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【書籍化】すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く  作者: 狭山ひびき
第一部 街角パン屋の訳あり娘

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セレニテの正体 5

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 それは、突然起こった。

 サーラが三階の自室で本を読んでいた昼下がりのことだ。

 ガラスが割れる激しい音と言い争うような怒号に、サーラは飛び上がった。


「何が……」

「サーラ!」


 部屋から出て行こうとしたサーラの部屋に、母グレースが飛び込んでくる。

 ブノアが店番に来てくれるようになったのでグレースは店に立っていない。


「お母さん、何があったの? あの音、店からだよね?」


 下から響いているのはブノアと、それから知らない男の声だった。そこにアドルフと仕事を休んでいるシャルの声も混ざる。 

 いったい何が起こっているのかと、サーラの背に嫌な汗が伝った。


「大丈夫よ、サーラ。ブノアさんもお父さんもいるから、大丈夫よ」


 サーラが部屋の外に出て行こうとするのを押しとどめるように、グレースが抱き着いてくる。

 小さく震える母の肩に、サーラの顔から血の気が引いた。

 サーラを探している男がいることは知っていた。

 もしかして下にいるのは、その男の誰かだろうか。

 言い争っているということは、何かよくないことが起こっているのだろう。

 いったい誰が、何の目的でサーラを探しているのか。

 下から不穏な空気が漂ってくるようで、サーラはぎゅっとグレースを抱きしめる。


「お母さん、どんな人が来たの?」

「わからないわ」


 グレースはすぐに上に上がってきたそうで、男の顔は見ていないという。

 やがて言い争うような声は落ち着いて、しばらくするとシャルが三階に上がって来た。


「シャル!」

「母さん、もう大丈夫だ。同僚に連れて行かせたから。……ただ、店の中がぐちゃぐちゃになったから、今日は店を閉めるって父さんが。今、ブノアさんと片付けているから手伝ってあげてくれる? 俺もすぐに降りるよ」

「え、ええ……」


 グレースは何か聞きたそうな顔をしたが、頷くと、ぱたぱたと階下に駆け下りていく。


「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ。誰も怪我なんてしていない。とりあえず、座ろうか。顔色が悪い」


 シャルに促されて、サーラは椅子に腰かけた。

 シャルがベッドの縁に腰を下ろす。


「本当にみんな大丈夫なの?」

「ああ。びっくりしたけど、ブノアさんが強くてね。いきなり玄関を蹴破って入って来た男を、あっという間に取り押さえちゃったんだよ。だから怪我はしていない。同僚を呼んで捕縛させたからもう来ないだろう」

「そう……」


 サーラは頷いたが、不安は消えなかった。

 何故ならシャルは知らないからだ。サーラを探している男が、他にもいることを。

 言うべきか言わざるべきかは、すぐに判断できない。

 言えば心配をかけるだろう。

 けれども黙っていて、また同じことが起こったら?

 それならば危険を伝えて警戒しておいた方が安全かもしれない。


 ぐるぐると、サーラの頭の中にいろいろな考えが浮かんでは消える。

 何が最善か。どうすればいいのか。

 動揺しているからか、全然考えがまとまらない。

 俯いて、少しでも冷静になろうと深呼吸を繰り返す。


「サーラ」


 いつの間にかシャルがサーラの足元に膝をついていた。


「落ち着け。大丈夫だから」


 そう言って、ぎこちなく引き寄せられて、ぽんぽんと背中を叩かれる。


「昔、約束しただろう? サーラは俺が絶対に守る。父さんも母さんももちろん同じ気持ちだ。……もし、ここにいるのが不安なら、また引っ越してもいい。もっと田舎に移るか、別の国に行ってもいいな。ヴォワトール国と比べてほかの国は少し住民権を取りにくいだろうが、取れないわけじゃない」


 ディエリア国から移ることにした際、ヴォワトール国を選んだのは何もこの国が隣にあったからだけではない。

 ヴォワトール国は比較的住民権が取りやすい国なのだ。特にディエリア国からの移住であれば審査が甘い。それは、二つの国がもともと同じ国だったからだろう。


 シャルの言う通り、この町に住みにくくなれば引っ越すことも可能だ。

 しかしサーラのために、シャル達を巻き込んでいいものかと考えてしまう。

 シャル達はサーラを家族にしてくれたけれど、だからと言ってサーラが迷惑をかけ続けていいことにはならない。

 出て行くならサーラ一人の方がいいのではないかと、そんな風に考えてしまう。


 その一方で、ここから出て行ったら、もう二度とウォレスには会えないのだろうと、胸の奥が痛くなる。

 サーラが黙っていると、シャルが抱きしめる腕の力を強くした。


「いっそ、ずっとずっと遠くに行くものいいな。サーラや俺たちのことを何も知らない遠い異国だ。言葉には苦労するかもしれないが、案外住みやすいかもしれない。その国がパン文化なら同じようにパン屋をしてもいいし、違うならまた別の仕事をすればいい。子爵がパン屋になれたんだ。頑張れば意外と何でもできるはずだよ」


 冗談なのか本気なのか。シャルはそう言って小さく笑う。


「サーラの側にはずっと俺がいる。父さんと母さんがいる。……あの方は、サーラの側にはずっといられないだろう?」


 え、と顔を上げると、近い距離にシャルの真剣な顔があった。


「いつからかは知らないが、そういう関係なんだろう?」


 誰と、とはシャルは言わなかった。

 サーラが目を泳がせると、そっと頭が撫でられる。


「相手が相手だ。永遠には一緒にいられない。サーラは賢いから、それを承知で側にいることを選んだはずだ。違うか?」

「……違わ、ない」


 どこで気づかれたのだろう。お酒の日の祭りのときだろうか。それとももっと前だろうか。

 わからないが、妙に敏いところのあるシャルに誤魔化しはきかない。


「じゃあこれもわかっているはずだ。……長く一緒にいればいるほど、離れるのがつらくなる」

「…………うん」


 いつか、別れることは決まっている。

 覚悟はしているが、完全に割り切れるものではない。

 もしかしたら、と奇跡を望みたくなる自分もいる。

 ありえないことだとわかっていても、一縷の望みを捨てられない。

 奇跡なんて信じていないくせに、そこに可能性があるかもしれないと、一緒にいればいるほど思ってしまう。


 深入りしないほうがいい。

 これ以上苦しくなる前に離れたほうがいい。

 シャルはそう言っているのだ。


「サーラ。引っ越すことを検討しておいてくれ。ここにいない方がいいと判断したら、俺たちはいつでもよそに移るつもりでいる。このまま安全なら別にいい。……ただ、その顔を見るに、まだ懸念材料があるんだろう?」


 本当に、シャルは敏い。


 サーラはシャルの黒曜石のように綺麗な瞳を見つめて、「うん」と消え入りそうな声で頷くことしかできなかった。




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