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【書籍化】すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く  作者: 狭山ひびき
第一部 街角パン屋の訳あり娘

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奇妙な襲撃者 2

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「サーラ、面白いことがわかったの!」


 噂好きのゴシップ女子リジーがそう言ってパン屋ポルポルに駆け込んできたのは、成婚パレードから二日後の午前十時十五分のことだった。

 成婚パレードという、ある意味非日常のイベントが終われば、ポルポルも通常に戻る。

 つまり、例によって十時前あたりから昼前までは、客があまり来なくなるため閑散としていた。


 リジーが駆け込んできたときも、店の中には誰もいなかった。

 のんびりと焼きあがったばかりのバターロールを出していたサーラは、目の前で人が殺される場面を見たリジーが心配するほど落ち込んでいないことにホッとしつつ振り返る。


「今度は何? 川にドラゴンでも出た?」

「もう! サーラってば! そんなもの出るわけないでしょ~? あれは夜明けに流木を見間違えただけだって証明されたじゃないの!」


 去年の夏に水夫が流木とドラゴンを見間違えて失笑を買った事件を思い出したのか、リジーがくすくすと笑い出す。

 リジーはまだ焼きあがっていないバゲットを注文すると、焼き上がりを待つ間、いつも通りのおしゃべりをはじめた。


「成婚パレードに乱入して殺された男の人がいたでしょ?」


 ああ、とサーラは小さく苦笑する。

 その日の晩、市民警察として警護に当たっていたシャルからも、リジーと同じようなことを聞いた。

 男が乱入し、レナエルの専属護衛としてディエリア国から連れてきていた護衛騎士が、乱入してきた男を殺害した。

 レナエルの護衛騎士は、主人の身の安全を守るためだったと主張したそうだが、すでに騎士に捕縛されていた男を刺殺したとあれば、過剰防衛もいいところだ。


 パレードを見に集まった市民はもちろん恐怖と混乱の渦に叩き落された。

 大騒ぎになってしまったので、パレードはそこで中止とし、第一王子セザールと妃であるレナエルは貴族街へ帰っていき、シャルは現場監督として残された数名の騎士たちとともに後片付けなどに奔走する羽目になったそうだ。


 男の死体は、市民警察の遺体安置所に置かれていると言うが、初秋とはいえまだ暑い時期なので長らくは保管せず、腐敗がひどくなる前に火葬すると決まったらしい。

 ヴォワトール国では、罪を犯して処刑された人間は火葬されるのだ。

 男の場合は処刑とは少し違ったが、似たようなものとして処理されるらしい。

 その後遺骨はしばらく市民警察で預かるが、男の身元がわからないまま引き取り手も現れない状況が続いた場合、無縁墓地に埋葬されると言う。


 第一王子セザールとその妃のパレードに乱入したため、この事件には騎士も派遣されてきているらしい。

 男の目的や、仲間がいるのかなど、騎士主導で大々的な捜査がはじまっており、市民警察は彼らの手足としてこき使われている。


「その男がどうかしたの?」

「面白い話を聞いたのよ! たまたまその男がパレードの前日に立ち寄ったレストランの店主がね、変なことを言っていたのを聞いたんだって!」


 相変わらず、リジーの情報網は侮れない。


(いったいどこで仕入れてくるんだか……)


 あきれていると、チリンとベルが鳴った。


「やあ」


 にこりと微笑んで店に入ってきたのはウォレスだった。


(やあって……)


 サーラはぽかんとする。


(忙しいんじゃないの?)


 兄である第一王子セザールのパレードに乱入者が現れたのだ。

 成婚パレードにナイフを持った乱入者なんて、ディエリア国からの追及もあるだろう。

 ウォレスも、第二王子オクタヴィアンとしていろいろ奔走しているだろうと思っていたのに、呑気な顔をして下町に顔を出していてもいいのだろうか。


「ウォレス様! ちょうどいいところに!」


 ウォレスが第二王子だと知らないリジーは、仕入れた情報を披露する相手が増えたと嬉しそうだ。

 いいのかしらと、ふと扉の窓ガラス越しに外を見やったサーラは、御者台に座っているのがいつものマルセルでないことに気がついた。ブノアである。


「マルセルさんは今日は一緒じゃないんですね」

「マルセルは市民警察の手伝いをしているからね」


 なるほど、貴族街から出向している騎士のうちの一人と言うわけか。


(……大変ね)


 しかし、マルセルは穏やかな青年で、他人を威圧するようなところがないので、市民警察としては彼のような人が監督者として派遣されてきた方がやりやすいだろう。

騎士の中には椅子にふんぞり返って偉そうな命令を繰り返す傲慢な輩も多いからだ。

 騎士は、「騎士爵」という一代限りの爵位が与えられている貴族であるので、平民に対する貴族の態度と考えると珍しいことではないが、兄やその同僚が顎でこき使われていると思うとむかっ腹が立つものである。


(マルセルさんにはぜひそういう傲慢な騎士たちのお尻を蹴っ飛ばしてほしいものだわ)


 第二王子の従者であるマルセルは、騎士の中でも位が高そうだ。


「へえ! マルセルさんってすごいんですね!」


 マルセルが騎士だと知らないリジーの頭の中では、一体どんな人物像を思い描いているのだろう。


(市民警察に信頼されている探偵くらいに思っていそうね。……リジー、探偵小説大好きだもの)


 ウォレスが詳しく説明しないから――というかできないから――、リジーの妄想は膨らむ一方に違いない。


「サーラ、紅茶と……今のおすすめは?」

「バターロールならさっき焼きあがったばかりですよ」

「じゃあそれを。あそこで座って話をしよう」


 ウォレスが飲食スペースへ向かうと、リジーも元気よく「サーラ、あたしも~」と言って彼の後を追いかける。

 サーラは先にバターロールを二つテーブルの上に出して、紅茶を淹れるために奥に引っ込んだ。


「それで、ちょうどいいところにって言っていたけど、何か面白い話でも仕入れたのかな?」

「ふふふ、実は~そうなんです!」


 ウォレスとリジーの楽しそうな会話が聞こえてくる。


(あの二人、あれでなかなか馬が合うのよね……)


 噂好きのリジーと、王位継承のために実績を積み上げるため下町で情報収集をしているウォレス。

 ちぐはぐに見えて息ぴったりなところがあって、それゆえあの二人をセットにすると、妙なことに巻き込まれることがある。

 肝試しにしても、パーティーにしても、意気投合したあの二人に付き合わされたサーラとしては、また変な風に話が転がらないといいなと思うばかりだ。


 サーラが紅茶を三つ持って戻ると、リジーは待っていましたとばかりにわずかに身を乗り出して話し出した。



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