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【書籍化】すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く  作者: 狭山ひびき
第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

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ウォレスの理由 1

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 セザールは話を聞くと、計画に修正が必要だと言ってダングルベール伯爵とともに帰って行った。

 その際、現在セザールの方で準備していたことも教えてくれた。


(まさか最悪ディエリア国と戦争になってもいいように準備していたなんてね。さすがに予想していなかったわ)


 シャミナード公爵の息のかかった貴族が中央政治に割り込んでいる中、彼は水面下でダングルベール伯爵に自身の派閥の中で信頼がおける者たちをまとめ、派閥の貴族のそれぞれの領地の私兵も使って、水面下で戦力を増強していたらしい。

 内乱とディエリア国との戦争が同時に起こっても対処できるように根回ししていたとか、本当、あの王子様は恐ろしい。

 もともと中級貴族が多かった第一王子派閥では、セザールが満足いくまでの戦力を集めることができなかっただろうに、戦争になった時にウォレス側の戦力も使えるようにとラコルデール公爵にも渡りをつけていたというのだから、何者なのだろうかこの王子はと思った。

 騎士団の第二王子所属の軍および国王軍もすでに手中にあるという。

 それでいて、ウォレスに近い人間へ情報が行かないように情報操作までしていたというのだ。


(ウォレス様を巻き込みたくなかったか、それとも何かを試していたのかは知らないけど、やることが徹底しているわ)


 だがおかげで、最悪の状況になっても、戦力は確保できているということだ。

 あとは、最悪な事態にならないために動くだけである。


「マリア、少しいいか」


 玄関でセザールとダングルベール伯爵を見送った後、セザールを前にすると緊張するなあと大きく伸びをしていると、同じく兄を見送りに出ていたウォレスに声をかけられる。

 サーラはちらりと、玄関にいるジュリエッタに視線を向けた。

 婚約者候補がいるというのに、彼女の目の前でサーラに声をかけていいのだろうかと思ったのだ。


 けれどもサーラの視線に気づくと、ジュリエッタは微笑んで、「わたくしは少し、休みますわ」とベレニスを連れて階段を上りはじめた。

 なんだか、浮気を黙認されたような妙な気になるのは何故だろう。

 アルフレッドもマルセルもブノアも何も言わない。

 むしろ気を利かせたように、これからのことを相談するから、ウォレスは部屋で休んでいろとまで言ってきた。


 行こう、と手を差し出されて、逡巡しながら手を重ねる。

 なんだか、別れる前の距離に戻ったような、妙な錯覚を覚えた。

 きゅっと優しく手を握られて、まるでエスコートをされるように階段を上る。


 彼の部屋に入り、扉を閉めると、躊躇いがちに「抱きしめてもいいか?」と訊かれた。

 迷いながら、小さく頷くと、ウォレスが腕を広げてサーラをすっぽりと抱きすくめる。

 懐かしいぬくもりに、サーラはゆっくりと深呼吸をした。


 ウォレスの匂いがする。

 その匂いにぎゅうっと包まれて……どうしてだろう。なんか、泣きそう。


 アドルフとグレースから真実を聞かされたとき、サーラは泣いてしまったけれど、ウォレスは隣に座っているだけで抱きしめたりはしなかった。

 それなのに今、何故抱きしめるのだろう。

 ぽんぽんとあやすように背中が叩かれる。

 耳元に口が寄せられ、半分吐息のようなささやきが落ちてきた。


「よく、頑張ったな、サラフィーネ」


 マリアでなく、サーラでもなく、サラフィーネ、と。

 その瞬間、目の表面にぶわっと涙の膜が張った。

 サーラでもマリアでもなく、サラフィーネの心が大きく震える。


「つらかっただろう?」


 泣いてもいいと言うように、後頭部に回った大きな手のひらが、サーラの顔を彼の胸に押し付ける。


 つらかった。

 つらかった、苦しかった、悔しかった。


 くだらない――本当にくだらない、二百年前からくすぶっていた、貴族のプライドだか国のプライドだか、それとも個人の、一族の怨恨だか、そんなよくわからない、くだらない問題で、サーラは大好きで大切な両親を失ったのだ。

 自分のせいだと思って自分を責め続けていたほうがまだましだった。

 サーラがヴォワトール国の王子妃の最有力候補だったから、だから大切な二人は奪われたのだと、そう思っていたほうがまだ。


 くだらないくだらないくだらない――

 国とか、矜持とか、意味がわからない。

 ヴォワトール国の国王が元伯爵家の人間だからって、何が悪い。

 元伯爵家の国王より由緒正しいディエリア国の公爵家の方が格上だと、いったいどれだけ昔の話を引きずって、こだわって、そして自分の矜持を満たすために他人を殺すのか。

 もともとディエリア国の一部だったのだから元に戻れなんて、そこに住む人たちの生活なんてまるで無視だ。


 その考えに賛同しなかったからとサラフィーネの両親に冤罪をかぶせて処刑したシャミナード公爵が、心の底から憎かった。

 憎くて憎くて頭がおかしくなりそうなほどに。

 けれども、今はそんな感情を爆発させている時間的余裕なんてどこにもなくて。

 必死に自分を殺して、冷静になろうと努めた、のに。

 ウォレスの一言で、すべてが決壊してしまう。


「吐き出せ、全部。――私と二人きりの時だけは、頑張るな」


 ひゅっと、短く息を呑んで。

 サーラは、声を上げて泣いた。





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