変化 6
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「犯人はわかったか?」
幕が下り、劇の後半がはじまるまでの十五分の休憩時間になると、ウォレスは悪びれない顔でそう訊ねてきた。
赤い顔でじろりと睨めば、楽しそうに笑われる。
ウォレスの些細だがサーラにとってはとても大きな悪戯のせいで、前半の劇に集中できなかった。
思わずリジーがよくするようにぷくっと膨れると、ウォレスはさらに楽しそうな顔をする。
「そんな顔ははじめて見るな」
ハッとして、サーラはすぐに表情を取り繕った。
腹立たしさのあまり子供っぽい真似をしてしまったようだ。
「劇はまだ前半です!」
「だが、後半になると犯人がわかるじゃないか。それとも棄権するか?」
「しません!」
棄権なんてすればウォレスの策謀に屈服したような気がして腹立たしい。
サーラは断片的に残っている前半の劇の記憶を繋ぎ合わせてうなる。
サーラが覚えている中で、現在容疑者になりうるのは三人。
メイド、下男、それから伯爵の奥方だ。
メイドは伯爵に言い寄られて迷惑をしていた。
下男は娘の病気の薬代のために給金の前借を伯爵に頼んだが断られて恨んでいる。
奥方は執事と不倫関係にあって伯爵を邪魔に思っていた。
ここで執事が容疑者に上がらないのは、執事は執事で別に想い人がいて、伯爵夫人に言い寄られて断り切れず関係を持ったという背景があるからだ。
伯爵にどうやって毒が盛られたかはまだ語られていないが、倒れる直前に飲んだワインが一番怪しい。
ワインに毒が混入していたか、はたまたワイングラスに塗られていたか。
そうなるとワインを運んで来たメイドが一番怪しく思えるが、誰もが予測できる人物を犯人にするだろうか。
そうなると、下男と伯爵夫人のどちらかとなる。
「では、伯爵夫人で」
「私は下男だと思う」
「……理由は?」
前半の劇には集中できなかったのだ。ここでウォレスから彼の目線で見た劇の情報を仕入れておきたくて、サーラは訊ねた。
何故なら、出した答えは一度だけ変更できるルールだからだ。
ウォレスは面白そうに目を細めて、長くて綺麗な指で顎を撫でる。
「サーラは、毒はどこに混入していたと思った?」
「ワインかワイングラスが怪しいと思いましたけど」
すると、ウォレスはニッと口端を持ち上げる。
「たぶん、はずれだ」
「どうしてですか?」
「ちゃんと見なかったのか? あのワイングラスは銀だった」
「……あ」
サーラは目を見張った。
言われてみれば銀色をしていた気がする。
だが、細かいところまで覚えていないのはウォレスのせいだ。彼が戯れに手の甲をくすぐったりするから集中できなかったのである。
そう思うと悔しくて、サーラはむっと口を曲げた。
「これは大衆劇だ。銀に反応しない毒だった、などと回りくどいことなんてしないだろう。つまりあの銀のワイングラスは、あの中には毒はなかったということを暗示させるものだと私は思う」
その通りだ。
劇の時間は前半後半を合わせて一時間四十五分。限られた時間の中で犯人の特定まで行う必要があるので、長ったらしい説明が必要になるような回りくどいことはしないだろう。
「あのワインに毒が混入していた、もしくはワイングラスに毒が塗布されていた場合、メイドか、もしくはワインを取ってくるように言った伯爵夫人が一番怪しい。だが、違う。では毒はどこに混入していたのか。劇がはじまって伯爵が口にしたものはワインだけ。こうなると、伯爵がワインを飲む前にしていた行動を思い出す必要がある」
それならばサーラも覚えている。
ウォレスがサーラの手の甲をくすぐりはじめる前のことだからだ。
(確か、幕が上がってすぐ、伯爵はヴァイオリンを奏でていたわ)
そしてヴァイオリンを奏でている伯爵の足元で、下男は伯爵の靴を磨いていた。
伯爵夫人はお菓子を食べていて、メイドは伯爵夫人の側で紅茶を淹れていた。
伯爵夫人が苛立たし気に「あなた、そろそろヴァイオリンをやめてくださらない? あなたの奏でる雑音で耳がおかしくなりそうだわ!」と言って、伯爵が苛立たし気にヴァイオリンの弓を床に投げ捨てる。
そして、靴を磨いていた下男をつま先で蹴とばし、ヴァイオリンを執事に押し付けた。
蹴とばされた下男は、落ちていた弓を拾い、執事に手渡す。
喉が渇いたと言う伯爵に、伯爵夫人がメイドにワインを取ってくるように告げ、メイドがワインを運んでくる。
そしてワインを飲んだ伯爵は、喉を押さえると血を吐いて倒れた。
毒の摂取から倒れるまでが早すぎる気がするが、劇ならばこんなものだろう。
サーラはここまで考えて、顔を上げた。
「推理を変更します。犯人は下男です」
「理由は?」
「下男が靴を磨いていた際に、経皮毒か何かをこっそり伯爵の肌に付着させたと考えます」
「なるほどわかった。じゃあ、サーラの推理した犯人は下男だな。これ以上の変更は不可だ」
「もちろんです」
ウォレスはにやりと笑った。
「では私も変更しよう。私は犯人が執事だと思う」
「……え?」
サーラは目を見張った。
ウォレスが、劇の最中と同じようにサーラの手のひらをくすぐりながら言う。
「伯爵がヴァイオリンの演奏をやめたあと、執事は伯爵に手を拭うためのハンカチを手渡した。私はあれに毒が付着していたと考える。そして伯爵はワインと一緒に出されたつまみのチーズを口に入れた。その際に毒が口の中に入って、倒れたんだ」
(チーズなんて食べていたかしら……)
覚えていなかったが、ウォレスが言うなら食べていたのだろう。
「……では、チーズに毒が混入していた可能性は? そうなると運んで来たメイドが怪しくなりますけど」
「チーズは、伯爵夫人も口にしたんだ」
「なるほど……」
それでは、チーズ自体に毒は混入していなかったと見るのが正しいだろう。
けれども、執事が犯人と言うのは解せない。
「執事には動機がありませんが?」
「ほかに想い人がいたって言うあれか? 私はあれは観客に執事が犯人ではないと思わせるミスリードだと思う。こういう劇ではよくある手だ」
(……確かに)
あれは劇で、現実ではない。
つまりわざと犯人ではないと思わせる演出もあるというわけだ。
サーラは悔しくなった。
この口ぶりではウォレスは最初から執事が怪しいと思っていて、あえて最初の回答で下男と答えたのだ。
(はめられた!)
ムカムカしていると、ウォレスは楽しそうにクツクツと喉の奥で笑う。
「サーラが私に出し抜かれるなんてね!」
「まだわかりませんよ! 犯人は下男かもしれませんし!」
「では答え合わせと行こう。ほら、そろそろ後半がはじまる時間だ」
サーラはむすっとして舞台に視線を向ける。
休憩のために灯された灯りが落ちて、舞台の幕がゆっくりと上がっていた。
ウォレスは手をつないだままだが、今度はくすぐるつもりはないようだ。
ウォレスがあんなことをしなければ、サーラだって正しい判断ができたはずなのにと思ったが、結局それも含めてウォレスの策略だったのだと思うと屈服するしかなかった。
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