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【書籍化】すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く  作者: 狭山ひびき
第一部 街角パン屋の訳あり娘

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精霊の棲む森 2

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 王都の東隣にあるティル伯爵領の、領主の邸に到着したのは、空が熟れすぎたオレンジ色に染まったころのことだった。

 王都から近いので気候に差はないが、しいて言えば少しだけ空気が綺麗な気がした。王都と比べて緑が多いのでそう思うのだろうか。


 馬車を降りると、邸の玄関前には、青白い顔をした頬のこけた中年男性と、眉がやたらと細い少し気の強そうな中年女性。そして十数名の男女の使用人がずらりと並んでいる。

 青白い顔をした男がティル伯爵で、眉の細い女性が伯爵夫人であろう。


「まあまあ殿下、わざわざご足労頂き恐縮ですわ」


 家長である夫を押しのけるようにして前に出て、両手を胸の前で組んでやたらと高い声でウォレスに挨拶する夫人を見れば、この夫婦の力関係がわかるというものだ。


(ま、伯爵は気が弱そうだものね)


 だから、精霊の祟りを恐れてやつれてしまったのだろう。豪胆な人間ならば、ここまでやつれたりはしない。

 さあさあどうぞ、と夫人の先導で邸の中に入る。


「本当に、申し訳ございません。まさかオクタヴィアン殿下がいらしてくださるなんて……」


 恐縮しきった様子の伯爵が、ウォレスの隣を歩きながら言う。


「兄が新婚旅行中だからな。妙な事件だ、調査は早い方がいいだろう?」


 可哀想なくらいやつれているティル伯爵を気遣っているのか、ウォレスの口調はとても優しい。


 ウォレスが伯爵夫妻と話をしている間に、サーラはベレニスとともに、使用人に案内されて二階の客室へ向かった。ウォレスの部屋に荷物を運び、整えるのである。

 マルセルとシャルはウォレスの護衛としてウォレスに同行だ。

 ウォレスが使う部屋は続き部屋で、中央の主寝室の扉に立って左の部屋が侍女の控室になるという。

 マルセルとシャルは廊下を挟んで反対側の部屋だ。

 バスルームは主寝室の右隣。こちらも内扉でつながっている。

 侍女が使う左の部屋にも、続きのバスルームがあったが、こちらは使用人が使うことが想定されているので主寝室の続きのバスルームよりも小さい。しかし、もちろんサーラの家のバスルームよりははるかに広かった。

 バスルームにはすでにソープやバスオイルなどが揃っている。


「サーラ、殿下の着替えをクローゼットへお願いしますね」


 案内役の使用人が下がると、ベレニスがサーラにそう命じて、自分は手荷物の中から何かの試薬を取り出した。


(ああ、毒物検査ね)


 ないとは思うが、何かあってからでは遅い。

 ベレニスはバスルームのソープやオイル、それから備え付けの茶葉など、確認できるものはすべて試薬を使って検査をするようだ。

 ウォレスからの事前情報では、ティル伯爵家は第一王子寄りらしい。

 とはいえ、ティル伯爵夫人がセザールの母である第三妃と友人という関係であるだけで、伯爵個人はどちらかといえば中立だそうだ。夫人が第三妃と仲がいいので、周囲から第一王子寄りだと思われているのだと言う。


 第一王子と第二王子の王位争いがどのようなものなのかは、サーラは詳しくは知らない。

 ウォレスの雰囲気を見るに、互いの足を引っ張りあうと言うよりは、自分自身を高め評価を集めるという方向性のようなので、それほどぎすぎすしたものではないような気もしているが、こればっかりは想像では語れまい。

 当人たちの思惑だけでなく、派閥間の問題もあるだろうからだ。


 ウォレスが使う部屋の毒物検査を終えると、ベレニスは今度は侍女が使う部屋の毒物検査もはじめた。

 その頃にはサーラはウォレスの荷物を片付け終えていたので、自分とベレニスの荷物の荷解きへ移る。


「サーラ、こちらへ」


 毒物検査が終わると、ベレニスが少し声を落としてサーラを呼んだ。そして、何かの液体が入った小瓶を手渡す。


「念のため解毒薬を渡しておきます。瓶の色が違うので覚えてください」


 青と赤、それから白い小瓶の解毒薬の説明を受け、さらには解毒薬が存在しない毒が盛られた時のために嘔吐薬も渡される。

 ウォレスの様子がおかしければすぐベレニスを呼ぶように、万が一近くにいない場合は渡した薬で応急処置をするように言われた。


「ここはそれほど警戒が必要な場所ですか?」

「伯爵夫妻については殿下の命を狙うようなことはないと思っています。ただ、今回の護衛は、シャルさんを入れて二人です。精霊の祟りなんて大声で言えるものではありませんから、伯爵家に招待されて都合がついたので遊びに行ったと言う体を取っておりますので、護衛は最低限にしておりますから」


 それもあるだろうが、護衛を少なくせざるを得なかったのはサーラが同行したことが大きい。騎士の中には仕事などで下町を訪れる者もいる。気を使ってくれたのだ。


「殿下にも武術の心得はありますし、毒に対する知識もあります。お渡しするのは、あくまで万が一の時の保険ですから、それほど緊張なさらないでください」

「はい……」


 万が一の保険と言われても、毒を盛られる可能性があると言われれば緊張してしまう。

 かつて公爵令嬢として生き、そしてその立場を奪われたサーラは、貴族社会の恐ろしさをわかっていたつもりだった。

 けれども、社交デビューする以前に幼くして貴族社会を離れたサーラは、本当の意味では理解できていなかったのかもしれない。


(ウォレス様は……こんな世界で生きていたのね)


 きらびやかな貴族社会の、どろどろと陰湿な裏の顔。

 邪魔な人間を陥れ、時には命すら奪い、その骸の上でワルツを踊るような、そんな世界。

 謀略が蜘蛛の巣のように張り巡らされた世界では、小さな油断が命取りになる。

 サーラの実の両親は、そんな蜘蛛の巣にからめとられた敗者なのだ。

 だから捕食された。


 サーラは渡された薬をきゅっと握り締めて、大きく息を吸い込む。


 サーラは今、貴族社会にいる。

 下町のあの家に戻るまで、決して油断はしてはならないのだと、サーラは己に言い聞かせた。





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