうことになりますよね。
そもそも跡取りの長男が、少し前に落馬事故で亡くなったとかで、結婚式は延期だろうと招待を受けていた方々は皆思っていたそうなんですけれど」
「えええええ……不穏な展開ね。
それ、どちらの話?」
テレーズは、扇の影で家の名を囁いた。
「ああああ、あの家。
なかなかなかなか……面倒な事情のある」
「ええ」
テレーズは頷いてみせる。
「あそことうちの縁はほぼ切れているはずだけれど、招待状、うちにも来ているかもしれないわね。
帰ったら、探させてみるわ。
面白いことを教えてくれて、ありがとう」
「いえいえ。カタリナ様には、わたくしもジェルメーヌも生涯返しきれないほどの恩がありますから」
「あら。じゃあご主人の惚気をもっと聞かせてもらわなくちゃ」
ふふふ、とカタリナは笑った。
カタリナ:というわけで、次回作「公爵令嬢カタリナの事件簿:差し替えられた花嫁」(予定)でお会いいたしましょう! 皆様、よいお年を!(華麗にカーテシー)
この作品は異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ第8作です(リンクはページ下部に)。
今回もゆるふわミステリで恐縮ですが、『公爵令嬢カタリナの推理』は自分なりにガチりましたので、未読の方はぜひ…!