2.もしかして、不可能状況!?
「ああ、ダリアの花のような飾りがついた贈り物があるなと思ったのに、見当たらないな。
誰か持っていったのだろうか?」
アルフォンスが侍女に訊ねた。
「そんなはずは……
お客様が揃ったところで、ここは締めて、出入りはなかったはずですが」
侍従は慌てて、外で番をしていた近衛騎士やら中で子どもたちの世話をしていた女官、従僕達を集めて、会の間の動きを確認した。
親が立ち入れるのは、このモミの木が飾られた大広間まで。
子を送り届けた親はすぐに退出し、子は贈り物をモミの木の下に置いて会場に向かう。
招かれた子どもたちが揃ったところで、モミの木の広間は閉ざされ、近衛騎士が2人、表側に通じる扉の外で見張りをしていた。
他の扉も「紅の間」に通じるもの以外、鍵がかけられていた。
警備しやすくするために区画全体が閉ざされていたので、この広間に出入りできたのは「紅の間」にいた者だけ──ということになる。
「というか、アレは誰の贈り物だったの?」
「私のです! 私の殿下へのプレゼントが盗まれたんです!」
カタリナの疑問に、食い気味にピンク髪の少女が名乗り出た。
髪の色にあわせたつもりなのか、ワンピースも靴も色味を変えたピンク。
なかなかにコテコテで、今日の招待客の中でも目立っていた、オルヌカン子爵の次女・10歳のジェルメーヌだ。
「ジェルメーヌ、やめなさい!」
ジェルメーヌの姉、14歳のテレーズが真っ青になって引き止めるが、年にしては大柄なジェルメーヌは小柄な姉を引きずるようにして、カタリナ達の前に出てきた。
「どうして盗まれたなどと言うんだ?」
アルフォンスがきょとんと問う。
入っているのは、子どもが作った手芸品のはずだ。
ジェルメーヌは悔しげに地団駄を踏んだ。
「あれには、魔石のペンダントが入ってるんです!!」
「「「は??」」」
国王がわざわざ高価なものはNGと言っているのになんでや!?と一同ぶったまげた。
「私、お母様のクローゼットで、おんぼろの宝石箱を見つけて。
ごちゃごちゃガラクタが入っていた中に、アルフォンス殿下の瞳そっくりの青い大きな魔石がついたペンダントがあったんです。
お母様に聞いたら、石は良いけれどデザインが古いし、私の好きにしていいって。
だから、殿下にあげることにしたんです。
私はお母様に似てとってもかわいいし、きっと殿下はお后にしてくれるって、お母様はいつも言ってるの。
でも、殿下のそばにはいっつもジュスティーヌ様とカタリナ様がくっついていて、なかなかお話できないから、そろそろ目立たなきゃって思って」
「「「えええええ……」」」
一同、ドン引きした。
ジェルメーヌの発想もヤバいが、子爵夫人もなかなかヤバそうだ。
「ジェルメーヌ、どうしてそんなことを……
せっかく一緒に、冬至祭りの飾りを作れたのに。
ちゃんと立派にできたじゃない」
姉のテレーズは半泣きだ。
確か、テレーズは先妻の娘だとどこかで聞いたのをカタリナは思い出した。
先妻が病没してすぐに迎えた今の子爵夫人が、ジェルメーヌとまだ幼いので今日は招かれていない男の子を産んでいるはず。
よく見ると、テレーズは年齢にしては小柄でやけに痩せているし、ジェルメーヌと比べるとどことなくみすぼらしい。
ラベンダー色のワンピースはそれなりのもののようだが、サイズがいまいち合っていない。
肌がくすんで見えるような色を、わざわざ着せられているようにも見える。
眼が吊り上がるほどぎちぎちにハーフアップに結って、ぞんざいに留めた栗色の髪にも艶がない。
これはアレか? いわゆる継子いじめ的なアレか? とカタリナは内心首を傾げた。
「だって、いくら上手に作ったって、紙で作った細工物じゃない!
お母様は、どうせ上位の家は宝石や魔石を使ったものを贈ってるに違いないって言ってたもの!
ずるいわ! ジュスティーヌ様とカタリナ様ばっかり、ずるいわ!」
ジェルメーヌは、おんおん泣き始めた。
うぐぅとジュスティーヌが詰まった。
「確かに、わたくしが今年差し上げた飾りには魔石が入っています。
この間、魔獣を狩ったら、いい感じの魔石がぽろりと出てきたから、つい……」
「はぁ!? まだ12歳なのになんで魔獣狩りなんてしてるのよ!?」
カタリナは思わず噛みついた。
「魔獣狩りに行ったわけじゃないの。
領地の別邸から王都に向かっていたら、ヘルハウンドの群れが湧いて出て」
「なによそれ。うさんくさいわね」
「カタリナ。そう言うあなたはどうなの?」
ジュスティーヌに問い返されて、うぐぅとカタリナは詰まった。
「わ、わたくしは、領地の魔石鉱山に視察に行った時に、砂に混じった魔石を選り分ける作業を体験してみたら、いい感じの魔石の粒がぽろりと出たのでビーズに加工してもらって……」
「あなただって、十分うさんくさいじゃないの!」
ジュスティーヌとカタリナが言い合いになりかかったところで、ノアルスイユが進み出て、くいいっと眼鏡を持ち上げた。
「そんなことより、オルヌカン子爵家の贈り物の行方です。
外に持ち出せなかったのなら、この広間と紅の間、間をつなぐ廊下と手洗いのどこかにあるはず。
まずは徹底的に調べましょう。
箱の正確な大きさは、どのくらいでしょうか」
テレーズは両手で、靴箱くらいの大きさを示した。
「こ、このくらいです。
紙箱に入れて、青い包み紙に包んで、ピンクのリボンをかけていました」
「そういえば結構大きかったな。
警備に知らせると、盗難だのなんだの面倒なことになる。
まずは、今いる皆で探してみよう」
アルフォンスの指揮のもと、使用人も交えてグループに分かれ、2つの広間と廊下、手洗いを捜索した。
広いのは広いが、応接用の広間だから、ごちゃごちゃ家具があるわけではない。
暖炉もまっさきに調べられ、薪以外のものを燃やした痕跡がないことも確認された。
もしかして、目立つリボンを外して、他の贈り物に紛れ込ませたのではないかと、王女ソフィーが言い出したが、数え直しても贈り物の数が一つ足りないのは確かだし、他の贈り物はなくなったものより小さいのだから、中に押し込むのは難しい。
贈り物は明日の朝、まとめて開くのが習わしなので、いちいち開けて確認することはしなかったが、リボンや包み紙がおかしくなっている贈り物もなかった。
探して、あれこれ考えて、また探して。
しかし、ダリアのようなリボン飾りをつけ、青い包み紙に包まれた贈り物は、やはり見つからない。
泣き疲れたジェルメーヌはうずくまり、テレーズがかがみ込んで慰めている。
「これは……もしかして、いわゆる不可能状況では!?」
探偵小説が大好きなノアルスイユが感動でプルプルしながら呟き、カタリナは思わず膝の裏あたりをげいんと蹴ってしまった。