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【書籍化】すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く  作者: 狭山ひびき
第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

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すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く 1

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最終章です。


 もう、何が何だかわからない。

 ただ、目の前にいる人が、これは夢でも幻でもないのだと、その熱をもって教えてくれたから、サーラは今だけは何も考えずに大好きな人に縋りついた。

 しがみつき、すがりついて、呼吸の仕方も忘れて口づけを交わす。

 酸素不足で頭の中がくらくらしても止められなくて、離せば目の前の人が消えていなくなるかもしれないという理由もない恐怖に、必死に意識を繋ぎとめた。


「サーラ……サラフィーネ……」


 キスの合間に、ウォレスが名前を呼んでくれる。

 お前はサーラだと。サラフィーネだと。

捨てようとした名前を、その声で、大好きな声で、何度もサーラに刻んでいく。

 唇が痺れて感覚がなくなるほどキスをして、ウォレスがぎゅうっとサーラを抱きしめた。


「勝手に消えるな」


 もう一度、同じ言葉で叱られる。

 ウォレスの大きくて熱い手がサーラの首元を探って、チェーンを指先に引っ掛けた。


「私にあんなものを残して、そしてこんなものをつけて、執着だらけのくせに、消えるなよ」


 は、と息を吐いて、また唇が重なる。

 それからこつんと額をくっつけられて、至近距離で綺麗な青銀色の瞳に睨まれた。


「あんな偽名を名乗って。どうしてやろうかと思った……」

「あれ、は……」

「私の元から逃げておいて、あんな名前をつけて。永遠に私を忘れるつもりなんてなかったくせに」


 エドウィージュ。

 それは、ヴォワトール国の初代国王ウォーレスの、妃の名前。

 彼が自分の偽名「ウォレス」のもとにした、初代国王の、たった一人の妃の名前だった。

 かあっと、サーラの顔に朱が差す。

 ぱくぱくと酸欠の魚のように口を開閉させるサーラの鼻を、ウォレスがふにっとつまんだ。


「私のことが好きで好きで仕方がないくせに。こんなものをつけて、あんな名前を名乗って、自分は私のものだと君のすべてで主張したいくせに、何故消える!」


 言われてみればその通りかもしれないけれど、言葉にされるほど恥ずかしいものはない。

 羞恥で頭が沸騰しそうになって、でもこれだけは訊かないといけないと、サーラは震える唇を開いた。


「ウォレス様、は……どうして……」


 何故、ここにいるのか、と。

 訊ねた問いは、どうやらウォレスの怒りに火をつけたようだった。


「どうして? そんなの決まっているだろう! 君を追いかけてきたんだ! 勝手に逃げたからな‼」


 追いかけてきたと言われて、サーラの顔から血の気が引いた。


(それって、つまり……)


 何もかも……身分も捨てて、追いかけてきたということだろうか。

 サーラは震える手をウォレスの胸に当てて、ぐっと押す。


「だ、め……」


 それはダメだと。捨ててはダメだと。首を横に振ったサーラの頬を、ウォレスは両手で挟み込んだ。


「勘違いするな。私はまだ王子だ。捨ててない。捨てずに、君を迎えに来た。君が捨てるなと言うから、王になれなんて言うから。そのために消えるなんて言うから。玉座と君を両方手に入れる道を準備してここに来たんだ」

「なにを、言って……」

「私は! 逃がさないと、言った!」


 確かにウォレスは言った、けど。

 でもサーラは、ウォレスにとってマイナスでしかないはずなのに。


「ディエリア国とのヴォワトール国の協定は破棄される」

「は……い」

「しかしディエリア国とヴォワトール国は隣国だ。そして今回大きな問題が起きたからこそ、両国間のつながりをより強固にしておかなければ、他国から付け入られる隙にもなる」

「はい……」

「加えてディエリア国の現王妃は叔母上だ。レナエルと兄上が離縁し、我が国がディエリア国と距離を置こうとすれば、叔母上の立場も悪くなるだろう。離縁なんてことにもなりかねない」


 離縁はさすがに言いすぎかと思ったが、ディエリア国とヴォワトール国の間に溝ができれば、ディエリア国は自衛のために他国との関係をより強固にしようと考えるだろう。

 その場合、ディエリア国王が第二、第三妃として他国の姫を娶らないとも限らない。そうなれば王妃の立場が悪くなることは充分にあり得る。


「よって、我が国とディエリア国の間に亀裂が走っていないと内外に示すため、我が国にもディエリア国から妃を入れる必要がある」


 それはどうだろう。それは別に今すぐでなくとも、例えば次代でも問題ないはずだと思う。何故なら今は両国とも国内がごたごたしているからだ。


「しかしディエリア国も、シャミナード公爵の起こした事件で大勢の貴族を粛正することになるだろう。貴族の数が一気に減り、勢力図もがらりと変わる。その中で高位貴族の令嬢を簡単に他国へは出せないはずだ」


