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【書籍化】すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く  作者: 狭山ひびき
第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

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最後の勝負 4

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 シャミナード公爵は、厳重な見張りをつけられて、城の一室に閉じ込められていた。

 地下牢でないのは、彼の身柄をどうするかが決まっていないからだという。

 処刑になるのは間違いないだろうが、ヴォワトール国で処刑されるのか、はたまたディエリア国へ送還されてからになるのかが決定していない。

 さすがに他国の重鎮をヴォワトール国王の一存で処刑するわけにもいかないので、ディエリア国の判断を仰いでいる状況らしい。


 ヴォワトール国側ではシャミナード公爵は国家転覆罪が適用されるが、ディエリア国側では国家反逆罪の適用となるだろう。

 どちらにしても重罪で、公開処刑の対象となる。

 公開処刑――見せしめと言い換えることもできるが、それは、こうした大重罪が起こった際に、国の、国王の威信を保つために必要な措置だ。


 ディエリア国王としても、シャミナード公爵のこの身勝手な行動は許容できない大問題であるし、国内外における自分の威厳を大いに傷つけられた行為である。できることならシャミナード公爵の身柄を引き取り、その手で処刑の命令を下したいところだろう。

 しかしヴォワトール国王としても、これだけ国を引っ掻き回されたのだ、ディエリア国側の要望をすべて飲むわけにはいかない。

 両国の思惑が絡み合い、シャミナード公爵の処刑はすぐに決まらない気がした。


 ――だが、サーラとしては、そんなことはどうだっていい。


 シャミナード公爵が閉じ込められている部屋の前にウォレスと、それからシャルとマルセルとともに向かうと、扉の前に立っていた騎士たちが敬礼した。

 ウォレスが彼らを労い、サーラは頭を下げて、騎士たちに扉を開けてもらって中へ入る。

 マルセルとシャルが、警戒するようにウォレスとサーラの前に回って剣の柄に手をかけた。


 部屋の中には手足に枷を嵌められたシャミナード公爵がただ一人座っていた。

 このような状況であるのにも関わらず、悠然と。まるで、この部屋の主であるかのようにゆったりとした様子で。


 銀色の髪は、捕らえられてから身の周りの世話をする人間がいなくなったからかぼさぼさで、ひげも伸びでいる。

 水色の瞳には感情らしい感情は見当たらず、まるで蝋人形のようだった。

 ウォレスたちとともにサーラが部屋に入った時も、シャミナード公爵はこちらへ顔を向けたが、その目はサーラ達を映していないように見えた。


(……こんなに、異質な人だったかしら?)


 考えてみたが、わからない。

 子供のころに何度か会ったことがある気がするけれど、ほとんど記憶に残っていなかった。

 ただ、両親が捕らえられ処刑されてから、サーラの中のシャミナード公爵は、もっと……もっと、どろどろとした陰湿な男の顔で。自分が作り上げていたシャミナード公爵と、目の前の男とのギャップに脳がついて行かない。


 ウォレスもサーラも何も言わず、ただじっとシャミナード公爵を凝視する。

 重い沈黙を破ったのは、意外にもシャミナード公爵の方だった。


「第二王子殿下。先にあなたを消しておけば、よかったかもしれませんな」


 その瞬間、カッとサーラの頭に血が上った。

 この男は、他人の命を奪うことに何の罪悪感もないのだ。

 それどころか、きっと心ひとつ動かない。


(こんな男に……こんな男に、お父様とお母様は――!)


 怒りで目の前が真っ赤に染まる。

 気づけば、走り出していた。


「サーラ!」


 慌てて手を伸ばすウォレスやシャルの間をすり抜けて、大きく手を振りかぶる。

 パシンッと乾いた音がして、右の手のひらに焼けつくような痛みが広がった。


「サーラ! 君、手を怪我しているのに!」


 追いついたウォレスに右手を取られ、腰を抱くように引き寄せられたけれど、サーラはシャミナード公爵から視線を離すことができなかった。

 女の力ではたいしたダメージもなかっただろう。

 頬を張られたシャミナード公爵は、眉一つ動かさない。

 それが、サーラの怒りに火を注ぐ。


「あなたの……あなたのくだらない計画のせいでっ、いったい何人の人が犠牲になったと思っているの‼」

「くだらない?」


 はじめて、シャミナード公爵の蝋人形のようだった表情に変化が現れた。

 ガラス玉を見ているようだった水色の瞳に熱がこもり、明確な敵意を持ってサーラに向けられる。


「私が、祖父が、曽祖父が、人生をかけた悲願が、くだらないと、そう言うのか、小娘……!」

「サーラ、下がれ」


 シャルが腰の剣を抜く。


「シャル!」

「わかっています」


 マルセルが焦ったように止めたが、シャルの声は意外にも冷静だった。――否。冷静であるように聞こえた。

 ドスン、とシャミナード公爵の顔のすぐ横。

 ソファの背もたれに深々と剣を突き立てたシャルは、その顔を怒りと憎しみに染めていた。


「サーラが我慢しているんです、俺がこの男を殺したりはしません。こいつは大勢の人の前で、石を投げられながら殺されるのが似合いです。……旦那様と奥様が……プランタット公爵夫妻が、屈辱の中で死んでいったように。それ以上の絶望を味あわせないと気がすまない……!」

「プランタット……?」


 シャミナード公爵が、わずかに驚いたように目を見張る。

 サーラは、ウォレスに手首と腰を掴まれたまま、まっすぐにシャミナード公爵を見返した。


「……そうか、サラフィーネ・プランタット……。この国にいると報告に上がっていた、プランタット家の生き残り……お前が、そうか……」


 その声は、どこか茫然としていた。

 そして、ふっと鼻から抜けるような息を吐いて、笑い出す。


「そうか……そうか。私の計画は、プランタット家の亡霊によって阻まれたのか……。私の敗因は、あの日お前を殺していなかったことか……。そうか……」


 何がおかしいのか。

 サーラは頭が沸騰しそうなほどの怒りを覚えたが、乾いた笑い声の響く中、何も言うことはできなかった。


 きっと、この男には何を言っても無駄なのだと、わかったからだ。

 この男が自分の行いを悔やむ日は来ないだろう。


 涙が溢れそうになって、奥歯を噛んで耐える。

 こんな男の前で、泣くものか。


「……地獄に落ちて」


 ただ一言。サーラができたのは呪うだけ。


 サラフィーネ・プランタットの憎しみは、こうして、静かに幕を閉じた。




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