 その通りである。


「しかし運のいいことに、八年以上前に身分を剥奪されていないものとなっていた公爵令嬢が、今回の騒動で再びその身分を取り戻すことになった。本来ヴォワトール国に嫁ぐ予定だったその公爵令嬢は、すでにヴォワトール国内にいる。ディエリア国としても、冤罪とはいえ一度は身分が剥奪され、いないものになっていた公爵令嬢だ、国を立て直すために必要な数には入れていないし、そもそも取り潰された公爵家の復興にも時間がかかるため、その令嬢が今のごたついている時期に戻ってきても扱いに困る。もちろん、奪い取ったものは返還されるが、それとこれとは話が別なわけだ」

「ええっと……」


 その公爵令嬢とは、間違いなくサラフィーネ・プランタットのことを言っているのだろうが、はじめからディエリア国に帰るという選択肢は頭になかったため、理解が追いつかない。


「よって、ディエリア国としては、その公爵令嬢に国内に戻ってきてもらうよりはこのままヴォワトール国の王家に嫁いでもらった方が都合がいい」


 サーラは何度もパチパチと目をしばたたき、やがて困惑しながら小さく笑った。


「それ、考えたのアルフレッド様ですか?」

「だけじゃない。兄上も巻き込んだ。本当はこれにシャミナード公爵の身柄引き渡しも含めて交渉する予定だったが、手違いが起こってシャミナード公爵が殺されたから計画を練り直す羽目になった。だから迎えに来るのが少し遅れた」

「ちょっと待ってください。殺された……?」

「ああ。それについては後で説明してやる。今は君の話だ」


 いや、むしろそちらの話を先に訊きたかったが、ウォレスの視線が怖いのでやめておいた方がいいだろう。

 もう何が何だかわからないせいで、涙も引っ込んでしまった。


「今回のシャミナード公爵の謀を最小の被害で防げたのには、君の功績も大きい。というかかなり大きい。君のおかげだと言っても過言ではない。そう兄上が父上に奏上したら、父上も、国の恩人だから必ず探し出して連れ帰れとおっしゃった」

「ちょっと待ってくださいなんてことを言うんですか!」


 サーラの功績なんてほとんどない。むしろ、事前に準備を重ねたセザールと、それから下町で情報収集をしていたウォレスの功績だ。


「それからこれが最後だが、兄上が父上に王太子候補から外してほしいと奏上した」

「え……?」

「政略結婚はもうこりごりで好きな女性と結婚したいけど、派閥が違うから今のままでは結婚できないから、王様になんてなりたくない、と」

「その相手ってまさか……」

「ジュディットだ。あの二人は昔から想いあっていたからな」


 サーラは目を見開いた。

 ジュディットがセザールを想っているのは知っていたが、セザールもだったとは気づかなかった。まあ、あの王子様は何を考えているのか読めないので、付き合いの浅いサーラが気づかなくても仕方がないだろうが。


「以上の結果、ディエリア国の公爵令嬢の結婚相手は私しかおらず、王になるのも私しかいなくなったわけだ。どうだ、これでもまだ逃げるのか? ディエリア国プランタット公爵令嬢サラフィーネ」


 その言い方は、ずるい。


(そして、びっくりするような強引な方法……信じられない……)


 絶対、反対派もいるはずだ。

 相応の理由をつけたところで、サーラが次期王に嫁ぐのが、もろ手を挙げて歓迎されるわけではない。

 答えに詰まっていると、ウォレスは「まだ納得しないのか」と息を吐き出した。


「じゃあおまけだ。今回、妃の父親であるシャミナード公爵が我が国を引っ掻き回した。だから、他国から妃を入れるとなると、貴族たちは妃側の外戚に対して非常に敏感になるだろう。その点、君には外戚はいない。もちろんアドルフたちが君の家族であることは変わらないが、プランタット公爵令嬢の両親はこの世にいないからだ。だから、貴族たちから反発が出ても、説得しやすい」


 ウォレスが、指の腹でサーラの頬に残った涙の痕をこする。


「そして何より、私がサラフィーネ・プランタットを愛している。……これでは、ダメか?」

(本当に、ずるい……)


 そんな言い方。……否と、言えるはずがないではないか。

 ウォレスが口端を持ち上げて、綺麗に笑う。


「諦めろ。君はずっとずっと、永遠に私のものだ。年を重ねて、病気や事故でもなく老衰で、同じ日の同じ時間に一緒に息を引き取り、そして来世でもまたその来世でもずっとずっと一緒にいるんだ。それが私の望みで人生計画だからな」


 強引で、なんて無茶苦茶な人生計画。


「サーラ……サラフィーネ。返事は?」


 一度引っ込んだ涙が、また溢れてくる。

 サーラは手を伸ばしてしがみついて、そしていつかのときのように、自分から唇を寄せる。


「はい……!」


 この人は本当に、心を奪って、離してくれない。




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